268 いきなりダンジョン@お姉さま
「クウちゃん、一体どういうことですの?」
「えっと。あの……」
次の日の昼、なんの前触れもなく、いきなりお店にアリーシャお姉さまが来た。
帝国の第一皇女様だ。
しかも、なぜだか不機嫌だった。
「どうして昨日、大宮殿に来なかったのですか?」
「約束していませんでしたし」
「わたくしとの約束は?」
「はい。ちゃんと覚えていますよ?」
お茶会ですよね。
あと小旅行。
「それなら来なさいっ!」
「え、でも、まだ先ですよね……?」
「予定を決めなければならないでしょう!」
「旅の話をした夜になにも言ってこなかったから、まだ未定なのかなーと」
「あの夜にはセラフィーヌがいたではありませんか。セラフィーヌのいる前でみっともないお願いなどできません」
「はぁ……。そうなんですか……」
「そうなのです。わたくしがどれだけ待っていたか」
ここに身勝手なお姫様がいるっ!
いますよ!
とはいえ、言わんとしたいことはわかる。
セラと旅行から帰ってきた夜に、「わたくしも! わたくしも!」なんてガッつくのはさすがに見苦しいか。
「わたくしだって、まだ見ぬ世界のどこかで、剣を振ったりしたいのです。ほんの少しでもいいので冒険してみたいのです」
「あーもうわかりましたよー。じゃあ、今から行きましょー」
時刻は午後一時。
まだ日は高い。
十分に行って帰ってこれるだろう。
「はい。手を出してください」
「出しましたわ」
不機嫌なままなアリーシャお姉さまの手を握る。
それから、お姉さまのお付きのメイドさんに私は笑って言った。
「じゃあ、少し遊びに行ってくるので店番をお願いします。夕方までには帰ってくるので安心してください」
「では、馬車の準備を――」
「魔法で行くので不要です」
「魔法、でございますか?」
「セシリー、心配は無用です。貴女はここで待機を」
「畏まりました」
お姉さまのお付きのメイドさんであれば、私のことは知っているだろうし、口が軽いことはないだろう。
なので隠すつもりもない。
「それで、どこに連れて行ってくれるのかしら?」
「それは約束の場所ですよー」
さくっと実行。
「転移、マーレ古墳、最奥」
視野が暗転。
次の瞬間には、私たちはダンジョン奥の小部屋にいた。
「はい。到着ですよー」
「……ここは?」
「帝都近郊のダンジョン、マーレ古墳の最奥です。目の前のドアを開ければ、棍棒を手に持った身の丈3メートルくらいのスケルトンがいますよ。ボスだけど雑魚だし、とりあえず倒してみますか?」
「まさか、わたくしがですか?」
「私が倒してもしょうがないですよね?」
経験値にもならないし。
「わたくしに倒せるのですか……?」
「身体強化と防御魔法一式をかけてあげますので平気ですよー」
ここのボスの攻撃力では、私の防御魔法を突破することは、ほぼ不可能だ。
逆に、身体強化して、魔法で武器の威力も強化すれば、お姉さまでもダメージを与えることはできるだろう、たぶん。
「万が一殺されても蘇生してあげますので平気ですよー」
「それは平気なのですか!?」
「あはは。動揺するお姉さまって珍しいですね」
「当たり前ですわ!」
さっきはプリプリしていたし、今日のお姉さまは感情豊かで可愛らしい。
「ならやめます? 戦いたそうな感じだったのでオススメしたんですけど、ダンジョンから出て町の観光でもいいですよ」
「やらないとは言っておりません。セラフィーヌだって実戦を経験したのです。わたくしも負けていられませんわ」
「じゃあ、はい。この剣を使ってください」
「――ありがとうございます。素晴らしい剣ですわね」
「ミスリル製ですしね」
「あと、防具は?」
「あ、防具はなしでいいですよー。そのまま行っちゃってください」
「クウちゃんはわたくしを殺す気ですか!?」
「死んでも蘇生しますよー」
そもそも防御魔法をかけるしね。
お姉さまはしばらく剣を見つめた後、覚悟を決めたのか、ギュッと強く両手で柄を握りしめた。
「……わかりました。わたくしも帝国皇女。やりますわ」
帝国皇女には戦う宿命でもあるんだろうか。
わからないけど、とにかくやる気にはなったようだ。
強化魔法と防御魔法をかけてあげる。
いくらか剣を振ったり体を動かしたりして調子を確かめてもらってから、私は元気にボス部屋へのドアを開けた。
「さあ、行ってみよー!」
そして、固まった。
なぜか目の前には、スケルトンのボスに加えて、10体くらいの死神のような半透明の魔物が浮かんでいた。
そいつらが一斉に、こちらにシャレコウベの顔を向けてくる。
たぶん、高位の死霊、リッチだ。
だとすれば、ボスのスケルトンよりも間違いなく強い。
高ダメージの攻撃魔法を使ってくる強敵だ。
ふむ。
リッチだけを、素早くターゲットして。
「ターンアンデッド」
サポート用に白魔法をセットしておいてよかった。
リッチたちには全員、天に帰ってもらった。
これで残るはボスのスケルトンだけだ。
「さあ、お姉さま、どうぞ」
私はお姉さまの背中を押して、フロアに出した。
「……今、なにか他の魔物が大量にいましたわよね? 明らかに目の前のスケルトンよりも強そうな」
「気のせいですよ、気のせい」
「そんなわけがないでしょう!?」
「ほら、来ますよ」
「ひぃぃぃぃぃ!」
お姉さまめがけて、巨大なスケルトンが棍棒を振り下ろしてきた。
間一髪で――。
よけることはできずに直撃した。
でも、ダメージは入らない。
私の魔法障壁が、完全にその打撃を防いだ。
「…………」
お姉さまがおそるおそる、思わず閉じてしまった目を開ける。
そして無傷なことに気づいた。
「……やれ、ますの?」
「はい。やれます。がんばってください」
お姉さまとスケルトンの一騎打ちが始まった。
というか、お姉さまにターゲットを定めて、スケルトンが一方的な攻撃を始めた。
お姉さまは最初、完全に怖気づいていて、せっかく身体強化したのに、まともに動くことができないでいた。
だけどダメージは受けていないので私は安心して見ていた。
むしろ注意するのは、いきなり魔物が湧くことだろう。
さっき消滅させたリッチたちは、前来た時にはいなかった。
リッチと言えば、スケルトンよりも遥かにレベルの高いアンデッドだ。
ここに湧く敵とは思えない。
ダンジョンに異変が起きているのかも知れない。
とはいえ、あっさりと消せたし、たいした異変ではないんだろうけど。
お姉さまは次第にエンジンがかかってきた。
敵の攻撃と自分の動きに慣れてきて、明らかに反応が向上してくる。
まだ防戦一方だけど、あと少しで攻撃に転じられそうだ。
怯えるばかりなら帰るところだけど……。
お姉さまは戦えそうだ。
せっかくだし、開眼してもらおう。
ここで帰るのは惜しい。
がんばれー。
私が応援する中、お姉さまは見事に私の期待に応えた。
何度も何度も攻撃を喰らいながらも、果敢に攻め――。
ついにはスケルトンを打ち倒したのだ。
スケルトンの姿が消えて、魔石とドロップアイテムが地面に落ちる。
「おめでとう、お姉さま」
私は拍手で讃えた。
私の魔法があったとはいえ、初陣でボスを倒すなんて快挙だよね。
戦い方としては、まあ、よくないんだろうけど。
なにしろ私の防御魔法頼りだし。
いわゆる、パワーレベリングだよね。
でも、勝ちは勝ちだ。
この世界にレベルや経験値があるのなら、ガッポリ稼げたはずだ。
お姉さまは一滴の力も残っていない様子でハァハァと全身で息を切らしながら、その場にへたり込んだ。




