283 忙しい日
「……わかったのです。リトは言う通りにするのです」
「うん。お願いね。悪いことじゃないから、楽しみにしていてね」
「わかったのです」
「光のお仕事も頑張ってね」
「言われなくても、ちゃんとやっているのです!」
「ごめんごめん。じゃあ、当日に」
牙を剥き出して吠えかかってきた獣人の幼女――リトの白髪をなでて、私は白色で統一されたリトのお屋敷を後にした。
リト、実は5千歳を超えているんだけど……。
もうそのあたりは気にしないことにした。
子供扱いした方が、お互いに明らかにやりやすいし。
というわけで。
セラとお姉さまがいきなり家に来た翌日。
私は朝一番で精霊界に入って、リトのところに行ってきた。
お茶会の日、リトを帝国に連れていくためだ。
リトは素直に了承した。
ユイに会わせることは言っていない。
こういうのはアレだ。
サプライズの方が、いいよね。
当日、存分に驚いてもらおう。
驚き過ぎて世界を光まみれにしないように、私は頑張って監視しよう。
ゼノのお屋敷にも寄ってお茶会のことを伝える。
「ボクは?」
「ん?」
「ボクは一緒に行かないの?」
「行かないよ」
「なんで?」
「だって関係ないよね?」
「でも面白そうだよね? ボクも楽しめるよね?」
「闇のお仕事、頑張ってね?」
「えー! ヤダヤダー! ボクも行く! リトの醜態で大爆笑させてよー!」
「ダメです!」
「なんで!」
「ダメったらダメ! 絶対ダメ! 今度もっと面白いことするから! その時に大爆笑させてあげるから!」
「……ホントに? 約束だよ?」
ゼノと一緒ではリトが素直になれない可能性がある。
そもそも見世物ではない。
真面目なイベントなのだ。
ゼノを連れて行くわけにはいかない。
おかげで今度、面白いことをやるハメになった。
とはいえ、私の勘が正しければ、特に企画しなくても面白いことは起こる。
問題なしだろう。
精霊界を出て帝都の広場に降り立つと、時刻は正午だった。
時間が過ぎるのは早い。
お。
ウェーバーさんのお店「ぬいぐるみマート」が早くもオープンして、たくさんのお客さんで賑わっている。
そのおとなりの姫様ドッグと姫様ロールのお店もオープンしていて大繁盛だ。
ブリジットさんがメイド姿でお店の前に立って、ちらしを配っている。
「ブリジットさーん!」
私は駆け寄った。
「クウちゃん。こんにちは」
「こんにちはー! もうお店、オープンしたんですね!」
「うん。今日から」
「今日からなんですかー!」
具体的なオープン日は聞いてなかったけど。
まだ先だと思っていた。
「楽しみにしてくれるお客様が多くて前倒し。だから大変だよ」
「そかー。私も手伝おうか?」
「アルバイトで、一緒にちらし、配る?」
「うん!」
配る配るっ!
というわけで一緒に働いた。
ちなみにブリジットさんは、明日、ギルドの大規模依頼である禁区調査のために帝都を出発して現地に向かうそうだ。
「……お店のオープンと重なるなんて大変だね」
「姫様ドッグとかけて、禁区調査と解く」
「その心は?」
「大儲け」
「なるほど!」
私が感心すると、急にブリジットさんが放心してふらついた。
何事!?
と思うと、ブリジットさんはこう言った。
「おぅ、もけー」
意味はまったくわからないけど、とにかく面白い!
さすがだ!
「はいはい! 私もやります!」
「どうぞ」
「姫様ドッグとかけて、ロックさんの貯金箱と解きます!」
「その心は?」
「からー!」
辛いと空っぽ!
どうだ……。
「ぱちぱちぱち」
ブリジットさんが拍手してくれたぁぁぁ!
「おい、クウ! この俺様の稼ぎをバカにすんじゃねーぞ! 空っぽになったことなんてねーぞ俺様の貯金箱は!」
おや。
「あ、ロックさん。居たんだ」
気づかなかったけど、お店の中で慌ただしく料理を運んでいた。
「おいクウ! おまえ、手伝うならこっちに来い! 俺のかわりに運べ!」
「えー。やだよー。私、ブリジットさんと仕事したいしー」
ブリジットさんがやるならやるけど。
わーわー言うロックさんは無視して、私は仕事に戻った。
ちらしを配る。
1時間くらいで配りおえた。
アルバイト料として、生のソーセージを山盛りもらった。
今度、焼いて食べよう。
家に帰ると、ヒオリさんが待っていた。
「店長、留守の間に来客がありました」
「……まさかボンバー?」
「はい。よくおわかりで」
「うわぁ……。塩! 塩撒いとこ! あと私、急用! また出かけるから!」
「お待ち下さい。彼が来たわけではありません。彼の紹介ということで、実は冒険者が10名も来まして」
うちの工房なら至急の仕事にも応じてくれるということで来たそうだ。
今度の禁区調査に行く人たちらしい。
出発前になって、装備を更新したくなったそうだ。
なるほど。
そういうことなら応じよう。
「店長からは昼過ぎには帰ると聞いておりましたので、そのように伝えました。もう少ししたら来ると思いますが」
「了解。それなら午後はお店にいようかな」
というわけで午後は、10名の冒険者を相手に商売した。
みんな低ランクで十分な資金を持っていなかったので、予算内でどれだけ作れるかを話し合いつつの受注となった。
応対は、主にヒオリさんがしてくれた。
ヒオリさんがいてくれたので、素材と装備の価格表で確かめつつ、きちんと商売として受注することができた。
私だけだったら、細かく計算するのは面倒だし……。
たぶん利益関係なく、彼らの予算で装備一式を作ってあげていた。
私も商売で売ることを覚えねば……。
ヒオリさんの価格表、ちゃんと私も使えるようにしよう……。
ヒオリさんの接客を見ていて、つくづくそう思いました。
注文を受けた後、冒険者の人たちにはいったん帰ってもらった。
夕方に受け渡すことになった。
私は工房に入って、注文書の通りにさくっと生成。
生成レシピ的には低レベルの装備品ばかりなので、ほとんど疲れることもなく一気にすべて完成させた。
「さすがは店長。いつものことながら見事な魔法です」
「ヒオリさんこそ見事な接客だったよ。……私ね、すごい思ったよ」
「何をでしょう?」
「やっぱりさ、価格と価値は、ちゃんと合せないとダメだね」
以前、皇妃様にも言われたけど。
あらためて思った。
「そうですね。お値段以上な品物は喜ばれますし評判にもなりますが、度を過ぎれば毒となります」
「だよねー。難しいねー。商売って。私も勉強するよ」
「では、善は急げです。今からどうですか? 某でよければ教えますが」
「ヒオリさんに教えてもらえるなんて贅沢だね」
なにしろ賢者で学院長だし。
「はいっ! お任せ下さい! 店長のためであれば24時間でも教えますよ!」
「あ、そこまではいいや」
「では、まずは1時間ほど、商売する上での基本的な心得を」
「あ、うん。今は言ってみただけだからいいや」
「そうですか……」
「今日は夜にも約束があるんだよー。忙しくってねー」
だから今は、体を休めねばならないのです。
「そういえば大切なお茶会があるのでしたね。その準備ですか?」
「ううん。ロックさんたちが明日、冒険に出るから、今夜は最後の夜ってことで白猫亭で騒ぐんだよ。あ、もちろんヒオリさんも来るよね?」
「はい! ご同伴させていただきます!」
「ならば。今夜は遊ぼう」
勉強は、また今度でいいよね。




