265 恋のおしゃべり
265 恋のおしゃべり
陛下たちとの話がおわると、「ではこちらに」と問答無用の丁寧な対応で私はメイドさんたちに連れて行かれた。
別の応接室に入る。
中では、皇妃様とアリーシャお姉さまが待っていた。
セラもいる。
「さあ、クウちゃん。お話をしましょう」
「は、はい……」
皇妃様に笑顔で出迎えられて、私は席についた。
これは、うん。
予想はしていたけど……。
今夜は長くなりそうだね……。
「ごめんなさい、クウちゃん……。旅から帰ったばかりなのに落ち着かなくて……」
セラが申し訳無さそうに言う。
すかさずお姉さまが笑う。
「あら、セラフィーヌ。それではまるで、わたくしたちとではクウちゃんがゆっくりできないみたいですわよね」
「そう言っているんです……っ!」
「あら、そんなことないわよね、クウちゃん」
「は、はい……」
「ほら」
お姉さまがしたり顔をする。
まあ、うん。
否定できる場面じゃないよね、これ。
「さあ、夕食の時には言えなかった、もっと楽しい話をしましょう」
皇妃様はそう言うけど、難しい話以外は、もう話したしなぁ。
と思っていると、皇妃様の方から話題を振ってきた。
「実はアーレの町にいるお父様――ローゼント公爵から面白い手紙が来たの。もちろんセラフィーヌやクウちゃんに関係のある手紙よ」
「へえ、そうなんですか」
なんだろ。
すぐに思いつく内容はなかった。
「なんでしょうか……」
セラも同じようだ。
少なくとも失礼はなかったと思うけど……。
戦いはしたけど。
「どう返信すれば良いのか迷っていて。それで2人に聞きたいの」
手紙の内容はこうだった。
セラフィーヌの従者エミリーの素性を教えてほしい。
それによって黒騎士隊隊長の第一子テオルドとの縁組を検討する。
…………。
……。
セラと顔を見合わせてから、
「「ええええええええええ!?」」
2人で思いっきり驚いた。
「おおおおお、お母さま……。これはまさか……。婚約の申し込みですか?」
「ええ。そう書いてあるわね」
「そんな冷静に! どうしましょうクウちゃん! 大変です!」
「うんまあ大変だけど。私たちのことじゃないよね」
だから落ち着こうね、セラ。
私は、あまりにセラが動揺するから逆に落ち着いてしまった。
しかし、黒騎士の隊長さんの第一子って、テオルドくんのことだよね。
パーティー会場でエミリーちゃんと揉めて。
思いっきり懐柔されて。
別れ際には花束を贈ってきた……。
まさかいきなりこう来るとは。
予想だにしていなかった。
「エミリーって、クウちゃんの友人の1人ですわよね。たしか、ネミエの町に住む平民の子供でしたかしら」
「はい。そうです」
確認してきたお姉さまに私はうなずく。
お姉さまとエミリーちゃんに面識はないけど、話はしたことがある。
「本人たちの問題と言いたいところだけど……。身分違いですよね?」
私は皇妃様に確認する。
「騎士であれば、平民の妻を取ることも普通にありますよ。ただし、ただの庶民であることは稀ですが」
「エミリーちゃんは、ただの庶民ですよ。しかも、貧乏な」
失礼ではあるけど客観的に事実だろう。
「パーティーの時には綺麗なドレスを着てセラのそばにいたから……。テオルドくんは勘違いしちゃったんですね、たぶん」
困ったものだ。
「お父様は承知の上で乗り気なのかも知れませんが。クウちゃんの友人である子と譜代の家臣の子との婚約となれば、クウちゃんとのつながりも間接的に強まりますし。十分に有り得る話です」
「クウちゃんは反対なのかしら?」
お姉さまに聞かれて、私は腕組みして悩んだ。
「うーん……。ホントにそういうのは本人たちの問題と思うので、私からどうこういうつもりはないんですけれど……。でも、私の友達だからっていうのなら、そういうわけにもいかないですよねえ……」
完全に関わっているし。
「クウちゃんが賛成するのなら、良い手がありますよ」
「どんなですか?」
「そのエミリーという子を本当にセラフィーヌの従者にすればよいのです。なんならわたくしの従者でも構いません。大宮殿で寝起きして5年も教育を施せば、立派なレディーとなることでしょう」
「なるほど!」
さすがは皇妃様、名案だ!
「名案じゃありませんよ、クウちゃん」
「へ。そなんだ?」
「エミリーちゃんには立派な魔術師になるという目標があるんですよ。結婚のために従者になれなんて言われたら、きっと悲しみます」
「そかー」
セラに言われて私はうなだれた。
そもそもエミリーちゃんには、まったくその気もなかったか。
「あ、というか。皇妃様、もしかしたら、そういうの、また来るかもです」
「あら。他にも相手がいるのかしら」
「はい。エミリーちゃん、そのテオルドって子よりも、むしろ、サウス辺境伯のキアード・フォン・サウス君と仲がよかったというか」
「それは本当に身分違いですね」
「んー。そうですよねえ……。エミリーちゃんが平民なことは、キアードくんだけでなくて側近のティセさんたちも知っているわけだし……。さすがに縁組どうこうの手紙が来ることはないか」
あと、うん。
キアードくんは、よくも悪くも、まだまだガキ大将だったか。
来るとしても、夏のバカンスへのお誘いだろう。
今年は来るのか!
絶対に来いよ!
という感じの。
「サウス辺境伯キアードは、アリーシャやセラフィーヌの結婚相手にも上がってくる存在なのですが」
「お母さま、そのお話、わたくしはハッキリとお断りさせていただくことを、ここで宣言させていただきます」
「あまりよい人物ではなかったのかしら?」
「同い年ですが、彼は子供過ぎます。わたくしには無理です」
セラが強い口調で言うと、アリーシャお姉さままで、それならわたくしにも絶対に無理ですわね、と言ってしまう。
キアードくん……。
哀れ……。
「やれやれ。困ったものです」
子供たちの結婚問題は、皇妃様には頭の痛い問題なのだろう。
今までは敵対派閥の妨害で上手くいっていなかったようだし。
ともかくローゼントさんからの手紙は、皇妃様に上手いこと受け流してもらうことで決まった。
「ところでクウちゃんはどうなんですの?」
ふいにお姉さまが話を振ってきた。
「なにがですか?」
「決まっているでしょう? クウちゃんは可愛いし、愛嬌もあるから、町ではモテモテなのではなくって? 求愛してくる殿方はいないのかしら」
「あはは。そんな人いない――」
笑ってやりすごしかけて。
ふいに。
よりにもよって。
ボンバーのはち切れんばかりの筋肉が脳裏に浮かんだ。
「く、くくくくく、クウちゃん!? いるんですか!? 誰なんですか!?」
私の変化に敏感に気づいたセラが食らいついてくる。
「いやないからね!? ちょっと悪夢を思い浮かべただけで! 私はそもそも精霊だからそういうのは!」
「ゼノちゃんのお父さんは人間じゃないですか! できるんですよね、結婚!」
「う、うん……。できちゃうみたいだけど……」
ボンバーはないからね!?
「セラフィーヌ、今の話、詳しく教えてもらえるかしら。精霊と人間は結ばれて、子供を作れるというのですか?」
今度は皇妃様が食らいついてくる。
「あ、はい、お母さま。ゼノちゃんが言うには、できるそうです」
「現在の闇の大精霊はハーフということなのですか?」
「いえ……。あの……。ゼノちゃんが言うにはハーフという存在はなくて、人間か精霊かどちらかで生まれてくるそうです」
「そうなのですね……。よいことを聞きました……」
いかん。
ボンバーの筋肉が脳裏に張り付いて離れない!
いや本当に心の底から、思うところはなにもない!
インパクトだけやたら強いのが悪い!
くぅぅぅぅぅ!
クウちゃんだけにくうぅぅぅ!
消えろ!
消えろおぉぉぉぉ!
あの野郎!
次に会ったら、天の果てまで蹴り飛ばしてやる!
その後、私はしばらく1人で身悶えるのだった……。




