280 閑話・皇女セラフィーヌは標的を定めた
「――聞いていますか、セラフィーヌ」
「あ、はい、お姉さま」
すいません。
本当は聞いていませんでした。
だって、同じ話ばかりですし。
わたくしセラフィーヌは、今、夜の一時をアリーシャお姉さまと過ごしています。
今夜のお姉さまは不機嫌です。
お姉さまは今日、ずっとクウちゃんを待っていたそうです。
なのに来なかったと怒っているのです。
「貴女のところには来たのでしょう?」
「はい、来ましたけれど……」
「本当に、もう」
お姉さまはぷんぷんです。
頬が膨らんでいます。
わたくし、たまにクウちゃんから、怒ると頬が膨らむとからかわれますけれど……。
どうやらお姉さまも同じようです。
遺伝でしょうか。
だとすれば、お母さまも同じなのかも知れません。
お母さまは怒っていても微笑んでいる方なので、見たことはありませんが。
今度、こっそり、お父さまに聞いてみましょう。
「それで、お話はしたのかしら?」
「いえ……。クウちゃんは暴れるだけ暴れて、すぐに帰ったので……」
あの後は大変でした。
逃げてしまったクウちゃんに代わって、わたくしが質問攻めで。
クウちゃんからの許可はもらっていたので、わたくしが教わった魔法技術については皆さんに話しましたけれど。
でも、アンジェちゃんに言われたのですが……。
――願って願って、ドカンって。それが理解できるのセラだけよ、たぶん。
同じ反応をされてしまいました。
でも、しょうがないです。
わたくしはクウちゃんからそう学んで、覚醒したのですから。
「わたくしも見たかったですわ」
「面白かったですよー。すごい嵐が練習場に巻き起こって、絶対に壊れないはずの的が全部壊れてしまって」
「剣でも勝ったのでしょう?」
「はい。相手の人もすごかったですけれど、クウちゃんの圧勝でした」
「……わたくしも見たかったですわ。今は夏休みでメイヴィスもブレンダもいなくて退屈で仕方ないですもの」
ため息をついてからお姉さまは、また話題をぶり返します。
「そんなことよりもです!」
「はい」
わたくしは少し疲れてしまいましたが、返事はします。
「今度のお茶会は負けられません。王国の薔薇姫はともかく、あの聖国の聖女ユイリアまでもが来るというのですよ」
「すごいですよね」
そのことはお父さまから、夕食の後で伝えられました。
お姉さまは昼食の時に聞いたそうです。
「すごいではありません、セラフィーヌ。ここでわたくしたちが下に出れば、帝国の威信にも関わる問題となるのです」
「でも、相手は聖女様……ですよね?」
「貴女と同じ11歳なのですよ、聖女ユイリアは」
「それは存じていますけれど……」
同じ年齢でも格が違います。
聖女様は、お父さまですら対等な相手として礼を取る必要のある相手です。
皇女という肩書は通用しません。
しかも聖女様は、クウちゃんですら力量を認める存在です。
あらゆる意味において、社交に出たばかり、魔術を習い始めたばかりの、わたくしが並び立てる相手ではありません。
わたくしとしては、むしろ頭を下げて、教えを請いたいのが本音です。
「一体、クウちゃんは何を考えて、こんなお茶会をセッティングしたのか……。意図を聞かねば対策も練れませんわ」
「みんなで仲良くしようということではないんでしょうか」
正直、わたくしが思うに。
クウちゃんが難しいことを考えているとは思えません。
だって……。
クウちゃんは……。
い、いけません!
わたくしったら!
危ないです。
危なかったです。
危うくお友達のことを、お馬鹿扱いするところでした……。
「どうしたのですか、セラフィーヌ」
「い、いえ……。すいせまん……。ちょっと悪いことを考えてしまって……」
「そうですわね。薔薇姫と聖女は親友と聞きます。聖女に悪意があるとは、さすがにわたくしも言いませんが……。薔薇姫が、クウちゃんと聖女を利用してわたくしたちを陥れようとしてくる可能性はあります」
薔薇姫エリカのことは、わたくしもいくらか知っています。
浪費家で、派手好きで……。
帝国のことを、ずっと悪く言ってきた敵対国の姫です。
正直、印象は最悪です。
普通に考えればお茶会をする相手ではありません。
お姉さまが薔薇姫エリカの悪意を警戒するのは当然のことだと、わたくしにも理解することはできます。
「セラフィーヌ」
「はい」
「明日の予定は空いていますね?」
「……は、はい」
朝から授業はあるのですが、空けるしかなさそうです。
「明日は忙しくなります。朝からクウちゃんのところに行って、午後にはディレーナにも会いましょう。ディレーナとも話し合っておかねば、どこからどう切り崩されるかわかりませんから。――セラフィーヌ」
「――はい」
「ディレーナの様子を、よく見ておくのですよ。万が一にも薔薇姫と通じているようであれば対処せねばなりません」
「……は、はい」
そんなことは有り得ない――とは言えないのが辛いところです。
みんなで仲良くしたいというクウちゃんの善意を利用して――。
わたくしたちを陥れようとしている――。
有り得ない話では――ないです。
クウちゃんの善意が利用されているとすれば、わたくしたちはわたくしたちで戦わねばなりません。
「……お姉さま。そういえばもうひとりいますよね」
「ええ、そうですね」
「――マリエ・フォン・ハロ」
わたくしはその名を口にしました。
クウちゃんのお友達です。
わたくしがお茶会で、負けるわけにはいかないと思っていた相手です。
「お姉さまはどう思いますか? どうしてクウちゃんは、国の運命すら決めかねないお茶会に彼女も誘ったのでしょう?」
あるいは、すべて、マリエ・フォン・ハロの計画だとしたら。
「彼女は気にしなくていいですわよ。わたくしもよく知っていますが、あの子は幸運というか不幸というか、とにかく面白いだけですから」
お姉さまは笑い流します。
わたくしはますます、マリエさんへの警戒を強めました。
クウちゃんに信頼されて、お姉さまの警戒心すら突破するとは、やはりマリエさんは只者ではありません。
わたくしは決めました。
今度のお茶会では、特にマリエさんの動向を注意しましょう。
彼女が何を考えているのか。
彼女が何を目的としているのか。
見定めねばなりません。
今度のお茶会は、本当に――。
厳しい戦いになりそうです。
ところでお姉さまは、夕食をおえて体を清めて寝るための着替えもして、1日の営みがおわった時間だと言うのに……。
ずっと……。
そう、お話を始めた時からずっと……。
甘い物をパクパク。
パクパク。
もう本当にパクパクと食べているのですが……。
体重は大丈夫なのでしょうか……。
完璧なお姉さまのことですから問題はないと思うのですけれども……。
少しだけ心配です。




