29 ナオと戦う
飛んだ先も殺風景な小部屋だった。
まずは転移陣を登録。
竜の里ティル・デナ:エントランス。
ゲット。
「クウ、ここにも手を当てて。登録すると外からでも扉が開く」
促されるまま、壁の黒い石に手を当てる。
ほんのり石が光った。
「登録完了。行こう」
扉は自動ドアだった。
ナオが触れるとスライドして開いた。
とんがり山の麓。
岩の大地。
晴れた夜空には一面に星が出ていた。
「あー開放感。ダンジョンが悪いとは言わないけど、やっぱり外の世界のほうが自然の息吹を感じて気持ちいいなぁ」
思いっきり両手を星に伸ばす。
「見て」
ナオが身構える。
次の瞬間には蹴りで岩を割った。
「うお……」
人間業ではない。
少なくとも私は素の蹴りで岩を割れなかった。
「私、普通よりは強いと思う?」
「かなり」
「最近、こんなことができる自分に気づいた」
「さすがは勇者だね」
「……私は何も出来なかった。足がすくむ。怖くて動けない。いつも」
ナオは、何を思っているのだろう。
それはわからない。
だけどわかることはある。
カメじゃいけないと思う。
「ナオは剣も使える?」
「剣は習った」
「小剣? 中剣?」
「懐かしい区分。ゲームでいうなら中剣」
「オーケー。ちょっと待ってね」
ソウルスロットを変更。
「生成、練習用ショートソード。生成、練習用ノーマルソード」
素材はたっぷりある。
私は木製の小剣と中剣を作る。
「はい」
木の中剣をナオに渡す。
ソウルスロットを小剣武技、白魔法、緑魔法に変えて、私は木の小剣を構えた。
「魔法障壁、魔法装甲、HP自動回復」
緑魔法を自分とナオにかける。
淡い緑色の光が私とナオをそれぞれに包んだ。
「よしこれで、一定ダメージ吸収、防御アップ、HPも回復するからだいたい安全。障壁が先に弾けたほうが負けね」
「負け?」
「ねえ、この世界って、レベルって概念はないよね、たぶん」
「知らないけど、聞いたことはない」
「だから私が確かめてあげるよ。ナオの強さ」
「どういう意味?」
「打ってきていいよ。全力で。レベルカンストにして小剣武技カンストにして対人戦闘も経験豊富な私が、ナオの強さを確かめてあげる」
「待った」
「待ったはなしっ!」
先手で打った。
力は入れず、遠心力だけに頼った右からの軽い薙ぎ。
咄嗟に反応したナオが下から打ち返す。
「何故ならば私がやりたいっ! こっちに来てから何日か経つけど、まだ一回もまともにやれてないんだよねー。だから少しやろうっ!」
まっすぐに突く。
これにもほとんど力は入れない。体のひねりだけの突き。
ナオが身をひねってかわす。
「ナオ、ゲームの時より動けるんじゃない?」
「銀狼はフィジカル最強」
「ならば武技いくよ! よけてね! ――スプラッシュエッジ!」
衝撃波が飛び散る前方範囲技。
ナオはこれもひょいとかわす。
「危ない。危険」
「あははー。平気だってばー。VRMMOと思って気楽にやろうよー」
「ここは現実」
「ほら、私を見るのだ」
私は両腕を広げてアピールした。
「どこからどうみても、精霊族のクウ・マイヤだよね。
というわけで、今夜は特別。
遠慮はなしで、全力で斬りかかっていいよー」
ナオは斬ってこない。
ならばこちらから、さっきより少しだけ強めの3連撃。
おお。
ナオは身軽にかわした。
「よけてはくれるんだね」
「痛いのは嫌」
「障壁があるから痛くはないけどね」
さらに攻撃っ!
「クウ、めんどくさい」
ナオはすごい。
私も本気で斬りかかっているわけではないけど、それでも普通の人によけられるはずはないくらいにスピードは上げている。
なのにステップを踏んで余裕のある回避行動が取れる。
「それっ! それっ!」
「いい加減に――」
「とうっ!」
「して」
ナオが剣を振り上げて私の攻撃を弾いた。
赤い瞳が輝いている。
「……えと、怒った?」
「怒った」
「ご、ごめんね?」
「クウは昔から野蛮。『グレアリング・ファンタジー』の世界でも何度も斬りかかられた。迷惑」
「あははー。懐かしいねー」
「許さない」
「うおっと」
斬りかかられた。
一瞬、ひやっとするほどに鋭い一撃だった。
「お。やる気になってくれたねー!」
「怒っただけ」
ナオが攻めてくる。
今度は私が守勢に回った。
横に5メートルほど跳んでもナオは遅れずに追ってくる。
休む暇なく放たれる切っ先が、牙となって私の障壁をえぐり取ろうとしてくる。
「私が――。どんな人生を――。送ってきたと――」
カメなんてとんでもない。
まさに狼だ。
「思ってるんだ」
ひときわ鋭い一撃が肩をかすめた。
反射的にカウンターで返した。
その一撃で、ナオの魔力障壁が割れた。
勝負がついた。
ナオは剣を手放すと、全身で息をしながら、膝に手を当てて体を支える。
額から流れた汗が岩の上に落ちた。
「ナオ、十分に強いと思う」
少なくとも、先日のボンボン貴族の部下たちは圧倒できる。
「……クウは息ひとつ切らしていない」
「それでもナオは強い。並の兵士なんて一蹴できるよ。魔力を解放すれば、もっと強くなれると思うけど……」
「私はカメでいい」
「今は、カメじゃないよね」
甲羅アーマーは部屋に置いたままだし。
「……忘れてた」
「よし、狼に戻ろうっ! とは言わないけど、戦ってくれてありがとう。こっちの世界に来て、初めてそれなりに戦えて楽しかった」
「自分勝手」
息の整ってきたナオが身を起こす。
赤い瞳でじっと見つめられた。
「あはは。じゃあ、戻ろっか」
「クウ、私はまだ怒っている。やりたくないと言っているのに強引にやらせるなんていけないことだ」
「う。ごめん」
「クウの最強の魔法を見せてくれたら許す」
「えと。なんで?」
「クウは魔法使いが本職。クウの本気を見てみたくなった」
「でも、それだと被害が……」
私の最強の魔法といえば古代魔法だけど。
たぶん、現実世界で撃てば地形が変わる。
「まあ、いいか。わかった。許してくれるならお見せしよう」
場所さえ気をつければ平気か。
たぶん。




