254 作戦J!
夜明け前、敵感知の反応で目が覚めた。
腰に巻き付いていたエミリーちゃんを引き離して、左右に眠るセラとアンジェを起こさないように気をつけつつ、静かにテントから出る。
波打ち際に小舟が止まっていた。
見れば、若い男が2人、砂浜に上がっていた。
砂浜を掘り起こして、何かを取り出して、丁寧に箱に入れている。
姿を消して近づいてみた。
すぐに理解する。
ウミガメの卵を盗んでいるのだ。
昨日の夜――。
カメ様が立ち去った後、私たちはすぐに寝てしまった。
だけど起きていたティセさんが、深夜、ウミガメが産卵に来たことを教えてくれた――ような気がする。
結局、報告だけ聞いて「うう、ごめんパス……」と私は寝たけど。
だって眠かったし。
なによりカメ様との出会いで、すっかり好奇心は満たされたし。
ともかく。
昨日の夜、産卵はあったのだ。
そして早速、盗みに来た連中がいる、と。
2人は一見すると、普通の市民に見えた。
人間の中年男性だ。
ただ、よく見れば、細身だけど筋肉質な体をしていて、目つきが妙に鋭い。
しかも、一言も会話することなく黙々と卵を箱に入れている。
箱は特製のようで、卵をひとつずつ入れられるようになっていて、クッションのようなものも敷かれている。
卵泥棒のプロ?
なのだろうか……。
ただの卵泥棒にしては、なんというか、雰囲気がかなり怖いけど。
敵感知は反応を続けている。
ただの卵泥棒に、私の敵感知は反応するものだろうか。
しないよね、さすがに……。
うーん。
「ねえ、おじさんたち、泥棒なの?」
姿を見せて話しかけてみた。
脇にしゃがんで、無邪気で無害な女の子の感じで。
「な――。貴様、どこから――」
「――待て」
驚いて身構えかけた男をもう1人が制して、優しく私に話しかけてくる。
「おはよう、お嬢さん」
「うん。おはよー」
「今日もいい天気だね。夜明け前からお散歩かい?」
私にはわかる。
何気になく会話をしつつ、わずかな目線で指示を出している。
す――と、男の1人が位置を変えた。
「ねえ、おじさんたち、カメの卵を盗んでいるの? いけないんだよー?」
「ははは。これはね、調査だよ。おじさんたちは、カメの生態系を調べていてね」
「へー。そうなんだー」
「お嬢さんこそ、どうしてこんなところに?」
「散歩だよ」
男たちがいるのは波打ち際の近くだ。
奥に設置した私たちのテントは、起伏の向こう側で見えていない。
余計なことを言う必要はないよね。
次の瞬間だ。
音もなく私の背後に回り込んだ男が私の口を塞ごうとした。
私は、すいと身を反らす。
緑魔法『昏睡』で2人を深い眠りに落とした。
人間相手だと、黒魔法や小剣武技よりも緑魔法が圧倒的に便利だね。
「さて、と」
昏睡させて、やっと敵反応が消えた。
「問題は、この2人をどうするかだよねえ……」
明らかにただの卵泥棒ではない。
さっきの動きは、専門の訓練を受けてきた人間のものだ。
「まあ、丸投げしとくか」
今はバカンスの最中なのだ。
面倒な事件に関わるのはやめておきたい。
とりあえず、卵は砂の中に戻して。
私は2人を肩に担ぐと、そのまま頑張って『浮遊』して、砂浜の奥にある衛兵の事務所にまで向かった。
幸いにも事務所にいた衛兵さんは昨夜に私の顔を見ていた。
キアードくんとセラの関係者だとすぐに理解してもらえたので話は早かった。
寝ていた隊長さんを起こしてもらって、話をする。
その上で2人を引き渡した。
あとは法律に従って調査してもらおう。
「ふぁ~あ」
私、まだ眠いし。
アクビをしつつテントに戻って寝ようと思ったけど、戻ったら、もうセラもアンジェもエミリーちゃんも起きていた。
「クウちゃん、なにかあったのですか?」
「ん? どうして?」
「だって、こっそりと出ていったようでしたから……」
セラが心配げに眉をひそめる。
「卵泥棒がいたんだよー。それで捕まえて衛兵さんに引き渡してきたんだー」
「うわ。そういうのいるんだ。卵って、ウミガメの卵よね?」
「そだよー」
アンジェに聞かれて私はうなずいた。
「ねえ、クウちゃん」
「なぁに、エミリーちゃん」
「カメの卵っておいしいの?」
「食べちゃダメだからね!?」
「某が思うに、食べるというよりはポーションの素材でしょう」
「おはよ、ヒオリさん」
「おはようございます、店長、皆様」
「クウ、みんな、おっはよー!」
「おはようなのである」
ゼノとフラウもテントから出てきていた。
みんなで朝の挨拶をした後、ヒオリさんが教えてくれた。
ウミガメの卵は、ただの卵とはちがうようだ。
水の属性を持つ魔石に近いものらしい。
そもそもウミガメ自体が、海の妖精のような存在だったと言う。
ヒオリさんは昨夜、ウミガメの産卵を見ていたそうだ。
「私も見たわよ。幻想的だったわー」
「わたくしも見ました。本当に素敵でしたね……」
どうやら起こされて起きなかったのは、私とエミリーちゃんだけのようだ。
2人で残念がった。
「しかし、ポーションか。うちでそんなものを作っているとは聞いたことがないぞ」
いつの間にかいたキアードくんが首をひねった。
「そうなの?」
ティセさんに聞いてみると、その通りだと肯定された。
「てことは、他国かな?」
すぐに思いつくのは、山脈を隔てた帝国南部の隣国、トリスティンだ。
「気になるならボクが聞いてみてあげようか?」
「聞けるの?」
「ボクを誰だと思ってるのさー。ニンゲンの心なんて、操るのは簡単さ」
「こわっ! ゼノこわっ!」
「その怖いボクを便利なアイテム扱いしている人には言われたくないけどね。そもそもクウの許可がなければ使わないし」
「なら許可するから聞いてみよ」
というわけで、事務所に行って聞いてみた。
男たちは最初、ただのお金稼ぎ目的の漁民ですと震えていたけど、ゼノの力で簡単に化けの皮は剥がれた。
なんと2人は、トリスティンの工作員だった。
リゼントの町に住んで、様々な活動を行っていたのだ。
主な仕事は情報収集と密輸の手引。
獣人の子供を誘拐して、奴隷としてトリスティンに引き渡すこともしていた。
卵の採取も本国からの命令のようだった。
話を聞いたキアードくんは激怒した。
すぐに処刑だと叫ぶけど、それは衛兵の隊長さんに止められた。
相手は他国の工作員なのだ。
大宮殿に報告して、指示を仰ぐ必要がある。
ともかく男たちの証言で、リゼントにあるトリスティンの拠点がアヤシーナ商会だということが判明した。
うん、はい。
店名だけでわかりそうなものだけどね。
とは思ったけど言わなかった私は空気の読めるいい女の子だ。
そこまで話を聞いて、私たちは砂浜へと戻った。
あとは衛兵さんたちの仕事だ。
「ねえ、クウ。アヤシーナ商会には行ってみないの? ボクたちで調べれば簡単に全容解明できるよね」
「んー。まあ、そこまでやるのもねえ」
「どうして?」
「だって、それは領主や衛兵さんの仕事であり領分だよね」
「領主ならここにいるぞ! 領分とかは良いから、やれるならやってくれ! そんなものより悪党退治が優先だ!」
「でも私たち、ただのかわいい女の子だよ?」
「なにを今さら。おまえらが姫様専属の特殊部隊なことはわかってるぞ! 普通に空まで飛んでるじゃねーか!」
キアードくんも私たちと一緒に砂浜に戻っていた。
というか、隊長さんに追い出された。
「えー。でもなー。それだと、おいしいものを探したり、みんなへのお土産を買ったりする時間がなくなって……」
つい私は本音をこぼした。
そう。
私はまだリゼントの町を堪能していない。
そして、旅の日程は決まっている。
遊んでいる暇しかないのだ。
でも、かしこい私はすぐに気がついた。
「クウちゃん……」
セラがためらいがちに、私になにか言いたそうな顔を見せる。
「クウ――。アンタ――。グルメとお土産が優先って――」
アンジェは明らかな呆れ顔だ。
「あのね、クウちゃん……。お父さんがね、いつも言っているの。困った時はお互い様だから助け合おうって……」
ううううう。
エミリーちゃんの視線までもが、痛い!
もはや、アレだ。
アレしてアレするしかない。
作戦J、発動!
「なーんちゃって! あはははは! やだなーもう! みんな、ジョークですよー、これはただのジョーク!」
ごまかそう!
笑ってごまかすしかない!
「さあ、ゼノ。行くよ。私たちで調べ尽くすからね!」
「はーい」
「ヒオリさん、フラウ、みんなのことはお願い」
「はい。わかりました」
「任せるのである」
結局、その日は仕事でおわった。
私とゼノは姿を消しつつ、関連各所を徹底調査して。
時にはゼノの力ですべてを吐かせて。
夕方までには、アヤシーナ商会の怪しい事実を丸裸にしたのだった。




