281 ぷんぷんお姉さま
セラの魔術練習を見に行った翌日の朝。
護衛の人たちを引き連れて、アリーシャお姉さまとセラがお店に来た。
何事かと思ったら、お茶会の話だった。
一体、どうしたのか……。
楽しいお茶会のはずなのに、私の意図などを聞いてくる様子は、まるで戦争準備でもしているかのように真剣だった。
まあ、えっと。
意図を問われても困るんだけどね……。
うん。
光の大精霊の復活のため。
エリカの復活のため。
なんだけど……。
「と、とにかく、アレかな。みんなで楽しくやれればいいかなーと」
あはは。
「クウちゃん」
アリーシャお姉さまに名前を呼ばれた。
「は、はい」
「わたくしの顔を見なさい」
「み、見ておりますが……」
「何か言うべきことは?」
「えっと……。なんだか朝から不機嫌ですね?」
「ええ。そうです」
どうすれば。
「……何故だと思いますか?」
「さ、さあ……」
私が首を傾げると、みるみるアリーシャお姉さまの頬が膨らんだ。
セラが怒った時みたいだ。
さすがは姉妹だね。
思わず、ぷすっと指で刺したくなる。
しないけど。
「クウちゃん」
「は、はい」
「どうしてこのような大切なことを! お父さまには報告して、わたくしには報告に来なかったのですか! わたくし、昨日はお昼にお父さまから話を聞いて、クウちゃんが魔術師の練習を見に行っているとも聞いたので――。その後に来るだろうと――。夕方までひたすら待っておりましたのに!」
ええ……。
そ、そんなことを言われても……。
私、昨日はセラともまともに話が出来ずに、逃げたんですけど……。
私は助けを求めて、セラの方に目を向けた。
ところがセラは、私を助けてくれるどころかお姉さまと同じスタンスだった。
「クウちゃん」
と、セラにまで迫られた。
「は、はい」
「これは大変なことなんです。わたくしも負けられないのです」
だ、誰に!?
ともかくセラも真剣だった。
ふむ。
これはアレだ。
私はアイテム欄から小さな紙包みを取り出す。
開ければ、ふわりと香ばしい匂いが広がる。
中に入っているのは、手作りのクッキーだ。
「とりあえず、これでもどうぞ。手作りクッキー。おいしいよー」
私は愛想よく笑って、2人にクッキーを勧めた。
「いただきますわ」
不機嫌なまま、お姉さまがクッキーを手に取る。
ぱく。
小さく食べた。
「まあ」
頬に手を当てて、お姉さまが味に驚く。
「これは……」
お姉さまがパクパクです。
その様子を見てセラもクッキーを食べる。
驚いた顔になる。
ふふ。
セラも気に入ってくれたようだ。
「私、紅茶を入れて来ます。2人は食べていてください」
私は一旦、工房に逃げた。
これぞ甘い物で懐柔作戦!
戻る頃には、クッキーパワーで上機嫌になってくれているはずだ。
私は少し時間をかけて、紅茶を淹れた。
「お待たせー」
戻ってくると、お姉さまは静かにクッキーを食べていた。
ぱくぱく。
ゆっくりとだけどひたすら食べている。
「どうぞ」
紅茶を2人の前に置いた。
「味はどうですか?」
「……素晴らしいですわね。正直、感動しました」
「クウちゃん、本当に美味しくてびっくりしたんですけれど、これって、クウちゃんの手作りなんですか?」
「私じゃなくて、実はこれ――」
少しもったいぶってから私は言った。
「なんと。聖女ユイリアの手作りクッキーなんだよ。すごいでしょ」
ユイが帰り際にお土産でくれたのだ。
竜の人から最高級のバターと砂糖をもらって作ったらしい。
私も食べたけど絶品だった。
あれ。
2人が食べるのをやめてしまった。
と思ったら、手に持っていた分はちゃんと食べた。
その後、ハンカチで口を拭ってから、お姉さまが静かに言った。
「……強敵ですわね。本当に」
お姉さまたちは、ユイに対抗意識を持っているのか。
やっとわかった。
「あの、お姉さま、セラ。お茶会は本当に楽しむだけのものなので……。なんにもないですよ本当に」
ユイとナオは、きっと無害だと思う。
騒動を起こすタイプではないし。
そう考えて私は、もうひとりのことを思い出した。
「まあ、うん……。えっと……。ただ、王国の王女については、その……、マウントを取る気満々なんですけれども……」
「それは当然、わたくしたちに対してですね?」
お姉さまが確認してくる。
「はい、そうです……」
「それで――。クウちゃんは、どちらの側に付くのですか?」
「当然! わたくしたちですよねっ!?」
「あ、私はお茶会には出ません」
「え!? クウちゃん、出ないんですか!?」
セラにびっくりされた。
一緒に出ると言っていた気はするけど。
ごめんね。
「うん。私は当日に大切な用事があってさ。みんなで楽しんでよ」
私はリトと一緒にいないといけない。
夏がかかっているのだ。
こればかりは、やむを得ない。
「そんなー。わたくし、クウちゃんが出るというから参加を決めたのにー」
セラがガックリと肩を落とす。
「――つまり、対等に戦えと言うのですね」
お姉さまが真顔で聞いてくる。
「いえ、あの。お姉さま? お茶会は、楽しいおしゃべりの場なので」
戦場ではないですよ。
「よくわかりましたわ」
よかった!
わかってくれたのね!
この後すぐ、お姉さまとセラは帰っていった。
なんだか朝から疲れた。
今日は午前の内にリトのところに行こうと思っていたけど、疲れたから中止だ。
明日にしよう。
というわけで昼までぬいぐるみを作った。
「あ、そうだ」
お昼になって、ふと思った。
「マリエには私からも伝えておかないといけないよね。ユイとは面識もあるし、当日に驚かれても困るし」
マリエはカメ姿のユイを知っている。
ある意味、特大の爆弾を抱えているのと同じだ。
ただ、その爆弾については心配していない。
なにしろマリエは口が硬い。
竜の里での撮影会は秘密だと約束しているし、不意の再会で驚きさえしなければ問題は起きないはずだ。
私はお店を閉めて外に出た。
お腹も空いたので、昼食がてらマリエのお店、ハロ映像店に行ってみよう。
というわけで行ってみた。
「こんにちはー」
ドアを開けて中に入ると、顔面蒼白のお父さんが立ちすくんでいた。
「……あのぉ。どうしたんですか」
「戦争に……。マリエが戦争に連れて行かれてしまった……」
「え」
いやマリエってただの普通の女の子だよね!?
それが徴兵!?
戦争なんて起きてないよね!?
話を聞いてみると、どうやらお姉さまとセラが来たようだ。
そして、お店の掃除をしていたマリエを強制的に連行していったようだ。
戦争っていうのは……、うん。
エリカとのマウントの取り合いのことだね。
事前の作戦会議をするつもりなのだろう。
あとを追いかける必要は……、ないか。
私は関わらないでおこう。
絶対に疲れる。
その意味では、お茶会に参加できなくなってよかったよ、私。
「……じゃあ、また来まぁす」
お父さんを残して、私はお店から出た。




