258 旅の後
旅から帰った次の日は、昼近くまで寝ていた。
ふかふかの布団に包まれて熟睡して、気持ちよく目覚めた。
「んー」
背伸びしてベッドから出る。
疲れは残っていない。
体は軽い。
さすがは私、11歳だ。
カーテンを開けると、空には白い雲が広がっていた。
「今日は曇りかぁ……。雨が降るかもだなぁ……」
今日はなにをしようか考えつつ、そそくさと朝の支度を済ませる。
夜の予定は決まっている。
大宮殿に行って、セラのご一家と夕食だ。
たぶんセラの部屋でお泊りになるだろう。
なので昼は、まあ、のんびりしていてもいいかなーとは思うんだけど。
とりあえず一階のお店に降りた。
商品はなにもない。
空っぽのお店だ。
メイドさんたちが清掃してくれて、埃ひとつなくて綺麗だ。
お店は、オープンしたばかりなのに、いきなり10日も閉めてしまった。
10日。
たった10日。
されど10日。
ふわふわと浮かんで過ごすような旅の日々に慣れてしまったせいか――。
我が家にいる自分――。
自分の両足がちゃんと着いている場所に、なんとなく違和感を覚えるのは我ながら不思議な感覚だ。
ヒオリさんは、まだ帰ってきていないようだ。
仕事で徹夜して、そのまま向こうで寝ているのかも知れない。
「まずは商品の補充をしようかなぁ……。あーでも、お腹も空いたし久しぶりにメアリーさんのお店に行こうかなー。あーそれか、リリアさんのところに行って、タコの魔物のことを聞いてこようかなー」
いろいろ考えつつ、ドアを開けてお店の外に出た。
すると人がいた。
目が合うと、向こうから会釈してくる。
身なりの良い中年の紳士だ。
「おはようございます、店長様」
「あ、はい……。おはようございます……」
一体どこの誰かと思ったら、ウェーバー商会の人だった。
私が帰ってくるのに合わせて来ていたようだ。
例の件についての準備が完了したので、確認をお願いしたいとのことだった。
例の件……。
数瞬、なんのことかわからなかったけど、ハッと思い出した。
そういえば旅の前に、精霊ちゃんぬいぐるみを始めとした私の商品のライセンス契約をしたんだった。
さすがは帝国でも指折りの大商会。
一ヶ月も掛けずして、早くも販売可能にするとは。
しかも、なんとウェーバーさん、私の商品を売るためだけに、わざわざ中央広場沿いにお店を用意したらしい。
早速、行ってみることにした。
馬車に乗せてもらって、コトコト。
現地について驚いた。
私の髪の色を基調にした、とってもファンシーなお店がそこにはあった。
お店の看板には、
ぬいぐるみマート。
ふわふわ工房正式契約店。
と、ある。
しかもおとなりさんが、まさかの姫様ドッグ。
さらに、そのとなりには姫様ロールのお店だ。
どちらもまだオープンはしていないけど、すでに看板はかかっている。
馬車から降りると、お店からウェーバーさんが出てくる。
「おおっ! クウちゃん様! わざわざお呼び立てして申し訳有りません! よくぞおいで下さいました!」
「こんにちはー。いやー、かわいいお店ですねー。びっくりしました。しかもとなりが姫様ドッグとは」
「クウちゃん様プロデュースのお店ならば成功確実ですしな。商会保有の物件を格安で融通させていただいたのですよ」
「そかー」
偶然ではなかったのね。
さすがは大商人、抜け目がない。
早速、お店に案内してもらう。
お店の中には、すでにたくさんのぬいぐるみが並んでいた。
ウサギに、犬に、猫に……。
私を模した精霊ちゃんぬいぐるみもある。
オルゴールやランプも、数は少ないけどガラスケースの中に置かれていた。
どれもかわいい。
私が生成したものと比べれば細かい部分に粗はあるけど、十分な完成度だ。
「どうですか、出来栄えの方は?」
「すごくいいと思います。びっくりしました」
「それを聞いて安心しました」
「この短期間で、よくここまで作りましたね」
「我が商会の総力をあげましたので。クウちゃん様に気に入っていただくことができて本当に嬉しく思います」
さすがは大商会。
というか、総力をあげてくれたのか。
ぶっちゃけ、店が混みすぎて嫌だから押し付けただけの話だったので……。
あまりに本気で取り組まれていて、私は恐縮してしまいます。
この後は売値を話し合った。
私のお店では、ぬいぐるみはひとつ銅貨2枚だ。
日本円でいうなら2000円くらい。
ウェーバーさんはぬいぐるみを、うちの半額の銅貨1枚で売る予定だと言う。
あくまでふわふわ工房の下位という位置づけにしたいからだそうだ。
いや、うん。
さすがに安すぎると私は思った。
私の場合は、魔法でさくっと生成しているだけなので、素材さえあればまったく手間はかからない。
でも、ウェーバーさんのところはひとつひとつが職人の手作りだ。
しかも一流の裁縫職人を集めたという。
それがひとつ1000円では、なんだか申し訳ない。
そもそも赤字になりそうだ。
実際、ウェーバーさんは、利益は求めていないと言い切っちゃうし。
それは、うん。
良心の呵責的に私が困る。
交渉の結果、ひとつ銅貨2枚で売ってもらうことにした。
今の私のお店の値段だ。
それでも安いかも知れないけど、銅貨1枚よりはマシだ。
合わせて、私のお店で売るぬいぐるみは、ひとつ銅貨4枚とすることにした。
いきなりの倍……。
お客さんには文句を言われそうだけど……。
まあ、うん。
お客さんが来すぎて困っていたし。
ちょうどいいかなーと。
オルゴールやランプも同様に決まった。
ウェーバーさんのお店では、今の私のお店の値段、銀貨3枚で売ってもらう。
うちは倍。
銀貨6枚。
約6万円……。
ちょっと高すぎるかなぁと我ながら思ったけど、そのあたりはアレですよ。
値引き!
そう。
あくまでも値札は定価。
その場の雰囲気でサービスしていけばいいのさ!
まあ、ウェーバーさんには、エメラルドストリートのお店であれば、さらに倍でも普通だと言われたけど。
さすがにそこまではやめておきました。
「では早速、明日――いえ、万全を期して明後日からオープンしたいと思います。よろしいでしょうか?」
「はい。がんばってください」
「ありがとうございます。精霊様の名を汚さぬよう、誠意、良質な品を適切な価格で販売していきたいと思います」
商売の話がおわった後、最後に旅のお土産をあげた。
木彫りの魚だ。
中年男性に贈るならこれしかない!これが定番!と、お店のおばさんがオススメするままに買ってしまった置物だ。
正直、微妙かなーとも思っていた。
渡す時には心配したけど、ウェーバーさんは喜んでくれた。
演技の雰囲気はない。
本当に喜んでくれたみたいだった。
ウェーバーさんの孫娘、前にお店にも来てくれたことのあるアリスちゃんには、青い箱に入ったチョコクッキー。
ここにはいないので、ウェーバーさんに頼んで渡してもらうことにした。
品名は、海の恋人。
うん。
世界が変わっても、こういうのは変わらないものだね。




