288 お茶会の朝
お茶会、当日。
空はよく晴れていた。
窓を空けると、爽やかな風が部屋に流れ込んでくる。
うん。
よい、夏の朝だ。
リトは頑張ってくれているね。
身だしなみを整えて一階のお店に降りると、もうヒオリさんがいた。
お店のテーブルにはパンとスープがあった。
加えて山盛りのソーセージとサラダ。
最近、気づけば、食事はお店のテーブルで取るようになった。
誰か来てもすぐにわかるから、便利だし。
匂いはドアを開けて、魔法の風で簡単に飛ばせるしね。
朝の挨拶をして、食べる。
ヒオリさんは、今日は賢者っぽい服を着ている。
学院に行くようだ。
「いよいよお茶会の当日ですね、店長」
「朝からなんか緊張するよー」
「今日は店長のために、たくさん用意しましたので、どうぞもりもり食べてパワーをつけてください」
まあ、ほとんどヒオリさんが食べるんですけどね。
私はソーセージも2本で十分だし。
朝食を食べ終えて、出発。
「じゃあ、行ってくるねー。ヒオリさんも学院の仕事がんばってね」
「行ってらっしゃいませ!」
「今夜は帰れないかも知れないから、よろしくねー」
「はい。お任せを!」
転移。
竜の里のエントランスにゴー。
到着してフロアに出ると、すでにナオとユイとエリカ、それにメイド姿の竜の人のお姉さんとフラウがいた。
すぐに私は、荷物が少ないことに気づいた。
3人は私服だ。
竜の女の人たちがよく着ている、飾り気のないシンプルな衣装だった。
スーツもドレスも神子衣装も、まだ身にまとってはいない。
さすがに朝から着るのは窮屈すぎるので、私の家で着替える予定だ。
でも、衣装が入るほどの荷物ではなかった。
と、思ったら、なんと。
メイドさんが手に持つ革張りのトランクケースが、100分の1にサイズを縮小して物を入れることのできる魔道具だった。
さすがは竜の里、そういうのもあるんだね。
忘れ物がないことを確認して、出発。
転移して、帝都近郊のマーレ古墳地下に。
離脱の魔法で外に出る。
するといつものように衛兵さん――ではなく、騎士の人がずらりと並んでいた。
「ようこそいらっしゃいました! どうぞ、お通り下さい!」
話は通っていた。
それどころか、冒険者の出入りを禁止して待ってくれていたようだ。
そそくさと広場を抜け通る。
正直、目立つ。
離れた場所で様子を見ていた冒険者の人たちの視線が痛かった。
……なあ、あれ誰だ?
……どうしてダンジョンから出てくるんだ?
……知らねーけど、貴族だろ?
……俺、見たことある気がするぞ……まさか……聖女様じゃねーのか?
……いくらなんでもそれはねーだろ……でも、似てるな……。
囁き声も聞こえる。
さすがはユイ。
たとえ私服でも一目で身バレしてしまうようだ。
ヤバい。
しゃがんで祈り始めた人がいる。
広場を出ると、馬車が用意されていた。
なんとびっくり、よく陛下の護衛についている近衛騎士の人が、わざわざ私たちのことを待っていた。
よければ帝都まで送らせてほしいと言ってくる。
遠慮なく乗らせてもらう。
本当は、私が銀魔法でみんなを帝都まで運ぶつもりでいたけど……。
いきなり注目されたので、いろいろと見られる可能性が高い。
時間は少しかかるけど、馬車の方がいいだろう。
もっとも馬車も、前後に騎士がついているので、うん、目立つけど。
私のお店についたのは昼近くだった。
お店に入って、ドアを閉めて、ようやく一息をつく。
「ごめんね。予定より時間かかっちゃって」
「気にしなくて良いですわ。帝都の町並みをゆっくりと見ることができて、わたくしはむしろ大満足です」
「だねー。聖都の景色とは本当に違っていて、面白かったよー」
「さあ、そして! ここが私の家でーす!」
みんなに我が家を紹介する。
ヒオリさんは、もう出かけている。
家には私たちだけだ。
「クウのぬいぐるみ、発見。かわいい」
ナオは早速、お店の棚に飾られた私のぬいぐるみに気づいた。
「ふふー。でしょー」
「あらあら、自己顕示欲のお強いこと」
「エリカには言われたくありませーん。あ、そうだ! ねーねー、ユイ! ユイのぬいぐるみも作っていいー?」
「いいけど……。私のぬいぐるみなんて売れないよ?」
「まっさかー」
断言できるけど、爆売れ間違いなしだ。
「ねー。いいー?」
「うん。クウが作りたいっていうなら、私は別にいいよ……?」
「やったー! じゃあ――」
私はアイテム欄から厚紙とペンを取り出してテーブルに置いた。
「ここに書いてくれる? ふわふわ工房のぬいぐるみは、私が許可を出した超スーパー正規品ですって許可書」
「えー。なんかそういうの怖いんだけど……」
「だってそういうのがないとイチャモンつけられるかもでしょー。ね? お願い。ほらここにささっとね」
「……うう。わかったよお」
背中を押すと、ユイは観念してくれた。
さすがは聖女として生きてきただけはある見事な達筆だった。
ちゃんと名前も書いてくれた。
加えて、ユイにしか記せない、光の魔力の込められた特別な印も入れてくれた。
バッチリだ。
あとは額縁に入れて、盗まれないように魔法でロックをかけて、破れたりしないように保護の付与もつけて、厳重に管理していこう。
問題は値段だね……。
今度、誰かに相談してみよう。
「ねえ、クウ。わたくしのはいいんですの?」
「エリカの?」
なんで?
「わたくしもクウにはとてもお世話になりました。これからもいろいろとお世話になる予定ですし、それくらいのことなら許可して差し上げますわよ」
「あ、もしかしてぬいぐるみ?」
「ええ。当然ですわ」
「……エリカ、恥をかいても知らないよ?」
「何故ですの?」
「だって売り上げで、ユイに勝てるわけないよね」
「わたくしもそこまで愚かではありませんわ。でもユイには勝てなくても、そこのクウのぬいぐるみには勝てると思いますわよ」
「私の精霊ちゃんぬいぐるみに……?」
「ええ。こう見えてわたくし、民にも薔薇姫として大人気ですし」
自信満々にエリカがうなずく。
これにはクウちゃんさま、正直、カチンと来ましたよ。
この私のぬいぐるみに、勝てるだと……。
というわけで、エリカからも許可証をもらった。
「でも、クウ。負けたら悔しいからって、わたくしのぬいぐるみだけ、わざとクオリティを落とすのはやめてくださいね? それは見苦しいですの」
だぁああぁぁぁぁあ!
そんなことしなくても負けるわけないだろうがー!
「クウ。銀狼ちゃんぬいぐるみは?」
「あ、ナオも?」
「私だけないのは寂しい」
それもそうか。
というわけでナオのぬいぐるみも作ることにした。
これはアレか。
うちの店は、かわいい女の子のぬいぐるみを専門にしてもいいかも知れない。
ウサギとかはウェーバーさんのところに任せて。
この後は、家の中を見せて回った。
そうこうしている内、あっという間に時間が来た。
エリカたちには着替えてもらう。
竜の人のメイドさんが、きっちり着付けてくれた。
エリカにはメイクもバッチリ。
ミスリルのアクセサリーも身につけて、本当にキラッキラだ。
ナオとユイは、素顔のままで行くようだ。
アクセサリーも身に着けない。
なのにユイと来たら、姿勢を正して微笑を浮かべるだけで、恐ろしいほどに神々しくて思わず敬服したくなる。
私には光のオーラも効かないのに、だ。
さすがという他はない。
ちなみにナオとエリカにも光のオーラは効かないようだ。
同じ転生組だからかな?
あるいは、魔力が高いからかも知れない。
エリカは無属性で魔術は使えないけど、竜の人が計測したところ、魔力自体はかなり高いようだし。
魔力を肉体に浸透させる術を身につければ、とんでもない戦士になりそうだ。
あと、メイドさんにも効いていない。
竜の人たちは強い闇属性なので、自然に跳ね返せるのだ。
「じゃあ、送るね」
銀魔法でみんなの姿を消して、重力操作で一気に大宮殿の奥庭園、いつもの願いの泉のほとりまで運ぶ。
今日は午後3時からお茶会。
午後7時から晩餐会。
3人には、ぜひとも帝国と友誼を結んでほしいものだ。




