278 セラの練習を見学
魔術師団の練習場所は、大宮殿から小さな森を隔てた先にあった。
高い壁に囲まれた、学校のグラウンドほどはある土の広場だ。
メイドさんに案内されて、歩いて向かった。
アーチの門を抜けて中に入る。
「……おお」
黒い制服姿の魔術師たちが魔術の訓練を積んでいた。
100人以上いる。
全員、魔術師団に所属する、いうなれば軍人の魔術師ということだ。
20人が一列になって、「次! 次!」という号令の下、10メートルほど離れた的に順番に攻撃魔術を放っている。
放たれる魔術は、火の矢、水の矢、土つぶて、烈風。
色とりどりだが、威力はあまりなさそうだ。
とはいえ、素早く列を入れ替えて、次から次へと休みなく攻撃魔術が放たれる様はなかなかに壮観だ。
それをローブ姿の白髪の老人――アルビオさんが横から厳しい目で見ていた。
メイドさんがアルビオさんに私の来訪を告げてくれた。
「おお、来て下さいましたか、姫。どうぞこちらに」
「こんにちは」
ぺこりとお辞儀をして、私はアルビオさんのとなりに立つ。
「すごい練習ですね。無詠唱なんですね」
そう。
次々と放たれる魔術に呪文はなかった。
みんな、わずかな精神集中のみで杖を振りかざして、魔術を放っている。
「お恥ずかしい限りです。威力もなければ応用も効かない。実務で使えるようになるのは当分先ですな」
「でも、驚きました。無詠唱って、高等な技術だと聞いたので」
「そうですな――。今までは、習得が容易く、発動と威力が安定する詠唱魔術に重きを置いていたのですが――」
「なにかあったんですか?」
「セラフィーヌ様の訓練に付き合ったことで気づいたのです。常に同じ効果しか出ない詠唱魔術に対して、無詠唱魔術では術者の思念ひとつで威力にも効果にも変化をつけることができると」
私と同じことにアルビオさんは気づいたんだね。
私も最初、魔法の効果は一定で変わらないものだと思っていた。
実際には変化のつくものだった。
今では意外と、特に生成の方で自由自在だ。
「集団として使用するのであれば詠唱魔術の方が優秀でしょうが、それだけでは魔術師としての進化がありません。実際、帝国魔術は、長い歴史を持ちながら体系が変化していないのです。これではいけないと思いましてな。魔術師団員には、従来の詠唱魔術に加えて無詠唱の習得も必須としたのです」
「なるほど」
「姫にはぜひとも見てほしいと思っていたのです。何しろ、セラフィーヌ様に新時代の無詠唱魔術を教えたご本人なのですから」
「なるほど」
よくわからないけど、そういうことになっていたのか。
さすがは私だ。
お。
セラ発見。
普通に他の人たちに混じって列の中にいた。
杖を振りかざして白い光の矢を放つ。
「セラ、普通に練習しているんですね」
「はい。陛下から許可が降りましたので。師団員たちにも最初こそ驚かれましたが、今では日常ですな」
ここにいるのは帝国の精鋭みたいだし、いいのかな。
秘密が漏れることはないのだろう。
というか、アレか。
そもそもセラには光の力があるって、歌で国中に広まっているか。
セラについては物語として広まり過ぎたせいで――。
逆に自由の幅が広がった感じだよね。
セラには光の力がある!
と言ったところで、もはや真実なのか物語なのか、まったくの不明だし。
すっかり人気の吟遊詩人になっている元ダメ冒険者のカイルに再会することがあれば感謝するとしよう。
彼の功績だよね、かなりの部分。
しばらく見ていると無詠唱の練習がおわった。
次は対人練習のようだ。
一対一で向き合って、一方が攻撃魔術を撃って、一方がそれを防ぐ。
それを交互に繰り返していく。
この訓練では、詠唱して魔術を放っても良いようで、大部分の魔術師が詠唱して呪文を行使していた。
私的には、一騎打ちこそ無詠唱だと思うんだけれど――。
そのことをアルビオさんに言ったら、これは集団戦の訓練だと言われた。
そもそも魔術師は前に騎士や兵士がいるのが前提で、1人で戦う場面は基本的には想定されていないそうだ。
それはそうか。
冒険者のパーティーでも、魔術師は前衛のうしろだしね。
そんな中、セラは無詠唱で頑張っていた。
光の盾で土つぶてを防いで、次には光の矢を放つ。
ただ、やはりまだ持続力に難があるようで、相手より疲労の蓄積が早い。
セラは健闘したけど、結局、膝をついた。
必死に立ち上がるものの、足腰はフラフラで満身創痍だ。
おそらく精神も限界だ。
もう魔法を使うのは無理だろう。
フェアリーズリングがあればMPは自動回復していくけど――。
今は指にはめていないようだ。
練習相手の女性魔術師も私と同じ見解のようだった。
彼女に促されてセラはうしろに下がった。
「アルビオさん、セラのところに行ってもいいですか?」
「どうぞ。ご自由に」
「では」
壁際からこっそりと近づいて、しゃがんで息を切らすセラのうしろに立つ。
「ばぁ!」
覗き込んで驚かせた。
「はゃにゃぁぁぁあ!? え!? くくく、クウちゃん!?」
「あはは。やっほー」
「ど、どうしてここに?」
「ちょっと用事があって来たから、ついでに見学」
「そうなんですかぁ。……あの、もしかして見ていましたか?」
「うん。セラ、頑張ってたねー」
「お恥ずかしいです。練習についていけなくて……」
セラは落ち込んでしまう。
「力尽きるまで攻撃を防いで、すごかったと思うよー。それにまわりにいるのは、みんな一流の魔術師だよね」
指輪の補佐なしでついていけたら、それこそ凄すぎるというものだ。
私はセラのとなりに座った。
2人で練習を見る。
魔術師団の人たちは、まだ攻防を繰り返している。
指導官の叱咤の大声が響いていた。
見ていると、それなりに怪我人も出ている。
水魔術師の人たちは、そんな怪我人を治すことも訓練のようだ。
対人練習がおわって、休憩となる。
「セラはこれからどうするの?」
「休んで余裕も出来たので、わたくしはまだ続けます」
「そっか。がんばってね」
「はいっ! ……本当は、休んでいる時点で失格なんですけれどね」
「そこはそれ、聖女候補な皇女様の特権だよ」
「うう。それは嬉しくない励ましかたですぅ……。でもその通りなので、謙虚に頑張らないといけませんね……」
光の魔力を持っていて、皇女様なのにこの台詞。
エリカに爪の垢を煎じて呑ませたい。
セラとおしゃべりしていると、1人の女性魔術師が近づいてきた。
目が合うとニカリと笑われた。
年齢は20歳を過ぎたくらい――ロックさんと同年代だろう。
髪を短く切って、肌は日焼けしていて快活そうな人だ。
制服を着て杖を持っているから魔術師なんだろうけど、着る服を変えれば戦士や冒険者にしか見られないだろう。
「こんにちは。キミが噂の異国の王女様だよね? 殿下に剣と魔術を教えている」
「はい。噂かどうか知りませんけど、そうです」
「強いんだってね?」
「もしかして、私と戦ってみたいんですか? いいですよ」
「いいんだ?」
「はい。手加減はしてあげるから安心してください」
「へー。言ってくれるね。私はミリアム。これでも上位の魔術師なんだけど?」
「よっと」
私はひょいと身を起こした。
「私はクウ。んじゃ、ミリアムさん、今すぐにやりますか。まさか準備が必要とか腑抜けたことは言わないよね」
「いいよ。やろう。まだ子供なのに威勢がいいね」
お互いに、ニヤリと笑う。
実はこれを待っていた。
せっかく帝国を代表する魔術師たちの訓練を見に来たのだ。
やっぱり、こういうのはないとね!
とはいえ、自分から喧嘩を売れば、きっと怒られる。
でも喧嘩を売られたのなら、いいよね。
うん。
いいはずだ!
「姫、このミリアムは若手の最優秀でしてな。魔術師ながらも個人戦闘を好む変わり者で無詠唱魔術を特に熱心に学んでいる1人です。入団試験に落ちたら冒険者になるつもりだったとのことで、剣の心得もあります。我が師団の中では、優秀ではあるものの明らかな変わり種ですな」
様子を見ていたアルビオさんが近づいてきて言った。
「ふーん。じゃあ、なんでもありでやる?」
「いいよ。ちゃんと寸止めしてあげるから安心してね、お姫様」
「ミリアムよ。姫は噂の通り、魔術の天才であると同時に剣の天才でもある。世界の広さを知ることになるぞ」
「ということは師匠、やってもいいんですか?」
「ああ。胸を借りると良い」
「はい。木剣」
アイテム欄から2本の木剣を取り出して、1本をミリアムさんに渡した。
「ありがとう、お姫様。噂通り、不思議な力を使うんだね」
「……ねえ、セラ。私の噂って?」
「えーと、あの」
なぜかセラは困った顔をする。
「セラフィーヌ様からよく聞いているよ。お姫様の不思議な力については」
ミリアムさんが教えてくれた。
犯人は、セラ。
「ちちち、ちがうんです! みなさん、わたくしを乗せるのが上手くて! いつの間にかしゃべらされているんです! わたくしはちがうんですー!」
いいんだけどね。
本当に大切なことは秘密にしてくれているみたいだし。
そこは信頼しているし。
だから、それくらいのことは言ってくれても。
でも、慌てふためくセラが可愛かったので、しばらく見ていることにした。
あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします!
今年も書くぞー\(^o^)/




