287 閑話・お茶会前日の人々
【1】皇帝ハイセルは考える
クウが転移の魔法で部屋から忽然と消える。
皇帝たる俺の目の前で、だ。
あいつには一度、不敬という言葉の意味をよく教える必要がある。
次の日には忘れていそうだが……。
「――明日のお茶会は、大陸の運命を決めるものとなりそうですな」
「楽しそうに言うな」
「こうなればもう楽しむべきかと」
バルターの声は軽い。
「……それで、サギリはナオとやらのことを知っていたのか?」
「はい。存じておりました。ナオ・ダ・リム。詐称がなければ、間違いなく旧ド・ミ国の戦士長の娘です」
サギリは帝国でも五指に入る凄腕の密偵だ。
出身は旧ド・ミ国。
トリスティンの追っ手から逃れて帝国に亡命してきた獣人の内の1人だ。
能力は極めて優れ、性格は実直。
魔道具『女神の瞳』による鑑定内容にも問題はない。
手放すには惜しい人材だ。
「どう言っていた?」
「仲間を捨てて帝国から出ていくことはないと」
「そうか」
サギリが軍に入ったのは、共に亡命してきた仲間の生活保護を受けるためだ。
彼女の仲間には一般人や幼子もいた。
「むしろ、ナオ・ダ・リムをこちらに誘って良いのかと聞かれましたが」
「どう答えた?」
「返答はまだ――。陛下のお考え次第かと」
「ふむ」
ナオ・ダ・リムは、現在、竜の里で生活しているという。
竜騎士とクウは言っていた。
竜の背に跨り、戦うことを許された者だと。
「バルターはどう思う?」
「ナオ・ダ・リムは、例の勇者である可能性があります。彼女を受け入れるか否かは難しい問題ですな」
「竜族とクウの同意も必要になるだろうしな。とりあえず、軽く誘ってみる程度はしても良いとサギリには伝えてくれ」
「畏まりました」
「しかし、聖女ユイリアには驚いたな。人に影響を与える光のオーラとは」
「恐るべき存在ですな」
「アリーシャとセラフィーヌが上手く友誼を結べれば良いが――」
「エリカ王女の存在が怖いところですな。クウちゃんをしてもエリカ王女は扱いに困る存在のようですし」
「こちらにもディレーナ・フォン・アロドがいるしな。まったく、クウのヤツめ、どうして個別に行うべきお茶会を一緒にしたのか。どうせ何も考えることなく、いつものノリだけで決めたのだろうが」
「はははっ! いかにもクウちゃんらしいですな」
「笑い事ではないが、笑うしかないか」
仕方がないので俺も笑った。
明日のお茶会は歴史的なものとなる。
何しろ、帝国、王国、聖国の姫君が一堂に会するのだ。
さらには光の大精霊までもが訪れるという。
果たして、どうなるのか。
明日は、楽しみに結果を待たせてもらうとしよう。
【2】マリエのリハーサル
「さあ、もう一度やりますわよ。次はパターンDです」
「……はい」
どうしてこんなことになってしまったのでしょう。
私、肩書だけ貴族の平凡な市民マリエは、今、帝国を代表する大貴族のご令嬢ディレーナ様のお屋敷にいます。
私、今日はディレーナ様のお屋敷に泊まって、明日はディレーナ様のメイドさんたちの手でお化粧や着付けをされるそうです。
そして今は、明日のお茶会に向けたリハーサルの只中です。
「そういえば皆様には、婚約者はおられるのかしら?」
「婚約者と言えば、ここにいらっしゃるディレーナ様は、皇太子カイスト殿下の第一の候補なんですよ! 私、気品があってお優しくて、指導力も豊かなディレーナ様は本当に皇妃に相応しいと思うんです!」
「おやめなさい、マリエ。そのような恥ずかしいことを」
「でも……。あ、そうだ。聖女様にはどのように見えますでしょうか! お似合いだと思いませんか!」
「……マリエ、ちょっと必死すぎますわね。もっと自然におっしゃいなさい」
「は、はい。すいません」
「作戦の目的は理解していますわね?」
「はい。その……。聖女様にお墨付きをもらうんですよね」
「ええ。その通りです。わたくしのお茶会での目的は、皇太子とわたくしの婚約話にお墨付きをもらうことです。聖女様のお墨付きさえあれば、神殿の後押しも大いに期待できますし話をまとめるのは容易でしょう」
私はディレーナ様の太鼓持ちになりました。
ディレーナ様に都合の良い台詞を言うのが、私のお茶会での役目です。
「よろしいですか? あくまでも自然に、です。あくまでも自然な会話の中で、わたくしを自然に褒め称えなさい。それでこそ聖女様の口から、自然な形で肯定の言葉を引き出せるというものですわ」
「は、はい……」
そもそもリハーサルしている時点で自然ではないので、自然に自然にと言われても本当に困ります泣けます。
だいたい私、役者じゃなくて映像屋です。
演じる側じゃなくて、撮る側です。
正直、やりたくないです。
だって失敗すれば、きっとディレーナ様に恨まれます。
成功すれば、きっと両殿下に恨まれます……。
どちらにせよ、私は最悪です。
でも、断れるかと言えば……。
断れるわけがありません……。
お父さんには見捨てられました……。
お母さんは、消えたまま出てきてくれませんでしたし……。
「さあ、次はパターンAです。ひたすら繰り返して、臨機応変、自由自在に話を切り出せるようになるまでやりますわよ」
「は、はい……」
あーん。
助けてー、クウちゃーん!




