285 ナオの期待
私の緊張は、今、ピークに達しようとしていた。
なぜならば。
ユイとエリカがすでに臨戦態勢に入っている。
2人はいつでも手拍子可能だ。
あとは――。
ナオの合図があれば、期待が始まる。
ああああ……。
ダメ……。
なんだか体が勝手に、心とは裏腹にウズウズしてくる……。
「クウ」
「はい」
ナオに名を呼ばれて、私は答える。
来るの?
来ちゃうの?
「帝国は、獣人も平和に暮らしていると聞いた。私は期待している。ド・ミの国の生き残りもいるかも知れないと」
「あ、え」
私は愕然とした。
まさか――。
ナオともあろう者が、真面目な話……?
「だから、ド・ミの服を着ようと思った。もしかしたら、奇跡的に、誰かに会うことができるかも知れないと思って」
ユイとエリカが手拍子の臨戦態勢を解除して、静かに手を下ろした。
「クウの知り合いにはいる?」
「んー。そうだねぇ。それらしい話はなかったかなぁ」
「残念」
「あ、でも、ナオと同じ種族の人ならいたよ」
「銀狼族?」
「うん。帝国の隠密部隊にいてね、たまーに姿を見かけるんだけど、もう本当にまさに忍者で凄まじい身体能力だった」
フロイトを最初に成敗した時、ウェルダンとの初遭遇の時。
どちらもシュンと現れて、シュンと消えた。
まさに風だった。
「なんていう名前?」
「ごめん。ちゃんと話したことはなくて」
「残念」
「若い女の人だったよ。20歳前後だと思う。あと、確実に強い」
「会ってみたい。もしかしたら、ニナお姉ちゃん様かも知れない」
「……隠密部隊の人だからどうなるかわからないけど、陛下に頼んでみるよ」
「お願い」
「でも、そうだよね……。ナオにもいろいろあるんだよね……。私、完全に誤解していたよ」
「大丈夫。わかっている」
「そかー」
今回のお茶会をキッカケに。
もしかしたら、ナオの止まっていた時計が動くのかも知れない。
それがどんなことになるかはわからないけど。
「さあ、クウ。いくよ」
「ん?」
なにが?
「クウのことはわかっている。クウには期待している」
「え? あ、うん。私も頑張るね……」
気がつけば、ナオとユイとエリカが手拍子の準備を整えていた。
「期待」
ナオが言う。
ま、まさか。
「期待。期待。キ・タ・イ。キ・タ・イ」
手拍子と共に始まる。
期待の宴が。
あああああぁぁぁぁああああ!
キ・タ・イ。キ・タ・イ。
キ・タ・イ。キ・タ・イ。
体が勝手に動くぅぅぅぅ!
まるで。
まるでこれを待ちかねていたかのように。
体がポーズを決めてしまう。
マッスル!
マッスル!
それは期待のリズムなのぉぉぉぉぉぉぉ!
あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああぁぁぁぁ!
何分も、やってしまった……。
やがて手拍子がおわる。
「クウは好きもの」
「ううう……。体が反応してしまうのぉ……」
私は四つん這いで力尽きた。
泣きたい。
でも、楽しかったの……。
「その乗せられやすいところ、クウは相変わらずですわね」
「ホント。変わらないよねー。クウは」
エリカとユイが笑う。
いや、うん。
だって私、転生してまだ半年も経っていないからね。
まあ、大人ぶったところで、エリカもユイもカメなんですけどね!
しばらく落ち込んだ後。
気を取り直して、さらにいろいろと話した。
まずはエリカだけど、なんと竜の人を従者として連れていくことになった。
お世話になっておいて従者なんて、普通ならさすがに失礼な話だ。
却下するところだけど……。
エリカはちょうど現代の礼儀作法を竜の人たちに教えていた。
その中には従者の立ち振舞というものもあって、なぜか従者の立ち振舞を気に入った竜の女の人がいたのだ。
彼女が実地訓練としてエリカへの同行を立候補していたのだ。
フラウに確認を取ったところオーケーをくれたので、そう決まった。
調子に乗ったエリカが、彼女の背に乗って帝都に行くと言ったのは、さすがに却下させていただいたけれども。
帝都にはマーレ古墳から姿を消して飛んでいく予定だ。
「でもクウ。わたくし、派手に登場したいんですの。ほら、ファーストインパクトって大切でしょう? そこで度肝を抜かせれば、もやは勝ったも同然ですし」
「勝ち負けを決める場所じゃないからねー。仲良くするための場所だからねー。ちなみにエリカにあげたミスリルのアクセサリーは向こうも持ってるから、装飾品でマウントを取るのは無理だからねー」
「クウ、酷いですわ! それならわたくしはどう勝利すればよいのですか!」
「もー。ユイ、なにか言ってやってよー」
めんどくさいのでパス。
「私は別に。お茶会は、クウが行けって言うから行くだけだし」
「仲良くしてね?」
「うん。わかった。じゃあ、仲良くするよ」
「というわけだからエリカ。1人だけ力んでも浮くよ?」
「……うう。酷いですわ」
「だから、仲良くすればいいよね? お互いに誤解があったけど、見事に誤解は解けましためでたしめでたしでいいじゃん」
本当にもう、どうしてマウントばかり取りたがるのか。
「それでクウ、光の大精霊の子はどうなったの?」
ユイが私にたずねる。
「ユイたちを送った後、精霊界から連れてくる予定。まずは、こっそりとサプライズでユイの姿を見せようと思ってねー」
「そっか。なら、お茶会の後で会えるのを楽しみにしているね」
「名前はシャイナリトーね。リトでいいと思うよ。大精霊ではあるんだけど子犬みたいな子だから可愛がってあげて」
「……ねえ、クウ、ユイ。光の大精霊様は、当然、わたくしにも紹介していただけるのですわよね?」
「エリカはダメ」
迷わず私は答えた。
「なぜですの!?」
「だってマウント取りの道具にするでしょ?」
「少しくらい良いではありませんか!」
エリカが吠えると、それまで黙っていたナオが口を開いた。
「エリカ。遠慮無用は私達だけ。他の人は駄目」
「……う」
ナオに見つめられて、エリカはたじろいだ。
そしてうなだれる。
「わかりましたわ……。そうですわね……。その通りですの……。なんだかわたくしだけ扱いが酷い気もしますけれど」
「酷くない。普通」
「わたくしだって、期待くらいさせてほしいものですわ」
「期待?」
ナオが首を傾げ、それから私を見る。
「や、やめてね……? 私、もう期待はいいから……」
またやるの?
またやっちゃうの?
と思ったらナオの視線がエリカに戻った。
「エリカは平和の女神。帝国と王国の誤解を解いて、ユイも一緒に握手する。これですべて解決。将来は平和の女神像のモデルになる」
「……そう言われてみると、なかなかに良いアイデアですわね」
「カンペキ」
ナオのおかげで、ようやくエリカが納得してくれた。




