27 ナオの半生
「2人は知り合いなのであるか?」
「知り合いというか、幼なじみというか」
「生まれて初めて会った」
カメの甲羅を背負った銀髪のナオが無表情に訂正する。
「あ、そっか」
言われてみれば。
ナオはこの世界で新しく生まれ育ったんだよね。
勇者として。
「その割には知り合いのようであるが?」
フラウの疑問はもっともだ。
「運命の出会い」
ナオが抱きついてくるけど、なんか甲羅が邪魔っ!
すぐに離した。
「んー。なんと言えばいいのか……。
この子、運命を背負っててね。
それで、アシス様――。
アシスシェーラ様ってわかる?」
「当然である。この世界を創り給うた創造神である」
「うん、そう。アシス様のところでね、私、見送ったんだよ。この子がこの世界を救う勇者として生まれ出るところを」
嘘は、できるだけつきたくない。
だけど、転生云々は言わないほうがいいだろう。
そのあたりを加減して、私は説明した。
「クウは自分がどうするか言わずに私を見送った。薄情者」
「ごめんよっ!」
すぐには決められなかったんだよー!
「でも再会。ディスティニー」
「元気そう? でよかったよ」
ややというか激しく疑問符はつくけど、まずは生きていてよかった。
「やはりこの子は神の御子であったか」
「……わかってたんだ?」
「この子には、未覚醒ながら光と闇の2属性があったのでな。
太古の時代より光と闇が両方そなわる者は神の御子であり、その者には助力せよと伝えられてきたのである」
「へー」
「しかしクウちゃんは、創造神の御座に居たのであるな」
「うん。しばらくね」
「さすがは精霊の姫なのであるな」
「姫? 精霊?」
ナオが首をかしげる。
「それよりナオのことだよナオのっ!」
私のことは後でいい。
だって、ふわふわすることしか仕事のない気楽な精霊さんだ。
「どうしてここにいるの?
勇者はどうしたの?
勇者としてちゃんと魔王は討伐したの?
いるんだよね魔王?」
勇者と魔王は一対。
転生の時、アシス様がそう言っていた。
世界を滅ぼす者がいなければ、そもそも勇者は必要ないのだろうし。
放っておいたら大変なことにならないだろうか。
「あきらめた」
「はい?」
「無理」
「え」
「私には無理でした」
丁寧に言い直されても。
「えっと」
「わたくしには無理でございました」
さらに丁寧に言い直されても。
「七難八苦は?」
「奴隷人生」
「祖国の再興は?」
「無理」
「三日月の誓いは?」
「キャンセル」
「もしかして、勇者になっていない?」
「私はカメ」
「大丈夫? 世界が滅びちゃわない?」
「大丈夫」
「ホントに?」
「勇者と魔王は一対。
私がやめたら、むこうもやめる。
カンペキ。
私はこの事実に気づき、安堵して暮らしている」
堂々、Vサインで返されたけど。
いいのだろうか。
正直、転生した時からこうなる気はしていたけど。
「ねえ、フラウ。魔王っているのかな?」
おそるおそる聞いてみた。
「その名に聞き覚えはないのである」
「ならいいけど」
「では、妾は宴の準備があるので失礼するのである。知己のようであるし、後はカメに任せるのである」
「らじゃ」
ナオが無表情のまま敬礼する。
「飲み物も準備しておらず申し訳ないのであるが、それほど時間はかからないのでお待ちくださいである」
「うん。待ってるねー」
フラウが退出するのを見送って、私はソファーに腰掛けた。
「ナオも座りなよ。とにかく話をしよ」
「カメは仕事中。お構いなく」
「甲羅、脱がないの?」
「これは私の最終防御ライン」
「……えっと、まずは私のことを話すね?」
私はナオに、ゲームキャラクターのクウとして転生したことを伝えた。
あと、転生してから今日までの出来事を簡単に。
「――という感じ」
話しおわると、ナオはずーんとうなだれて沈んだ。
「羨ましい」
「う、うん……。楽しくやってるよ。それでナオのほうは?」
「地獄の人生だった」
「……まあ、だって、七難八苦だよね?」
私はナオの半生を聞いた。
「私は獣人の国に生まれた。
ド・ミ獣王国。
丘の上に獣王様のお館があって、丘の周りに町があって、豊かな自然に恵まれた獣人たちの暮らす国。
私はその国の戦士長の娘だった。
私には前世の記憶があったから、すぐに言葉を覚えて、計算もできた。
神童だともてはやされる幸せな始まりだった」
「へえ、よかったね」
「でも、ある日の夜、国に大量のアンデッドが湧いた。
アンデッドは何度も湧いて、土地を穢して、たくさんの人を殺した」
「……なんで、アンデッドが湧いたの?」
「わからない。本当に突然だった。
その後、人間の国に攻められた。
悪魔と契約した邪悪な国だと言われた。
国は蹂躙された。
お父さんとお母さんとお兄ちゃんたちは人間に殺された。
王様も殺された。
たくさんの人が殺されて、たくさんの人が捕まって奴隷にされた。
私は、ニナお姉ちゃん様に連れられて、山の奥に逃げた。
ニナお姉ちゃん様は、王女様。
本当のお姉ちゃんみたいに私に優しくしてくれた人」
「大変だったんだね……」
「その後は、生き延びた他の人たちと山の奥に集落を作った。
みんなで頑張ってしばらく生きた。
でも結局、獣人狩りに見つかって集落は燃やされた。
私はニナお姉ちゃん様と逃げたけど、見つかった。
ニナお姉ちゃん様は風の魔術の天才で速くて強かったけど、私を見逃すことを条件に自分から捕まった。
でも約束は守られずに後で私も捕まった」
「……酷いねえ」
「ニナお姉ちゃん様がどうなったかは知らない。
私は鉱山に送られた。
鉱山でずっと働かされていたけど、病気になって体が動かなくなった。
私は檻に入れられて運ばれた。
同じような奴隷の獣人と一緒に山の麓に連れてこられた。
闇の魔術の生贄にすると言われた。
谷底に私たちは捨てられた。
月のない夜だった。
私は、岩陰にカメの甲羅が落ちているのに気づいて、必死に体を動かして、カメの甲羅に潜り込んだ」
「……それがそのカメ?」
「ううん。これは、それとは別に拾ったもの。
魔術が発動すると、黒い泥みたいなものがみんなを包んで、食べた。
かすれる悲鳴が聞こえた。
私はカメの甲羅に隠れていて、助かった」
カメの甲羅、優秀だねっ!
ツッコミかけたけど、さすがにこらえた。
「その後、上から笑い声が聞こえた。
その後はわからない。
私は気絶して、気づいたらフラウが助けてくれていた。
私はボロボロのズタズタだったはずなのに、全部、フラウが癒やしてくれた。
綺麗な体になって目覚めた。
ここはダンジョン。
世界とは隔絶された別の場所。
私はここで働くことに決めた。
カメとして」
「カメとしてなんだ……」
「カメは私の守り神。
私はカメがいい。
私にはカメが合っている。
ちなみにこの甲羅アーマーは私の自信作。
ショルダーベルトで装着簡単」
ナオの半生は、たしかに壮絶だった。
七難八苦だけはある。
勇者としての叙事詩も感じる。
「……でも、いいの?
王女様が生きているなら、祖国の再興はできると思うけど……」
「無理。現実は厳しい」
「ナオは世界最強になれる気がするけど……」
なんといってもナオは勇者。
アシス様によって、そう定められた者だ。
「クウも私のことはカメと呼んで」
「いや、それは……」
「ナオでもいいけど。
こっちの世界でも私の名前はナオ。
ナオ・ダ・リム。
銀狼族の子。
今はカメ」
ここまで会話したところで、フラウが戻ってきた。
私は宴会に行く。
ナオは、宴会には行かないと言った。
フラウが誘っても仕事中だからと固辞した。
私も無理には誘わなかった。




