276 カメがカメでなくなる日?
「というわけで、ユイ。帝国に行こう」
ナオが言う。
「え。え?」
「じゃあ、これで決まりだね。決まり決まりーっと」
パンと手を叩いて、私は話を締めた。
正直、ナオの問答は意味不明だったけど、それは後で聞けばいいよね。
今はそう。
ユイを言いくるめることが先決だ。
「よかったですわ。これでわたくしの復活も決まりましたわね。さあ、これから忙しくなりますわよ」
「だねー。ちゃんと計画を立てないと」
「ですわね。失敗は許されませんもの」
「あの私……。行くなんて一言も……」
「もう決まったから。ユイ、ナオが行くなら行くって言ったよね? もう今さら決まったことは覆せないよ」
「そんなぁー。でもぉー」
「ソンナもデモも却下です。さあ、まずは衣装だね。3人ともドレスでいいのかな?」
「ユイは以前にクウが作った聖女の衣装の方がよいのではありませんこと? 十分に優雅ですし、神聖さも際立ちますし」
「それでもいいねー。ユイはどう?」
「私……? 私はなんでも……」
「なら、決まりだね。ナオはどうする?」
「ナオは難しいところですわね。衣装に加えて地位をどうするか――。勇者ということは秘密ですわよね――」
「ユイが信頼する護衛――だと一緒に座れないか」
「そうですわね……。難しいところですわね」
悩んでいると、ユイが提案してきた。
「竜の里の少女……で、いいんじゃないかなぁ? ザニデア山脈で竜に拾われて育てられている子ってことで。竜の里の代表で来たってことにすれば、私たちのお茶会に出てもおかしくはないよね」
「いいね、いいかも! じゃあ、ナオの衣装は竜の人に寄せて準備するね」
よし、ユイが話に乗ってきた。
さすがは、押しに弱くて流されやすいことに定評のあるユイさんだ。
このまま盛り上がって既成事実にしていこう!
「わたくしは真紅のドレスでお願いいたしますわ。王国の薔薇姫に相応しい豪華さで仕立ててくださいませ」
「りょーかい」
「おーほっほっほ! 楽しみですわね! 帝国の皇女がいかほどの存在なのかにも興味が湧きますわね!」
「……えっと。一応、言っとくけど、私、第一皇女のアリーシャお姉さまには可愛がってもらっているし、第二皇女のセラは友達だからね? 敵じゃないからね?」
「わかっていますわ。クウから話は聞きましたもの。でも相手の格は見定める必要がありますでしょう」
いかん。
間違いなくエリカは2人にマウントを取りに来る。
嵐の予感がする。
とはいえ、アリーシャお姉さまはディレーナお姉さまとの争いで、そういうのには慣れているだろう。
セラにはいい勉強になりそうだ。
エリカなら、いざと言う時には、私がどうとでもできる。
放っておけばいいか。
私の本題は、ユイとリトを会わせることだし。
「日程は待ってて。向こうとも調整してくるよ」
「できれば夏の間でお願いしますわ」
「了解。向こうもその方がいいと思うから、なるべく早くで頼んでみる」
この後も話は続いた。
一息ついたところで、ナオに先程の問答のことを聞いた。
ナオが解いた謎とは、なんなのか。
ナオは言った。
「希望」
と。
「希望……?」
「クウ」
「はい?」
「私はクウに希望を持つ」
「えっと……」
「クウの回答は、生きる力に満ちていた。まさに希望」
「そ、そかー」
私は心の中で思いっきり身構えていた。
ナオのことだ。
ここからまた、何らかの手段で私を踊らせに来るにちがいない!
「クウ」
「は、はい」
「私にもお願いがある」
「な、なにかな……?」
期待じゃないの?
期待じゃなくていいのかな?
「帝都に行ったら、クウがいつも行っているお店に連れて行ってほしい」
「ていうと、『陽気な白猫亭』かな?」
「うん。そこ」
「いいけど……。高級なところじゃないからね」
「獣人の子が働いていると聞いた」
「うん。メアリーさんね」
「実は興味があった。獣人が、帝国でどんな風に生きているのか」
なんか、ナオが真面目だ。
いいことなんだけどね。
でも正直、ちょっと拍子抜けだけどね。
ここでユイがパンと陽気に手を叩いた。
「ねえ、ナオ! 私、いいこと考えちゃった! 竜騎士ってどうかな? なんかカッコいい響きじゃない? フラウさんが許してくれたらナオは帝国に行く時、竜の里に住んでいる竜騎士って名乗ったらどうだろ」
「へえー、いいねー」
「賛成しますわ。それなら侮られることはなさそうですし」
「だよねー。ナオはどう?」
「じゃあ、私はそれでいい。今日から竜騎士」
身軽に立ち上がってナオがポーズを決める。
竜騎士。竜騎士。と言いながら、いくつもポーズを決めていく。
楽しそうだ……。
う、羨ましくなんてないんだからね!
実は私も期待でマッスルしたかったなんてことは……ないんだからね!
…………。
……。
いかん。
私、ナオにかなり毒されているかも知れない……。
私に踊れと、ナオの手拍子が聞こえてくる……。
この後、みんなでフラウのところに行った。
竜騎士の件をお願いしてみる。
フラウは快く了承してくれた。
「良いのである。カメはすでに我らが家族も同然。名乗っても良いし、必要があれば我らの背に乗せてやるのである」
よかった。
と思ったのも束の間。
問題なくまとまりかけたところで爆弾が落ちた。
「しかし、これでついにカメはカメでなくなるのであるか。今後はどのように呼ぶのか悩むところであるな」
部屋に戻って、ナオは沈み込んだ。
「クウ……。私はカメ。甲羅を脱いで外に出るなんて……不可能……。それは陸に上がるカメよりも無理な相談だった」
「え。もう遅いよ?」
ずっとそういう前提で話していたのになにを今さら。
「が、がんばろう、ナオ!」
ほら、ひたすら嫌がっていたユイも、流されて今や前向きだよ。
「その場にはその場の衣装がありますし、あきらめてもらうしかありませんわね」
「縄でくくりつけてでも、絶対に連れて行くからね? 逃さないからね?」
私はにっこりと微笑んだ。
「うう。私にはわかる。クウが笑う時は本気……」
「そもそもカメって、陸で生きている種類もいるよね。だから平気だよね?」
「私はクウに期待を……」
「あきらめようね? ぜったいに、逃さないからね?」
みんなで幸せになるために。
がんばろうねっ!
この後は深夜までかけて、ナオとエリカの衣装を作った。
ナオの衣装はすぐに完成したけど、エリカの真紅のドレスが大変だった。
なにしろ注文がうるさい。
何度も何度も生成をし直して、さすがの私も疲れ切った。
最終的にはバラの花をいくつもスカートにあしらった、とてもゴージャスで色鮮やかなドレスに仕上がった。
ナオはずっと淀んでいたけど……。
最後にはあきらめたのか、衣装に注文を出してきた。
「クウ。お願いがある」
「なに?」
「私の服は、ド・ミの国の礼装にしてほしい。滅びた私の祖国」
「いいけど、どんな感じなの? 紙に描ける?」
「任せて」
ナオは丁寧に描いていく。
描かれたのは、緑と黒を基調にしたスカートとジャケットだった。
背中には短めの白いマントがついていた。
首には、2本の牙のネックレスがかかっている。
「緑は森。黒は闇。白は陽射し。それがド・ミの国の色」
「正直、獣人の国の礼装って、もっとワイルドな感じを想像してたんだけど、オシャレで格好いいね。――このネックレスは?」
「身分の証。編んだ麻紐に虎の牙をかけたもの。私は戦士長の娘だったから2本。人間で言うなら貴族の証」
「そうなんだぁ……」
私は似たものの話を聞いたことがある。
「ねえ、たとえば、この牙が3本だとどうなるの?」
「3本は王家の証。どうしてクウは聞くの?」
「うん。このネックレスね、3本のやつの話を聞いたことがあるんだ」
「どこで?」
「ナオが行きたいっていうお店。そこの店員の子が騙されて買わされたの。ちなみに偽物だからね? 本物じゃないから騙されたわけだし」
「そかー」
「うん」
「今のはクウの真似。我ながら似ていた」
「なんにしても虎の牙は持ってないなぁ。石で形と色を似せて作ってもいい?」
「うん。お願い。ニナお姉ちゃん様も最後はそうしていた。誇りさえあれば問題なし」
言って、ナオがずーんと落ち込む。
「どしたの?」
「……私にはなかった。誇りなんて」
「あれ? あるよね? 毎日、掃除して集めてるじゃん」
「それ、埃」
「カメへんやろ! 読み方は同じさ!」
「カメだけに?」
「いえす」
両手でチョキを作って、開いたり閉じたりしながら私はうなずいた。
「それ、カニ」
「たしカニ」
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