263 楽しいディナー
夕方になって、『帰還』の魔法を使う。
瞬間、視野が暗転して、気づけばそこは大宮殿の願いの泉。
「クウちゃんっ!」
「セラー」
泉のほとりではセラが待っていてくれた。
もちろんシルエラさんも一緒だ。
「お久しぶりですっ!」
「昨日ぶりだけどねー」
「一日も会わなければ久しぶりですー!」
「あははー」
といういつものやりとりをしつつ、大宮殿に向かう。
「クウちゃん、夕食は海鮮がメインみたいですよ。料理長がお土産の魚貝を使って腕を振るってくれるそうです」
「へー。楽しみだねー」
セラの部屋に入った。
お呼びが来るまで、しばらくは雑談だ。
「クウちゃん、旅の時にやったゲームをしませんか?」
「ゲーム? なんだっけ?」
「ほら、手を叩きながら、テーマに合った言葉を続けていくゲームです」
「ああ、連想ゲームね。いいよー。でも、セラ……。大丈夫なの?」
私の記憶が確かならば、連戦連敗だったよね……。
容赦なく語尾に「ん」を連発していたし……。
「ふふー。わたくし、昨日の夜、ふいに思いついたのです」
「なにを?」
「クウちゃんに勝つ必勝法ですっ!」
「おー」
それはすごい。
「名付けて、空白の陣! 勝負の時、わたくし、どうしてもクウちゃんのことばかり連想して負けていたのですが……。気づいたのです。心を空っぽにすれば、なにも考えなければ平気なんだと!」
「おおー」
なんだかすごそうなすごくなさそうな、よくわからないけど、とにかくセラの言葉には力強さと勢いがあった。
これはよい勝負ができるかも知れない。
と、その時には思いました。
結果は。
「さあ、クウちゃんからどうぞ! テーマを言ってください!」
セラが目を閉じて、瞑想するような姿勢に入る。
「じゃあ、行くねー」
たんたんたたん♪
ここはあえて、私を想像できるものでいってやろう。
「青いものでいきまーす。空」
たんたんたたん♪
あれ。
セラからのリアクションがない。
あっという間に、3秒がすぎて負けちゃったよ?
「セラ?」
「あ、はいっ!」
「いくね?」
「あ、はいっ! どうぞ!」
武士の情け。
今のはなかったことにしてあげよう。
たんたんたたん♪
「青いものでいきまーす。空」
たんたんたたん♪
「…………」
3秒が過ぎた。
「セラ?」
私がたずねると、
「はうううぅぅぅぅぅぅう!」
セラはオーバーにのけぞった後、前のめりに手をついた。
「だ、だめですぅぅぅ! 心を空っぽにすると、なんにも考えられないじゃないですかぁぁぁぁ!」
「う、うん……。そうだね……」
「だいたい青なんて! 青なんてずるいですぅぅぅぅ! 青なんて、クウちゃん以外にこの世界に存在していないじゃないですかぁぁぁぁぁ!」
「いや、海とかね? アケビとかね?」
考えてみると、青って難しい。
他にはパッと思いつかないや。
「じゃあ、今度は普通にやろっか? また私からでいい?」
「はい。お願いします」
「じゃあ、いくね。たんたんたたん♪ アツいものでいきます。夏」
「クウちゃん!」
「ぶぶー。セラの負けー」
「そんなー」
「だいたいどうして、アツいもので私なの?」
「それは決まっています! クウちゃんのハートは夏より熱いんです!」
「あ、ありがと……。褒めてもらえて嬉しいけど……。負けだからね?」
「ううう」
遊んでいるとメイドさんが来て、食堂に呼ばれた。
落ち込んだままのセラを連れて向かう。
中に入ると、アリーシャお姉さまがすでに席に着いていた。
「こんばんは、アリーシャお姉さま」
「こんはんば、クウちゃん。ところで、どうしてセラフィーヌはうなだれているのかしら」
「ゲームに連敗して落ち込んじゃって」
「あら。負けず嫌いですわね」
「ほらセラ、挨拶は」
私が背中を軽く叩いて、ようやくセラはお姉さまに挨拶した。
その後、お兄さまが来て、ナルタスくんと皇妃様が来て、最後に陛下が席について楽しい夕食が始まった。
皇帝一家と私。
うん。
いつものことながら私の場違い感が凄まじいけど、いつものことなので気にしないで料理を楽しむことにしよう。
料理長が腕によりをかけて作ってくれた海鮮料理はどれも絶品だった。
「料理長が驚いていたぞ。一体どうやって、遥か南の海からここまで魚を新鮮なまま運んできたのかとな」
「あはは。ですよねー」
「さあ、クウにセラフィーヌ。旅の話を聞かせてくれ。まずは楽しい話で頼むぞ。最初の夜は野外で寝たのだよな?」
まずはというところに妙な含みを感じるけど、陛下の要望に合わせて、私とセラで代わる代わる旅の話をした。
10日間の旅は、おわってみればあっという間だったように感じるけど。
話してみると、長かったなーと思う。
初めてのキャンプに四苦八苦して、妖精さんと出会って。
セラがエロ貴族の部下と戦って。
エロ貴族を改心させて。
アーレでパレードをして。
晩餐会を楽しんで。
次の日にはドラゴン空の旅。
港町リゼントでも、いろいろなことがあった。
「わたくし、海賊とも戦ったのですよ。海賊と思ったら実は兵士でしたけど……。でもほとんど海賊だったのです」
「羨ましいですわ。セラフィーヌはどんどん実戦を経験していくのですね」
アリーシャお姉さまの声は、心底、羨ましそうだった。
「ハァ。わたくしも戦ってみたいですわ。本当に……」
ふいに目が合う。
思わず私は目をそらした。
いや、はい。
今度、遊びに行く約束は忘れていませんので!
「もちろんクウちゃんのサポートがあればこそですけれど……。でも、練習してきたことがちゃんと身についているって、すごく実感できました。わたくし、これからも戦闘力を高めていこうと思います」
「おい、クウ」
陛下が笑顔で私に呼びかけてきた。
「は、はい……」
「おまえはセラフィーヌをどこへ連れて行くつもりだ?」
「どこと言われましても……」
「わたくし、クウちゃんと並んで戦えるようになることが目標ですっ!」
セラが満面の笑みで答える。
「そうかそうか」
陛下は笑ってうなずくけど。
「で、クウ」
「は、はい……」
私に向けてくる目は、明らかに怒ってるんですけど……。
いや、はい。
わかります。
大切な娘になにをさせているんだおまえは!
ですよね。
「おまえはセラフィーヌをどこへ連れて行くつもりだ?」
助けてお兄さま!
私は黙々と食事を取っているお兄さまに必死の視線を向けたけど。
はい。
無視されました。
もうダメだおしまいだー!
と思ったところでナルタスくんが無邪気に援護してくれた。
「このお魚、南の海のものなんですよね。それがこんなに新鮮に、ほとんど生で食べられるなんて本当にクウさんはすごいです」
「でしょー! ふふー。私はすごいのだー! わっはっはー!」
乗るしかないこの大波に!
全力で笑ってごまかそう!
料理長の出してくれたカルパッチョは本当に絶品だよね!
そんなこんなで。
楽しい夕食の時間はおわった。




