25 古代竜フラウニール
竜が降りてくる。
敵感知に反応もないので、おー竜だーと感動しつつ見ていた。
竜の着地は、その巨体からは信じられないくらいにふんわりとしたものだった。
わずかな風だけを巻いて、足と尻尾が岩の地面につく。
艶やかな黒い鱗の竜だった。
と、竜の体が輝きを帯びる。
次の瞬間には、目の前にいるのは竜でなくなった。
「初めましてである。妾はフラウニール。お気楽にフラウと呼んでほしいのである」
黒髪の幼女が勝ち気な笑顔で胸を張って、私に挨拶をしてくる。
「……えっと、竜?」
「うむ。妾こそこの地、ティル・ウェルタスを統べる者。竜の里の長である」
「長なんだ」
年の頃なら5歳くらいだろうか。
かなり幼い女の子だ。
着ている服は、まるで賢者のように立派だけど。
目の前で変身されたのだから、彼女が先程の黒竜ではあるのだろう。
青く澄んだ瞳の透明感は変わらない。
頭の左右に角もあるし。
「なぜに幼女……?」
「そのほうが可愛がってもらえるのである」
「なるほど」
「ほれ」
フラウが両腕を広げてくる。
「ん?」
「さあ、早く妾を可愛がってほしいのである」
「……お、おう」
幼女にそう言われて断るのも可哀想なので、腰に抱きつかせてあげた。
「あああ……。この魔力、この温かさ……まさに精霊である……。千年ぶりに帰ってきてくれたのであるなぁ……」
とりあえず離す。
「む。もっと可愛がってくれてよいのであるぞ?」
「えっと、私はクウ。よろしくね」
しゃがんで目線を合わせて、挨拶する。
「よろしくなのである。お気軽にクウちゃんと呼ばせてもらうのである」
「それで、キミは」
「フラウである」
「フラウは、なにをしにきたの?」
「もちろんクウちゃんに挨拶をしにきたのである。我等はずっと精霊が戻ってきてくれるのを待っていたのである」
「竜なんだよね?」
「うむ。由緒正しき闇の古代竜とは我等のことである」
「古代竜なんだ」
古代竜といえば、ゲームの世界にもいた。
太古からの血統を有する、竜の上位種だ。
「うむ。そして妾こそが最強の存在である」
「戦う?」
「誰とであるか?」
「私と」
「とんでもないのである! ティル・ウェルタスの民は精霊と共に生き、精霊と共に在るのである! 戦うなんて有り得ぬのである!」
「……そかー」
残念。
古代竜、久々に戦ってみたかった。
「そ、そんな悲しそうな顔をしないでほしいのであるが……」
「ごめんごめん。ちょっとした気の迷いだった」
笑ってごまかす。
「それで、なのであるが……。宴の準備をしているので、できれば竜の里にご招待をしたいのであるが……」
ちらちらと様子をうかがうように言われた。
「いいよ」
「いいのであるか……?」
「うん。宴会でしょ? 行く行くっ!」
宴会は、エミリーちゃんたちとやって以来ご無沙汰だ。
楽しみだ。
「いいのであるかっ! やったのであるっ!」
ぱぁぁっと笑顔を咲かせてフラウが飛び跳ねる。
「それでは早速案内するのである!」
「オーケー」
2人で浮き上がって飛んだ。
「でも竜って、人の姿にもなるんだね」
「むしろ人の姿でいることが多いのである。ずっと竜のままでいると大量の食料が必要になって大変なのである」
「なるほど」
「里には、約100名もが住んでいるのであるな」
竜的には、かなりの数なのだろう。
「ところでクウちゃんは石を集めている様子であるが、必要なのであるか?」
「うん。工房を開こうと思ってね」
「我等に手伝えることであればなんでも手伝うのである」
「いやー、いいよいいよー。自分でやるから」
「そうであるか……?」
「うん。平気」
しょんぼりされたけど、竜に手伝われたら確実にとんでもないことになる。
私は少し目立つのはいいけど、目立ちすぎるのは避けたいのだ。
気持ちだけありがとう。
「あ、でも、勝手に取っちゃってよかった?」
「構わないのである。大歓迎なのである。人間ならば皆殺しであるが」
「……み、皆殺しなんだ」
「当然である。ここは我等の領域。好きに入らせていたら、あいつらは勝手に領土にして勝手に支配しようとするのである」
「それはそうか」
納得できてしまうのが悲しい。
私たちが向かうのはとんがり山だった。
「里って山の上にあるの?」
「山の中である。聖なる山ティル・デナは、実はダンジョンになっていて、我等はそこに住んでいるのである」
もともと麓付近にいたので、とんがり山にはすぐにたどり着いた。
とんがり山の切り立つ岩壁にそって上昇していく。
ソウルスロットを変更。
小剣武技、白魔法、銀魔法にした。
竜の里はダンジョンということなので中では変えられない。
万が一、竜と力試しをすることになるといけないので、ショートソードで武技を使えるようにしておく。
「私、この山を目指して旅してきたんだけど、近くで見ると本当に大きいねえ」
岩壁はどこまでもつづいている。
垂直に飛んでいるのに、どっちが上でどっちが下かわからなくなる。
「この大陸では一番に大きな山であるな」
「そんなところにダンジョンがあるんだねえ、不思議だ」
「妾の育ての親である大精霊が見つけてくれたのである。……闇の大精霊イスンニーナのことは知っているであるか?」
「ううん。ごめんね。知らない。
私、こっちの世界に来たのがつい最近なんだよ」
そもそも精霊界のことは、水の中みたいなところってことしか知らない。
どんな世界なんだろうか。
ふと思った。
私、精霊の中では、どんな立ち位置になるんだろうか。
謎だ。
次に精霊と会うことがあったら聞いてみよう。
ヒメサマとは言われていたけど。
「……千年の昔に消滅した方である故、致し方なしである」
「千年前っていうと、アレかな。精霊を道具として使って、世界征服しようとして滅んだ古代王国――」
冒険者ギルドでリリアさんから聞いた話だ。
「うむ、それである。イスンニーナが止めなければ、この世界は魔力の濁流に呑まれてとうに滅んでいるのである」
「そかー……」
「精霊たちはその事件の後ですべて精霊界に帰ってしまったが、そろそろまた遊びに来てくれるのであるか?」
「んー。それは難しいかも。けっこう警戒してたよ。私、止められたし」
「で、あるか。いつでも歓迎すると伝えてほしいのである」
「わかった。今度会ったら言っておく」
「有り難いのである。精霊のいない世界には温もりが足りないのである。妾はまた精霊に可愛がってほしいのである」
「可愛がる側じゃなくて?」
年齢的に逆のような。
見た目と違って、千年前から生きていそうだし。
「妾は甘えん坊将軍なのである。
であるからして、クウちゃんも存分に妾を甘やかすといいのである」
「こらっ! 飛んでる時にくっつくなー! 落ちるからっ!」
「ふわぁ。癒やされるのである。
闇の力、光の力、風の力、火の力、水の力、土の力……。
すべてを感じるのである。
クウちゃんは特別な精霊なのである」
「普通はそうじゃないんだ?」
引き剥がしてから聞いてみた。
「精霊とは属性を司る者。基本的にはひとつの属性のみであるな」
「私は例外かー」
「例外ではなく特別である。クウちゃんは、今世の精霊女王なのであるか?」
「ううん。言うなら姫かな。私の称号、精霊姫だし」
「なるほどである」
「姫ってどんな存在なの?」
「知らないのである」
「知らないのかいっ!」
「しかし、特別なことはわかる称号なのである」
「女王は?」
「精霊の主だと聞いたのであるが、四千年前に前女王が昇天して以降ずっと不在だと千年前にイスンニーナは言っていたのである」
「ふむう。よくわからないな」
「妾もよくわからないから平気である」
「それでいいんだ?」
「精霊が戻ってきてくれたこと、その喜びがすべてなのである」
「そかー」
まあ、いいか。
どうせ考えてもわからない。
そもそも私のは、ゲームから持ってきた称号だしね。




