256 旅のおわり
それはキアードくんのお屋敷で朝食を取っている時だった。
「ねえ、クウ。帰りは魔法なのよね?」
「うん。そだよー」
「帝都の近くに出られるのよね?」
「うん。そだよー」
アンジェの質問に気楽に応えつつ、私は魚汁を飲んでいた。
魚のエキスがこれでもかと染みていて実に芳醇だ。
出がらしかと思えた魚肉も、やわらかくてほくほくで素晴らしかった。
「私は?」
「ん?」
「私ってどうやってアーレまで帰るのかしら?」
「ん」
はて。
ユーザーインターフェースを開いて、転移先一覧を眺める。
そういえば忘れていた。
アーレ近郊のダンジョンは未開通だね。
「あはは」
とりあえず私は笑った。
アンジェが眉を潜める。
「もしかして、私の帰りのこと、完全に忘れてた?」
「あはは」
「妾の翼でひとっ飛びなのである。安心するといいのである」
「ありがとう、フラウ。助かるわ」
「任せるのである」
「あはは」
「クウは笑っていないで、一緒に感謝くらいしなさいよね」
「ありがとう、フラウ。助かるよ」
「……まあ、と言っても、クウにも感謝しかないけど。普通では体験できない素敵な旅行をありがとうね、クウ」
「あはは」
ということもありつつ、私たちはキアードくんのお屋敷を後にした。
キアードくんは出てこなかった。
ティセさん曰く、遊んでもらえなくて拗ねているだけですので、お気になさらず、とのことだった。
一応、帰る前にもう一度、キアードくんのお屋敷に行って、別れの挨拶はすることにしたのでその時には会えるといいけど。
私たちは大忙しだ。
なにしろまだ、お土産を買っていない。
買わねば!
通りに出て、お土産屋さんや屋台を練り歩く。
途中、広場で海亀団の人たちと会った。
彼らは今、仕事そっちのけで、海亀団のエンブレムをどうするかで悩んでいた。
こんな感じでいいんじゃない?
と、カメ様のイラストを描いてあげたら怒鳴られた。
ウニだろこれ!
舐めてんのか!
って。
ですよねー。
でもオススメはしておいた。
ホントにカメ様だし。
そして、買い物をおえて、私たちはキアードくんのお屋敷に戻った。
正門の前にキアードくんがいた。
腕組みして、不機嫌にふんぞり返っている。
「じゃあ、私たち、これで帰るね。短い間だけどありがとう。帝都に来ることがあったら私のお店にも寄ってね」
「ふんっ! 機会があったらな!」
お店のちらしは渡してある。
みんなそれぞれに、一言ずつ挨拶をする。
最後にエミリーちゃんが頭を下げた。
「師匠、いろいろ教えてくれてありがとう。わたし、すごく楽しかった」
「おう。まあ、おまえはいい弟子だったぞ」
「またね」
「おう。またな。来年も絶対に来い」
「わたし、貧乏だし、それはたぶん無理だよー」
「姫様に連れて来てもらえばいいだろう! 約束だからな! 来年も来い! 来年は絶対に島に行くからな!」
強く言われて、エミリーちゃんは困ってしまったようだ。
「機会があったらね」
代わりに私が答えてあげる。
「機会なんて作れ!」
「私たち、来年から学院だし、今と生活が変わるから約束はできないよー」
「はぁ!? なに言ってんだ! 姫様なんだから好きにすればいいだろ!」
「姫様だから好きにできないのー。ていうか、なにー? そんなにエミリーちゃんのことが気に入っちゃったわけー?」
ちょっとからかってみた。
するとキアードくん、顔を真っ赤にして怒り出した。
「そんなわけあるか! 誰がこんなヤツ! こんなヤツはどうでもいいんだよ! こんな貧乏人のガキ! 俺は島に行きたいだけだ! ――あ」
あーあ、もう。
エミリーちゃんが悲しそうな顔しちゃったよ。
「いや、ちがっ。ちがうぞこれは……」
言い訳しようとするけど、もう遅い。
ていうのは可哀想なのでフォローしてあげよう。
私が誘発させちゃったし。
「こういうのをツンデレといいます。照れ隠しにツンツンしているけど、実は仲良くなりたいのです」
「はぁ!? おまえ、なに言って――」
「ほら謝って。もう最後だよ?」
「お、おう。……ごめん」
最後という言葉が効いたのか、キアードくんは頭を下げた。
「ううん。わたし、本当に貧乏人だから」
「エミリーちゃん、そこは笑って許してあげなよ」
「でも、本当のことだし」
「いいから。ね」
「うん。わかった。じゃあ、許してあげる」
「お、おう」
「さあ、なら握手をしよう」
「え!? こいつとか!?」
「あれ、嫌なの?」
「嫌じゃねーけど」
「なら、はい。エミリーちゃんも」
「うん。わかった」
エミリーちゃんが手を差し出し、それをキアードくんが握る。
キアードくんは、そっぽを向いたままだけど。
「……元気でな。また来いよ」
「師匠、貧乏人にも優しい、いい領主様になってね」
「わかった! 約束する!」
「うん。でも、わたし、知ってるよ? 師匠は最初から優しいって」
うわ。
キアードくん、耳まで赤くなった。
こ、これは……。
アーレの町にいた騎士の子といい……。
エミリーちゃん、恐るべし……。
まるで乙女ゲーの主人公だ……。
貴族の男子殺し……。
ともかく、こうして私たちはお別れを済ませた。
「元気でなーエミリー! また来いよーエミリー! エミリー! エミリー!」
1人ばかりを連呼するキアードくんの声を背中に聞きつつ。
「エミリー、もてもてね」
「そうですね」
「あれ、2人とも、もしかして羨ましい?」
私がアンジェとセラをからかうと、アンジェが肩をすくめる。
「ねえ、クウ。羨ましいと思う?」
「……ノーコメントで」
「じゃあ、聞かないでよね。相手は領主様なんだし返答に困るでしょ」
「セラは?」
「わたくしですか? わたくしは、こうしてクウちゃんと――みんなと楽しい時間を過ごせることが一番の幸せです」
「そかー」
「わたしもみんなと旅行ができて楽しかった。クウちゃん、ありがとう」
「どういたしまして」
エミリーちゃんもセラと同じみたいだ。
私もだけど。
将来どうなるかは知らないけど、今はまだ友達と遊んでいるのが一番楽しい。
おしゃべりして歩く内、キアードくんのお屋敷からは十分に離れた。
「じゃあ、みんな。そろそろ帰ろうか」
「あ、クウ。最後に少し景色を見させてらってもいい? また来れるといいけど、どうなるかはわかんないし。目に焼き付けておきたいの」
「うん。もちろん」
アンジェにお願いされて、私はうなずいた。
キアードくんのお屋敷から麓の港へと向かう下り坂の途中だ。
海も空も町も見渡すことができた。
みんなで景色にお別れをした。
それがおわってから、物陰に入る。
「みんな、しっかり掴まってね」
みんなをパーティーに入れて、みんなを対象に選ぶ。
失敗があったら大変なので慎重に確認する。
「転移、マーレ古墳最奥」
視野が暗転。
次の瞬間には、床に転移陣の広がるマーレ古墳ボス部屋の奥だ。




