261 なぞかけブリジットさん
「クウちゃん」
私が渡した魚貝の串焼きを手に持って、ブリジットさんが言う。
営業スマイルは消えていた。
「は、はい……」
なんだろか。
「私は確信がある」
「え」
「そして、期待している」
え。
え?
ちょ、ちょって待って……。
「き、期待……?」
「うん。クウちゃんは期待の子だよ」
「そ、そんな……」
私は混乱を抑えることができなかった。
だ、だって。
その言葉。
そして、その無表情。
私の幼馴染にして、冷酷なるお笑い審査員――ナオのそのままだ。
ああ……。
あああ……。
私の頭の中にナオの手拍子が響き始める。
そして、聞こえてくる。
期待。
キタイ。
キ・タ・イ。 キ・タ・イ。
キ・タ・イ。
キ・タ・イ。キ・タ・イ。キ・タ・イ。
ああああああああああ!
やめてぇぇぇぇ!
私の中をかき回さないでぇぇぇぇぇぇ!
だめぇぇぇぇぇ!
キちゃう!
ボンバーになっちゃう!
ボンバッちゃうからー!
気づけば私は、頭の中に木霊する手拍子と期待コールに合わせて、マッスルポーズを何度も決めていた。
ブリジットさんが、私のマッスルポーズに合わせて手拍子を刻み始める。
ああああああああぁぁぁぁぁあああああああああああ!
期待ぃぃぃぃ!
期待してほしいのおぉぉぉぉ!
ブリジットさんの無機質なまなざしが、ブリジットさんの完璧な手拍子が、私を狂わせるのぉぉぉぉぉ!
やがて私が渾身のポーズを決め、一息をついたところで――。
ブリジットさんの手拍子が拍手へと変わった。
そこで私はようやく解放された。
「ああああああああ……。私、やっちゃったよぉぉぉ……」
私は力尽き、四つん這いにうなだれた。
自分でも意味がわからない。
だけどやってしまったのだ。
もうダメだおしまいだぁぁ。
ブリジットさんが私のかたわらにしゃがんで、肩に手を置いた。
「クウちゃん」
「……ブリジットさぁぁぁん」
「純白の狼とかけて、クウちゃんと解きます」
「その心は……?」
一縷の光を求めて、私はたずねた。
「オモシロイ」
面白い?
尾も白い?
ふむ。
「……私、面白い?」
「少なくとも、尻尾はついていないよ」
「じゃあ」
「うん。そう」
「ブリジットさぁぁぁぁん!」
感極まって私はブリジットさんに抱きついた。
「いやクウ……。おまえの挙動、本気で意味わかんねーんだけど。まあ、いつものことではあると思うが……」
「さすがのアタシも混乱したよ。今のって何?」
ロックさんとルルさんが呆れた顔をしていたけど、わからなくてもいいのだ。
感じるのだ。
とりあえず2人は喧嘩をやめたみたいだ。
よかったよかった。
「そうだ!」
元気が出たら、いきなりいいことを思いついた。
「クウちゃん、食う? クウちゃんだけに」
ブリジットさんに串焼きを差し出された。
だけどそれはお土産なので、ブリジットさんに食べてもらおう。
私にはやることができたのだ。
「私、ちょっと工房に帰るね! すぐに戻るから、お土産を食べて待ってて!」
急いで我が家に戻る。
家に戻ると、ちょうどヒオリさんが帰ってきた。
ヒオリさんは疲れ切った顔でいきなり私に愚痴ってきたけど、ごめん今は忙しいから聞いている暇がないの。
さあ、やろう。
ソウルスロットに彫金の技能をセットして、生成だ。
作りたいものは決まっている。
招き猫。
の、精霊ちゃんバージョンだ。
お店に置いておけば、商売繁盛間違いなし!
ゲームでの招き猫には実際に金運アップの効果があったので、部屋に設置すればいくらかの効果はあるだろう。
私からの開店祝いだ。
かなりイメージを変更する必要があるけど、イメージを変更しての生成にはもうかなり慣れたのでやれるはずだ。
十分に集中して、しっかりとイメージを描いて。
置いた素材に手のひらをかざして。
いざ。
「生成、招き精霊ちゃん」
素材が光に包まれて――。
完成。
正座した精霊ちゃんが笑顔で手招きしている陶器人形。
「うん」
なかなかよくできた。
ちゃんとご利益のありそうな気がするよ。
姫様ドッグの店舗に戻って、早速、おじさんに開店祝いとして贈った。
恐縮されつつも喜んでくれた。
お店のカウンターに飾ってくれるそうだ。
姫様ロールのお店にも贈って、こちらも喜んでもらえた。
やったぜ。
「なあ、クウ。ところで今夜はどうする? 久々に白猫亭で騒ぐか? 旅の話、いろいろ聞かせてくれるんだろ?」
「ごめん。今夜はお友だちの家で夕食なんだー」
「そっか。そりゃー楽しみだな。まあ、俺たちはあと一週間は帝都にいるから、落ち着いたら白猫亭に来いよ」
「うん。行く行くー」
ロックさんたちと楽しく騒ぐの、好きだし。
「でも、一週間ってことは、もう次の仕事は決まったんだ?」
「おう。決めたぜ」
「へー。どこのダンジョンに行くの?」
「次はダンジョンじゃねーんだな。まあ、似たような場所ではあるけど、冒険者ギルドが主幹する合同作戦でな、禁区の調査に行くんだよ」
禁区というのは、かつて魔物の大発生があって、今でも魔素の密度が高くて立入禁止にされている区域のことなのだそうだ。
地上に発生したダンジョンのような場所なのだと言う。
「しかも今回の禁区っていうのが、先代皇帝とその皇太子がぶっ殺された、かつての帝室の保養地なのさ。もうホントにさ、お宝がたっぷり眠っていそうで、アタシは今からわくわくが止まらないよ」
バリバリと揚げエビを食べながら笑うルルさんに気負った様子はない。
お気楽そのものだ。
「でも、そんな場所だと強い魔物も出るよね?」
ちょっと心配になる。
「へーきへーき。今回は10パーティー以上が参加して、冒険者ギルドがベースキャンプを設営するから。豪華にも神官サマも来るそうだから、少しくらい怪我してもすぐに治してもらえるのさ」
「なら私も行こうかなー」
「え。クウちゃんがか?」
ルルさんが目を剥いて大袈裟に驚く。
「私も冒険者だし」
ダンジョンみたいな場所なら、倒せば魔物は消える。
私でも気兼ねなく戦えそうだ。
「それは前に聞いたけどなぁ……。クウちゃん、剣は使えても、薬草採集の仕事しかしたことないんだよな?」
「うん。今のところは」
「そっか。うん。お留守番、がんばろうな」
「ま、今回は俺らに任せとけって。この『赤き翼』が万全の状態で行くんだぜ。万が一なんて絶対にねーからよ」
「そうそう」
ロックさんの言葉にルルさんがうなずく。
「私たちは一流。クウちゃんの指輪もある。勝利のブイは確実だよ。クウちゃんはお土産を楽しみにしていて」
ブリジットさんにも気負った様子はない。
なんだかすべてフラグに聞こえてしまうのは、私に前世の漫画やアニメの記憶があるからなんだろうか。
まあ、たぶん、そうなのかな。
今回は特に、冒険者ギルドをあげての合同作戦だと言うし。
陽気なみんなの様子を見て、おじさんがぼやく。
「おまえらもなぁ、いい加減に冒険者は引退してうちで働けばいいものを。ビディは一人娘だし、結婚すればこの店も将来的には手に入るんだぞ、ロック」
「だから、俺らはそういうんじゃねーの!」
「そうなのか、ビディ?」
「私たちとかけて、夏の雪と解きます」
「……その心は?」
おじさんがおそるおそるの様子でたずねる。
「どこにもないように見えて、ちゃんと山の上にはあります」
「おまえは意味深なことを言ってんじゃねーよ!」
「あはは! いいじゃねーか結婚すれば。アタシは自由に生きたいし、愛人枠でいいから安心してくれよ?」
恋愛事情はともかく、仲良しパーティーなのは確かだね。
よいことだ。
この後、様子を見に来たウェーバーさんが招き精霊ちゃんを目ざとく発見。
金運アップの置物であることを伝えると、私もほしいと滂沱して懇願されてしまったので生成してあげることにした。
本店用、支店用、自宅用、観賞用、予備……。
ひとつにつき金貨1枚で買いたいというので、久しぶりに商売っ気を出して50個も販売してしまった。
今日は冒険者ギルドにも行きたいし、納品は後日にしてもらう。
日本円にして約500万円の売り上げだ。
金銭感覚が狂うね。




