28 ナオのもふもふ尻尾
宴会は盛大だった。
私は上座。
人化した竜のみなさんが次から次へと自己紹介してくる。
笑顔で応えつつ、お腹いっぱい食べた。
うん。
竜の料理もシンプルに美味しい。
帝国の大宮殿で食べたものと比べれば素朴ではあったけれど、だからこそ素材のよさが生きている。
ただ正直、私は半ば心ここにあらずだった。
ナオのことが気になる。
ホントにもう。
虫一匹殺せないくせに勇者になんてなろうとするから。
とんでもないことになるんだよ。
「竜の里の料理は口に合うのであるかな?」
挨拶が一通りおわったところで、フラウが私のところに来た。
「うん。おいしいよー」
「それはよかったのである」
「ナオから聞いたけど、ナオを助けてくれてありがとね」
「神の御子なればこそ、なのである。クウちゃんにお礼を言われることではないのである」
「でも一応ね」
幼なじみだし。
「ねえ、フラウ、ひとつ聞いてもいい?」
「いくつでもいいのである」
「ナオの国を滅ぼした人間の国って、なんていう国名?」
「トリスティン王国であるな」
ジルドリア王国とリゼス聖国でなくてほっとした。
その2つの国は、幼なじみのエリカとユイが転生した国だし。
「かの国は人間至上主義の国家であるが故に、亜人や獣人などケモノか家畜としか思っていないのである」
「酷い国なの?」
「少なくとも人間には普通の国である」
「その他にとっては?」
「奴隷としてしか生きる術のない地獄の国であるな。故に我等も、トリスティンの連中には容赦しておらん」
「……そかー」
宴会がおわって、私は個室に案内してもらった。
一息ついたらナオのところに行こうと思って部屋を聞いたら、呼んできますと言われたのでお願いする。
ナオは来てくれた。
「呼ばれて参上」
「ごめんね、呼んじゃって。本当なら私から行こうと思ったんだけど……」
「クウは大切なお客。私は居候。私から来るのが妥当」
「もっとおしゃべりしたくて」
「同意」
ナオが甲羅アーマーを外して半袖半ズボンになった。
「よかった。くつろぐ時には脱ぐんだね」
「着ていると重いのは事実」
「……そういえば、私はこの服、もう何日も着たままだなぁ」
「外にいたのに?」
「この服、女神様特製でね、汚れないの。私自身も精霊の特性を使うと汚れが落ちるからいつでも綺麗にできるし」
「まさにチート」
ナオがベッドに縁に腰掛けて、私も横に座った。
「まさにだね」
私は笑った。
「ところで聞き忘れてたんだけど、前世の記憶があることは言った?」
「それは秘密。言わないほうが身のため」
「なら私も黙っとくね」
「クウは最近、来たんだよね?」
「アシス様が、ナオたちと同い年の地点に送ってくれたからねー」
「私もゲームキャラにすればよかったかも知れない」
「後悔してるの?」
「私の家族は、みんないい人だった。王様もニナお姉ちゃん様もいい人だった。出会えたことに後悔はしていない」
ナオは淡々と語る。
声にも表情にも感情をあまり乗せないところは前世と変わらない。
銀色の毛の尻尾が少し揺れていたけど。
「でもどうせなら最強がよかった」
「勇者って最強だと思うけど」
「最初から」
ナオの赤い瞳が私にほうに向いた。
相変わらずの無表情だけど、ふさふさの獣耳がピンと立っている。
「でもナオのキャラって、最強っていうほど育ってなかったような」
ナオはライトプレイヤーだった。
武技や魔法の熟練度はカンストしていなかったはずだ。
「そうだった。不覚」
獣耳がぺたんと倒れた。
「それで、これからどうするの?
私、帝国の首都でお店を開くつもりだけど、来る?」
「行かない。私はカメでいい」
「迷惑にならない?」
「フラウはここにいてもいいと言ってくれた」
「ならいいけど……。でも一度くらいは遊びに来てほしいなぁ」
「クウが来て」
「それは来るけどね」
「来たらもふもふさせてあげよう」
ナオが自分の尻尾を体の前に持ってきて愛撫する。
「もふもふ尻尾」
「……触ってもいい?」
「いえす」
触ってみた。
まさにもふもふだった。
「ふあぁぁー。これは、いいねえ……」
身を寄せて頬でこすると、気持ちよさ倍増。
「クウの髪も触ってていい?」
「いいよー」
「すべすべ。さらさら」
しばらくお互いに触り合ってしまった。
「そういえば、ナオ。私、未覚醒の魔力を解放できるから、やってあげるよ。光と闇の力が使えれば便利だよね」
「いらない」
きっぱり断られた。
「なんで?」
「余計な力が敵を招くかも知れない」
「でも、いざという時、戦えたほうがいいよね? ここなら竜の人たちに魔術は教えてもらえるだろうし」
「いらない」
体操座りで拒絶のポーズまでされてしまった。
残念だけどあきらめよう。
「元気になって気づいたことがある」
「ん?」
「ついてきて」
ベッドから身を起こすと、ナオはそのまま部屋を出ていく。
「どこ行くの?」
「外」
私はついていった。
今は夜。
廊下は薄暗い。
竜の里の共同スペースは時間にあわせて明るさが変化する。
まさに生活のためのダンジョン。
竜でもくつろげる筒状の大広間を通り過ぎて、人間が通れる程度の大きさのアーチゲートを抜けた。
短い通路の先は殺風景な小部屋だった。
床には魔法陣が描かれている。
「これ……」
私はその魔法陣を知っている。
「転移陣!?」
「いえす。一階の出入り口に飛べる」
「おお……」
まさかの大発見。
しゃがんで触れてみると、魔法陣が薄く輝いた。
登録できたのかな……?
メニュー画面を出して確かめてみる。
今まで空欄だった転移一覧に「竜の里ティル・デナ:大広間」の表記がある。
「おおおおっ!」
やった。
転移先ゲット。
「ねえ、転移陣って普通にあるものなの?」
「ダンジョンにはあると聞いた」
「おおおおおっ!」
そうか町じゃないのか!
あるにはあるのか!
「クウが大興奮」
「だって私、クウだよ? 銀魔法、使えるし! 登録できれば転移できる!」
感情のままナオの肩を揺さぶってしまった。
「よーし、全世界ダンジョン巡りだね。そうすれば全世界に移動可。商売が捗ること間違いなしだよこれはー!」
勝った。
素材だけでも勝っていたのに、プラス転移陣。
圧勝だねこれは!
「あははははははははははっ! ふーははははははははっ!」
「下、行っていい?」
「あ、はい……」
平常運転に淡々としたナオに促されて、私は我に返る。
2人で転移陣に乗った。
転移陣が輝く。
次の瞬間には視界が暗転した。
ローディング。




