262 冒険者ギルドにて
ロックさんたちと久しぶりに会った後、私は冒険者ギルドに行った。
「うほおおおおお! マイスイートエンジェル! クウさまぁぁぁぁぁぁぁ!」
「死ねやあぁぁぁぁぁぁ!」
「ありがとうございまぁぁぁぁぁぁす!」
冒険者ギルドに入るなり、爆発野郎のボンバーが両腕を広げて気持ち悪く駆け寄ってきたので蹴り上げてから、私はカウンターに向かった。
「あれ」
その途中で見知った顔を見つけた。
「こんにちはっす、店長さん」
「タタくん。元気そうだねー」
「はい。店長さんの装備のおかげで、大きな怪我をすることもなく元気に活動をさせてもらえているっす。店長さんも元気そうっすね」
「あはは。まあねー」
ボンバーを蹴り飛ばした後だから、ちょっと引かれているけど、パブにもなっているフロアにはタタくんもいた。
獣人の青年で、学院の5年生。
私のお店の、冒険者としての最初のお客さんだ。
タタくんの装備は、一式、私が作った。
見ればフロアにはいつもより冒険者の数が多い。
テーブルが全部埋まっている。
「ねえ、タタくん。今日って何かあるの?」
「今日はこれから大規模依頼の説明会があるんっすよ」
「あ、もしかして例の禁区調査?」
「はい。そうっす」
「へー。私も聞いていいのかな? 興味あるし」
「どうっすかね……。一応、冒険者向けっすから……」
「へーきへーき」
私も冒険者だし。
お。
話していると、筋骨隆々とした中年の大男が現れた。
お久しぶりのギルドマスターだ。
「おし、揃ってるな。ではこれより来週の禁区調査に向けての説明を、この俺、ギルドマスターのギルガ・グレイドールがしてやる。耳の穴をかっぽじってよく聞いて、参加するかどうか決めやがれ」
そこで言葉を切って、ギルドマスターがフロアを見渡す。
目が合った。
やっほー、と、軽く手を振ってみる。
するとなぜかギルドマスターがこめかみに指を当てて妙な顔をした。
あれ、追い出される?
と思ったけど、そんなことはなかった。
「おい。そこの爆発野郎を早く叩き起こせ。なんで床で寝てるんだソイツは」
ぶっ倒れたままのボンバーを仲間が起こしてから説明が始まる。
禁区は、帝都から北に徒歩で3日。
ディシニア高原という場所だった。
夏でも気温は涼しく、冬になれば降雪し、かつては夏の避暑地として冬のスキー場として栄えた場所だという。
しかし、今から15年前に惨劇は起きた。
突如として地中から魔素が吹き出し、その濃霧の中からまるでダンジョンのように魔物が湧き上がったのだ。
しかも、一匹や二匹ではなく、周囲一帯を埋め尽くすほどに。
最悪のタイミングだった。
逃げる隙もなく、夏のバカンスで訪れていた皇帝に皇妃、第一皇子と第二皇子は魔物の波に呑まれた。
他にも大勢の犠牲者が出た。
魔物の大群は高原を出て周囲の町へと押し寄せ、そこでも多くの被害が出た。
帝都でも決死の防衛戦があったそうだ。
しかし、分散したことから、冒険者や騎士の活躍で各個撃破されていき、約一ヶ月で騒動は収束した。
今回、集まった冒険者たちの仕事は高原にたむろする魔物の討伐。
要の調査任務は、実力を認められた選抜冒険者たちが行う。
深部にまで入り込む危険な仕事になる。
今ここに集まっている冒険者は非選抜組で、ベースキャンプを守りつつ無理のない範囲で戦えばいいようだ。
高原では、今でもあちこちから魔素が出ていて、魔物の徘徊するダンジョンのような領域となっている。
放置しておけば魔物は増えていく。
増え過ぎれば、再び高原の外に溢れる可能性がある。
間引きの必要があるのだ。
報酬は、一日につき銀貨1枚。
約1万円だね。
それだけなら危険を考えると参加の旨味は低いけど、加えてダンジョンの5割増で魔石を買い取ってくれるそうだ。
さらに、貴重品を発見入手した場合には相場の10分の1が報酬となる。
貴重品はすべて、皇族や貴族、避暑客の遺産なので、そのまま自分のものにすることは許可されていない。
それがあるから普段の立ち入りは禁止されているようだ。
10分の1というと安く感じるけど、金貨1000枚の価値がある指輪とかも見つかるようなので十分な収入源になるようだ。
そういえば、ルルさんも探す気満々だったよね。
「知り合いのBランク冒険者に聞いたんすっけど、選抜隊の参加報酬は1人あたり、Bランクで金貨100枚、Aランクなんて金貨300枚だそうっすよ。羨ましいっす。僕も早く一流になりたいっす」
一回の仕事で、最低でも3000万円の稼ぎかー。
すごいね、ロックさんたち。
もっとも、それだけの危険があるということなんだろうけど。
報酬がっぽりよりも、まずは無事に帰ってきてほしいものだ。
説明の後は、参加の申し込みになる。
大半の冒険者が参加を表明して、受付のカウンターに並んだ。
タタくんたちもボンバーたちも参加するようだ。
私も並んだけど、途中でリリアさんに腕を掴まれて個室に連行された。
「クウちゃんは、どうして列に並んでいたのかしら?」
「参加しようかなーと」
「クウちゃんは冒険者ギルドでの討伐実績なんてないでしょ」
「ないとダメなんだ?」
「当たり前です。危険な任務なのよ」
「そかー」
「それで、他に用もなく来たの?」
「あ、そうだ。実は、聞きたいことがあって」
大切なことだ。
私はアイテム欄から「ナスル・ナチャの足」を取り出してテーブルに置いた。
アイテム欄の説明によれば、混沌の沼より呼び出された異形の一部。
タコと同じ食感と味を持っているらしい。
「……これは、何かしら?」
震えた声でリリアさんがたずねる。
「ナスル・ナチャっていう異形――亜神の一部なんだけどね……。リリアさんはその名前に聞き覚えはある?」
「いいえ……。初めて聞く名前だけれど……」
「そかー」
残念。
「手に入れた経緯を、聞かせてもらってもいいのかしら?」
「海の底にいたんですよ。これが。すごい大きな、タコみたいなバケモノ。退治したんですけどね」
「退治したんだ……。すごいね……」
「でも、退治しただけで、どうしてこんなのがいたのか、これがなんなのか、全然わからないんですよ。ナスル・ナチャっていうのが名前なのは確実のはずなんですけど。古い文献とかに出ていないかなーと」
「それは、調べてみないとわからないわねえ……」
「調べてみてもらえますか?」
「いいけど……。でも、どうして名前がわかったの?」
「直感です」
「そうかー。直感かー」
そういうことにしておこう。
リリアさんにも旅のお土産をあげた。
海の恋人という品名の箱入りチョコクッキーだ。
普通に喜んでもらえた。
さすがに仕事中のリリアさんに、魚貝の串焼きは渡せないしね。
よく考えてみるとロックさんたちも仕事中だった気がするけど、まあ、いいか。
話もおわったので私は帰ることにした。
するとフロアにボンバーがいた。
目が合う。
思わず私は身構えたけど、ボンバーは突進してこなかった。
かわりにボンバーは丁寧に一礼する。
まるで執事のようだ。
と思ったら、すいと顔をあげてこう言ってきた。
「お帰りなさいませ、マイエンジェル。これからのご予定はご飯ですかな? お風呂ですかな? それとも私ですかな?」
ニコリ、と、ボンバーが満面の笑みを見せた。
本気で私、背筋が凍った。
嫌だったけど蹴飛ばして、そそくさと冒険者ギルドを出た。




