266 ボンバーが来た
「ハロウ、マイハートエンジェル」
「衛兵さーん! 変質者! 変質者が出ましたー! 逮捕お願いしまーす!」
私はお店の外に走って、叫んだ。
「む。変質者ですか! どこですか! 不安がる必要はありません! この私、ボンバーが退治して差し上げます!」
「おまえだぁぁぁぁぁぁ!」
ついてきた肉のかたまりを蹴り飛ばす。
「ありがとうございまぁぁぁぁぁす!」
という疲れるやり取りをして、私はトボトボとお店に戻った。
大宮殿であれこれとおしゃべりした翌日の午後。
久しぶりにお店を開けて、お客さんを待ちつつぬいぐるみを作っていたら。
ボンバーが来たのだ。
タキシード姿で。
もうね。
あまりの気持ち悪さに叫びそうになったよ。
叫んだけど。
「どうもすいませんっす、店長さん」
「あ、タタくん。いらっしゃーい」
「ボンバーには変なことはしないようにと、しっかり言っておいたんすけど……。聞いていなかったみたいっす」
ボンバーと一緒に、なぜかタタくんが来ていた。
ボンバーズの4人もいる。
「タタくんは気にしなくていいよー。どうせあいつは人の話なんて聞かないバカ筋肉の変質者だしー」
「すいませんっす」
「それで、今日はどうしたの?」
「はい。実は、ボンバーズのみんなが今度の任務の前に、急ぎで武器を新調したいというので連れてきたっす」
「へー。そうなんだー。まいどー」
「どうっすかね。1日か2日で作るのは可能でしょうか?」
「今なら時間あるし、すぐに渡せるよー」
「さすがは店長さんっす。助かるっす。みんな、オーケーだそうっすよ」
というわけで作ってあげることにした。
常識的に考えれば、すぐに納品、なんて怪しすぎる話だ。
普通なら信じないだろう。
実際、タタくんの紹介とはいえ半信半疑だったようだ。
ただ、ボンバーズの面々には以前、帝都近郊のダンジョン「マーレ古墳」でヒールをかけてあげたことがある。
なので私が優秀な魔術師だということは、理解してくれていた。
あとはボンバーが超絶に乗り気だった。
それもあって、面倒臭く詐欺を疑われたりすることもなく、スムーズに注文を受けることはできた。
私の方としては……。
正直、蹴ってくださいと言われたらどうしてくれようかと身構えてもいたけど、言われることはなくてホッとした。
途中で衛兵さんが来て、道路で寝たままのボンバーを連行しようとした。
私的には連れて行ってもらってオーケーだったけど、タタくんとボンバーズの面々が勘弁してあげてほしいと言うので仕方なく許した。
で。
仕方なくボンバーにヒールをかけて。
仕方なくボンバーの武器の注文も受けた。
ボンバーの武器は、馬でも両断できそうな分厚い大剣だ。
ボンバーからの希望は、切れ味よりも耐久性。
剣で防御も行うので、とにかく折れない曲がらない丈夫な剣を希望された。
「じゃあ、ちょっと待っててねー」
1人で工房に入る。
ボンバーズは、盾役のボンバー、釣り役と偵察役の軽装戦士、メインアタッカーの剣士2名、サポート役の土魔術師で構成されている。
注文を受けたのは、大剣、短剣と弓、中剣、中剣、魔術杖だ。
さくっと生成。
完成した。
完成した武器をテーブルに置いて、私は迷った。
どれもお値段以上の仕上がりだ。
高品質にできている。
鉄製の剣として、低レベル用の弓と魔術杖として、これ以上のものはなかなか他では買えないと思う。
だけど、「付与」を行えば、さらにグレードを上げることはできる。
だけど、それはやらないことにしている。
なぜなら強力になりすぎるから。
お値段以上になりすぎて、いろいろなバランスを崩すから。
とはいえ……。
ボンバーたちが次に向かうのは、禁区。
かつて魔物の大発生が起きた場所だ。
低級の冒険者は、キャンプ地から遠く離れて戦うことはないみたいだけど……。
うーん。
悩んだ末、ボンバーの大剣にだけ、耐久力強化の付与をすることにした。
ボンバーは盾役だしね。
剣が折れて壊滅とかしたら私の寝覚めが悪すぎる。
まあ、付与したことは言わないけど。
変な誤解されそうだし。
秘密にしておいて、普通に丈夫な剣だと思っておいてもらおう。
「はい。できたよー」
完成した武器をテーブルに置いていく。
あまりの早さにさすがに疑われたけど、手に取ってもらえばわかる。
わかってもらえた。
みんな、気に入ってくれて、私も満足だ。
ボンバーが剣に頬をこすりつけて私の匂いがするとか言った時は、今度こそ天まで蹴り飛ばしてやろうと思ったけど。
タタくんがたしなめてくれたので、特別に見逃してやった。
タタくんは礼儀正しくて常識人でいい男だ!
「みんなー! 禁区の調査、がんばってねー!」
手を振ってお見送り。
しつこいボンバーは仲間たちが連れて行ってくれた。
ボンバーたちの姿が見えなくなったところで、私はお店に戻ろうとした。
そこに風が吹いた。
冷たい風だ。
思わず、身がすくんだ。
南の海から帰ってきたばかりのせいか、妙に帝都は涼しく感じる。
季節は夏。
夏休みの真っ只中。
まだまだ暑い盛りのはずなのに。
異世界の夏は、こういうものなのだろうか。
今夜、誰かに聞いてみよう。
今夜は久しぶりに「陽気な白猫亭」で夕食を取るのだ。
ロックさんは毎晩いるようだし、ブリジットさんも来るかも知れない。
楽しみだ。
で、夜。
ロックさんとブリジットさんに聞いてみたのだけど。
今年の夏は異常気象のようだ。
例年になく、いきなり涼しくなったという。
「まったくよ。これから禁区調査だって言うのにな。凶兆じゃなきゃいいけど。魔物の洪水に呑まれるなんて御免だぜ、俺は」
お酒を飲みつつぼやくロックさんの声が、嫌なフラグに聞こえた。
「ま、この俺様の手にかかれば万が一でも楽勝だけどな! わっはっはー!」
その後すぐ、フラグを吹き飛ばすように大笑いしていたけど。
「……カラアゲとかけて、魔物と解く」
「その心は?」
「できたてジューシー」
なるほど。
生まれたての魔物は、美味しく食べられるってことかな?
さすがはブリジットさん。
余裕のなぞかけだ。
うん。
平気そうだね。




