252 カメ様が来る?
ああ……。
やれないと思っていたお笑い大会を、することができた。
面白かった。
満足だ。
南の海で、笑い合う。
本懐だ。
もしも私が幽霊ならば、このまま成仏しているところだ。
私たちは今、砂浜の奥に立てたテントの手前で夜の静かな時間を過ごしていた。
お笑い大会がおわって、夕食も済ませて。
気持ち的には、もうこのまま寝ちゃってもいいくらいなんだけど、今夜のメインイベントはまだこれから。
雲ひとつない快晴の夜空を見上げれば、満月が輝いていた。
海も、砂浜も。
一面が金色の光に染められている。
「ねえ、師匠。カメが卵を産むところ、師匠は見たことがあるの?」
「ないぞ。俺も初めてだ」
「そうなんだー」
「町からは遠いからな。もう少し大きくなってからと父上には言われていたのだ」
エミリーちゃんとキアードくんが会話している。
この2人はすっかり仲良しだね。
ゼノとフラウは空の散歩に出た。
2人は久しぶりに再会した姉妹とあって、この旅ではだいたい一緒にいる。
ヒオリさんとアンジェは魔術の理論についてを語り合っている。
メイドさんは交代で休憩中だ。
私はセラとフラミンゴの反省会をしていた。
していたのだけど……。
セラが明らかにアンジェたちを気にしていたので早めにおわりにした。
私は夜空に浮かせてもらう。
私がいると、セラが気を使っちゃうしね。
ふわふわー。
油断するとアレだね。
ふわふわするという大切な精霊の仕事がなおざりになっているねー。
ふわふわせねば。
私は夜空の中、頭をからっぽにして、ただ浮かんだ。
からっぽにしていると、逆にいろいろ思う。
あー今頃、ナオにユイにエリカはなにをしているのかなぁ。
掃除はさすがにおわっただろう。
もう夜だし。
3人で部屋でのんびりしているんだろうか。
どんな話をしているのかなー。
前世の話題で盛り上がったりしているのかなー。
ブリジットさんやロックさんは、新しい冒険の旅に出たのかなー。
いいよねー。
冒険者、旅、仲間。
無事でいてくれるといいけど。
眼下では、魔道具の明かりに照らされて、ヒオリさんとセラとアンジェが熱心に魔術のことを語っている。
私も加わりたいけど、正直、学術的な話はまったく理解できない。
私が加わったら間違いなく確実に、私に噛み砕いて説明するために貴重な時間が無駄に過ぎてしまう。
それは迷惑だよね、さすがに。
なにしろ私は、もう魔法で学ぶことがない。
オールカンストだ。
理論は知らなくても、すべての魔法をぶっ放すことができる。
エミリーちゃんとキアードくんも、なにかの話題で盛り上がっているね。
キアードくんが気持ちよさそうに笑っている。
エミリーちゃんは魔術談議が気になるみたいだけど。
あ、笑いすぎてキアードくんが椅子からひっくり返って転んだ。
メイドさんたちは無視だ。
これは当分、エミリーちゃんはキアードくんのお世話だね。
頑張れ。
私は空高くに浮かんでいく。
晴れた夜は鏡のように艶やかだ。
満月は眩しい。
身を委ねていると、すぐに意識もふわふわとしてくる。
と、ふわふわしているところで気づいた。
海の一部が光っている。
月の光を浴びてのことではない。
なぜなら青い。
しかも、海の底からにじみ出ているような気がする。
なんだろう……。
見ていると、海の方からゼノとフラウが飛んできた。
「ねえ、あれって――」
「今からカメサマがお礼に来るってさー」
ゼノが教えてくれる。
「カメ様って本当にいるんだ?」
「このあたりの海の主なのであるな。正式な名前は違うのであるが、差し当たってカメサマで問題ないのである」
「ちょっと海の底で話をしてきたんだよ。カメサマも異形の存在は認識していたんだけど亜神級の危険すぎる相手だから様子を見ていたんだって。それで、退治してくれたクウにお礼が言いたいんだってさー」
「ここに来るんだ?」
「うん」
「言えばこっちから行ったのに」
「いやいや、クウ。お礼する方が来るに決まってるでしょー」
「お礼してやるから来いなど普通はないのである」
ゼノとフラウにそろって肩をすくめられた。
それはそうだけど。
「砂浜にまで来るっていうこと?」
「うん。だから、波打ち際で待ってよ。ボク、みんなにも教えてくるね」
すうっと高度を下げて、ゼノがみんなのところに行った。
「……ねえ、フラウ。ちなみにカメ様の名前は?」
「カメサラールンというのである。妾も会うのは初めてであったが、昔から南の海を守る偉大な魔物なのである」
「カメ様はカメ様なんだねえ」
カメサマと、カメサラ。
一文字ちがいではあるけれど、カメ様という意味ならば同じだ。
ゼノに遅れて、私とフラウも砂浜に戻った。
興奮したキアードくんが真っ先に吠えかかってくる。
「おい、カメの子! カメ様が来るんだよな! 俺の頑張りを知らせてくれたのか!? 感動だぜありがとうな!」
ゼノは、詳しい事情までは言っていないようだ。
そう言えば私、お笑い大会をやりたいばかりに、海底に危険な魔物がいたなんてみんなに言う必要なし! とか言った気がする。
「いやー、あはは」
笑って誤魔化していると横からセラが、
「でも、お礼って……。クウちゃん、何かしたのですか?」
と、鋭いことを言ってきて焦ったけど、すぐにキアードくんが「それは俺がこの砂浜を守ることにしたからだ」と宣言して助かった。
まあ、うん……。
別に必死に隠そうとすることでもないんだけどね……。
でも、まあ……。
実は危険なことがありましたーなんて言ったら、怒られるか呆れられるか。
私の評価は落ちるよね……。
だから言わなくてもいいよね、今さらだし。
「そういえば、キアードはこの地の主であったのであるな」
「そうだぞ! 俺がここのトップだ!」
「クウちゃん、この地で起きたことなのである。この地の主には、一応、伝えておいたほうがよいと思うのであるが」
「なんだ? 何かあったのか?」
フラウの言葉に、キアードくんが首を傾げる。
「クウちゃん、やはり、何かあったのですか?」
「……えっと、それは」
セラにも聞かれて私はたじろいだ。
「ゼノちゃんとフラウちゃんは、知っているんですよね?」
「知ってるけど、ボクらはクウに口止めされてるからさー。クウが言わなきゃ、ボクたちの口からは言えないよー」
「で、ある。クウちゃんの命令は絶対なのである」
いや絶対じゃないよね!?
今、この瞬間!
私、絶対どころかピンチなんですけど!?
というか命令なんてしていないよ?
お笑い大会を中止にしたくないから、ちょっとお願いしただけで……。
「おい、カメの子! 何があった!? この地に関わることなら言え!」
「クウちゃん……。あの、わたくしたちでは力にならないかも知れませんけれど、それでも力にならせてください」
「ねえ、クウ。たしかに私たちは未熟だけど、少しは頼りにしてよ」
「わたしも、クウちゃんの力になりたい」
う。
うう……。
セラとアンジェとエミリーちゃんが、真摯なまなざしを向けてくる。
「もちろん某は店長の部下故、なんでもやります」
ならヒオリさん!
今すぐ話を変えて!
なんでもいいから!
という私の心の叫びは、ヒオリさんには届かなかった……。
…………。
……。
もはや、これまで。
私は観念して、タコの魔物が海底にいたこと。
退治したこと。
お笑い大会を中止したくないから、黙っていることにしたこと。
を、説明した……。
はい。
わかっていたけど、最初、驚愕したみんなの顔が、みるみる呆れた顔になって、最後にはため息をつかれました。
「……クウ。あんたさぁ、それって、お笑い大会と危機管理を天秤にかけて、お笑い大会を取ったってことよね。さすがに呆れるわね」
「クウちゃん……。クウちゃんはたしかに最強で無敵ですけれど……。そういうのはやめたほうがいいと思います……」
「わたし、知ってるよ。地震は大きなのがおわっても、また小さなのが来るんだよ。魔物も同じだと思うの」
はい。
みなさまのおっしゃる通りでございます。
まことに申し訳ありませんでした。
「まあ、でも、クウは頑張ったと思うよ。他に影響を出すことなく、一撃で、巨大な邪悪を消滅させたわけだし。褒めてあげてよ」
珍しくゼノがフォローしてくれる。
「小さなものは妾とゼノで始末しておいたから安心するのである」
あ、いたんだ……。
フォロー、ありがとう……。
「まあ、そうだな。おい、カメの子。よくわからんが助かった! この領主たる俺様が自ら感謝してやるのだ。ありがたく受け取れ。姫様もエミリーもアンジェリカも、この俺の顔に免じて許してやれ」
「はい。承知いたしました、領主様」
アンジェが一礼して、それから私の背中に優しく触れた。
「ほら、クウ。落ち込まなくていいから。ごめんね、私達も言い過ぎた。別に怒ってないから元気出しなさいよ」
「そ、そうですよクウちゃんっ! クウちゃんは帝国一! 大陸一! 世界一の救世主なんですありがとうございました本当にありがとうございました! わたくしなんて感謝のあまり目からウロコが飛び出しそうです」
セラ……。
それ、微妙に意味が適当……。
でも2人ともありがとう。
「クウちゃん。わたしね、クウちゃんはすごいと思うの。ホントだよ?」
うう。
みんな、ありがとー!
そうして私が慰められる内――。
海面の青い輝きは増し――。
いよいよカメ様が海から姿を見せようとしていた。




