264 真面目な話
食事の後、私は応接室に連れて行かれた。
テーブルを挟んで対面の席に陣取るのは、陛下とバルターさんの2人。
セラは同席を求めたけど、残念ながら却下された。
「さて。クウ」
「えっと……。なんでしょうか?」
叱られるようなことはしていないはずだ。
うん。
問題はないはずだ。
「詳しい話を聞こうか」
「と、言いますと……」
「では、楽しくない話は何もない――ということで良いのかな?」
「あ、えっと」
「安心しろ。おまえは必ず何かをしでかすと信じているからこそ、こうして食後にわざわざ時間を取ったのだ」
「あはは。いやー、信じてくれてたんですねー」
嬉しいね。
「ああ。良くも悪くもな」
陛下がうなずく。
「あの、陛下……。もしかしてそれって、信じてなかったって感じの……」
「気にするな。俺は信じていたぞ」
信じてなかったのかー。
私、信じちゃったよー。
「あははは。そかー」
まあ、うん。
実際、いろいろやったんですけれどね。
大正解ですけれどね。
「はっはっは! 信じていたとも。おまえがやらかさない筈はないとな」
「あはははー。いやー、照れますねー」
私と陛下で笑っていると、バルターさんが話を進める。
「それでクウちゃん、まずは宿場町での事件を詳しくお伺いしたいのですが……。この件については護衛についていた者からも報告が来ておりまして。謎の少女と、どこかに飛び去ったとのことですが――」
「はい。その子、ミレイユっていうんですが――。フルネームは、ミレイユ・フォン・ソーシアだったかな」
「ほお……。ソーシア家の娘だと」
「……セラの呪いに関わりがある家の子みたいですけれども」
ミレイユさんの父親が邪神に願ってセラを縛ったのだ。
「生きて――いたのですか?」
「いえ、もうずっと前に死んでいて……。でも、この世に未練があってまだ存在が消えていなくて……。悪霊になっていました。しかも正気を失くして狂っていたんですけど、私が清めてあげました」
「それは、天に帰ったということですかな?」
「えっと……」
「クウ、ちゃんと隠さずに言え」
「は、はい……」
陛下に言われて、仕方なく私は包み隠さずに出来事をしゃべった。
話を聞いて、陛下がこめかみを指で押さえる。
「ソーシア家の娘が幽霊になって、例の無能嫡男に取り憑いている……か。意味不明すぎて頭が痛くなるな」
「あはは」
ですよねー。
改めて話して自分でもそう思いました。
「クウちゃん、危険はないのですか? ソーシア家のことはご存知ですよね?」
「ミレイユは無関係ですよ。父親とは疎遠で、森の中のお屋敷に閉じ込められてそのまま死んじゃった子ですし」
「そうですか……。ですが……」
バルターさんは考え込むように言葉を切った。
「恋がしたいだけの子なので、できれば、そっとしておいてあげてもらえると……」
「しかし、幽霊なのだろう?」
陛下がたずねる。
「……もしかして、消滅させろってことですか?」
「――バルター、どう思う?」
「そうですな……」
陛下に問われて、バルターさんはさらに考え込んだ。
私は心配しつつ次の言葉を待つ。
当時は、フロイトを改心させることが最大の課題で、とにかく2人を上手いことコンビにしてしまったけど……。
ミレイユさんに危険があると言われれば、否定することはできない。
父親のことはともかく、そもそも幽霊だし。
でも、せっかく正気に戻ったのだ。
幸せになってほしい。
前世の知識的には、満足すれば自然に成仏できるだろうし。
「とりあえず、現状維持でよいのではないでしょうか。従騎士フロイトの動向には注意を払う必要があるでしょうが」
「おまえがそう言うなら、それでよかろう」
「ありがとうございますっ!」
よかった!
「まあ、いざとなれはクウが責任を取ってくれるしな」
「う」
「おや、見捨てるのか?」
「……い、いえ。なにかあったら言ってください。最善を尽くします」
「そうさせてもらおう」
よかったんだろうかこれは……。
でも私がやったことだし、しょうがないか……。
今さらミレイユさんを消すのなんて私には無理だし……。
あきらめよう……。
「では、次だ。ランウエルでのことだな。タコ? カメ? ウニ? 正直、聞いていて頭が痛くなってきたが……」
「あはは。奇遇ですね。私もです」
「しゃべっていたのは、主におまえだが?」
「私もしゃべっていて、頭が痛くなってきましたから」
いやホントに。
だって、カメ様がウニ様だよ?
未だにわけがわからない。
「クウちゃん、南の海には、海を守護する存在がいるのですな?」
「はい。いました」
「それが――カメ? ウニ? なのですな?」
「はい。そうです」
「それは人間に敵対するものではないのですな?」
「はい。人間が海を汚すのなら、その時にはわからないですけど……。少なくとも向こうから敵対はしないと思います」
「タコの魔物は、敵対するモノなのですな?」
「はい。そうです。あ、そうだ。タコの魔物の一部があるんですけど、ここに出してもいいですか?」
「……危険はないのですか?」
「はい。平気です」
なにしろ食べれるくらいだし。
許可をもらって、私はナスル・ナチャの足をテーブルに置いた。
「これなんですけど……。
タコの魔物――ナスル・ナチャっていう異形の一部です。
カメ様が言うには亜神みたいですけど……。
ナスル・ナチャって名前、聞いたことはありますか?」
「残念ながら初めて聞く名前です。ところで亜神というのは、神に近い存在という意味なのでしょうか?」
「私はそう思いますけど……。正確には知らないです。ゼノが、カメ様がそう言っていたと言うので使いました」
「それについては、今度、聞いていただけると」
「はい。もしも覚えていたら聞いてみます」
すかさず陛下から、「おまえ、覚えている気ないだろう」と、突っ込まれたけど、ちがうのだ。
本気で忘れてしまうのだ。
どうしようもないのだ。
まあ、うん。
なので、次にゼノが来た時に聞いてくださいということにしておいた。
これなら私のせいにならないよね。
私、かしこい。
ナスル・ナチャという名前については調査をお願いした。
文献に名前があれば、いろいろわかるはずだ。
足は献上した。
食べるより研究してもらったほうがいいよね。
どう考えても。
あと、邪神に近い存在の名は、口にするだけで悪い影響があるかも知れないので口外しないでほしいとバルターさんにお願いされた。
リリアさんには言っちゃったので、そのことは伝えた。
バルターさんが対応するそうだ。
がんばれ、リリアさん。
あと、カメ様にもらった水の魔石も陛下にあげた。
私が持っていても、正直、使い道がない。
超高品質の魔石みたいだし、アイテム欄に入れっぱなしで腐らせるのは、さすがにカメ様にも申し訳ない。
陛下もバルターさんも喜んでくれた。
うん。
たまには媚も売らないとね!
お礼については断った。
あくまでも、お土産だ。
お土産にお礼を求める人なんて、いないよね。




