248 クウちゃん、沈む / 閑話・セラフィーヌは気づいた
バーベキューを楽しんでいると、警備の人たちが現れた。
海賊にしか見えない筋骨隆々とした強面の御一行だ。
「おい! そこの連中! ここは立入禁止――っと、バカ息子!? じゃなくてバカ領主様ではありませんか! それに昨日のオテンバども――じゃなくて皇女殿下方までご一緒とは――。これはどういう――」
本音を含んだ単語をそれなりに乗せつつ、砂浜に降りてくる。
先頭にいるのは、外見的には海賊のボスにしか見えない、長い髪の日焼けした男――隊長さんだ。
「おう、メッシュ。ご苦労だな」
「まあ、仕事なんで。で、ご領主様、ここを立入禁止にしたのはご領主様ですよね? それをどうしてご自身で破ってるんすか? ったく、そんなこったからバカ息子とかバカ領主とか言われるんすよ?」
貴方も言ってましたけどね……。
とは言わないけど。
隊長さんは、メッシュという名前のようだ。
「はっはっは! 俺が許可したのだ! 問題はあるまい!」
「はぁ……。まあ、そうっすけどね……」
頭を掻いて、メッシュさんが面倒くさそうに返事をする。
「そもそも海亀の産卵はまだなんだろ?」
「そうっすね……。あれは毎年、満月の夜っすから……。今夜ですね、きっと」
「ほお。今夜は満月なのか?」
「はい。そうっすよ」
「おまえは見たことがあるのか?」
「仕事っすから。離れて見ている分にはカメも気にしませんし。満月の中、甲羅を輝かせて海から上がってくるカメ、幻想的でいいもんっすよ」
「師匠、わたし、ここの夜の景色、見たけど、すごく綺麗だったよ」
エミリーちゃんがキアードくんに言う。
「俺は見たことがないぞ」
「やったー! わたし、ついに師匠に勝ったねー!」
エミリーちゃんが無邪気に喜ぶ。
たぶん、サザエ捕りとか操縦とかでも勝負をして、負けてきたのだろう。
「なにー! 師匠より優れた弟子など存在しないのだ! よし、決めた! ティセ、今夜はここに泊まるぞ!」
「畏まりました。そんなこともあろうかとテントも用意してきました」
「さすがだな! おまえら今夜はここでカメを見るぞ! ふふー! 夜景だけじゃなくてカメもなら俺の勝ちだな!」
え。
「カメの産卵かぁ……。いいわね。私、興味あるわ」
アンジェはキアードくんの提案に乗り気のようだ。
「そうですね。わたくし、実はカメという生き物をまだ見たことがなくて。一度は見てみたいですし、楽しみです」
「某も、カメの生態には興味があります。よい経験になりそうですね」
セラとヒオリさんも乗り気だ。
「師匠、わたしも見るから引き分けだよ?」
「俺が見せてやるのだ。だから俺の勝ち! いいな!」
「えー。ずるいー」
「ずるくない! それが師匠というものなのだ! わっはっはー!」
エミリーちゃんは、すでに見る前提だね。
「ボクもそれでいいよー。カメには興味ないけど、夜の世界にいるのは好きだし」
「砂浜での月光浴であるな。よいものなのである」
みんな賛成みたいだ。
はい。
…………。
……。
みんなー。
今夜はねー。
大切な、大会なんだけどもー。
みんな、忘れちゃったのかなー。
私は心の中で訴えるけど。
反応はなかった。
ここでね、私がね、今夜は大会だからそんなのはダメー。
なしー。
とか言ったら。
間違いなく確実にヒンシュクだよね。
うん。
私、わかるよ。
きっと、みんな、カメのことはあきらめて。
あきらめて大会に出てくれると思うけど。
…………。
……。
泣ける。
……それ、楽しくないよね。
あきらめよう。
◇
クウちゃんに元気がありません。
バーベキューをしてからというものの、なんだか様子が変です。
タコ焼きは大成功。
サザエや魚も美味しかったのに。
一体、どうしたのでしょう。
わたくし、セラフィーヌは、これでもクウちゃんとは長い付き合いです。
時間にすれば短いのかも知れませんが、それでもクウちゃんがこちらの世界に来てからずっとお友だちです。
なので気になります。
みんなは、特に何も感じていない様子です。
エミリーちゃんはキアードくんに連れられて波打ち際に遊びに行っています。
アンジェちゃんはヒオリさんから魔術の指導を受けています。
ゼノちゃんとフラウちゃんは食事に満足して気持ちよさそうに寝ています。
クウちゃんはメイドさんたちを手伝って、砂浜の隅の桟橋に停泊させてあるクルーザーに戻るところです。
バーベキューセットを片付けて野営の道具を取ってくるようです。
わたくしは1人で椅子に座っています。
ぽつん。
と、少し寂しくはありますが、クウちゃんの様子が気になるので、魔術の指導を受ける気にもなりません。
かといって、クウちゃんのところに行くのも、なんだか憚られて。
だって、理由がわからないですし……。
「どうぞ、セラフィーヌ様」
「ありがとう、シルエラ」
シルエラから冷たい水をもらって飲みます。
「ねえ、シルエラ……。クウちゃんの様子が変だと思いませんか……?」
「それはそうでしょう」
シルエラは当然のことのように言います。
「そうなのですか?」
「はい。今夜のご予定を思い出し下さい」
「えっと……。砂浜でカメの産卵を見る、ですよね……」
「本来の、です」
「本来……ですか……。あっ!」
思わず声を上げると、シルエラが黙ってうなずきます。
わたくし……。
とんでもないことをしてしまいました……。
急いでみんなに声をかけて、集まってもらいます。
「どうしたの、セラ?」
アンジェちゃんが首を傾げます。
みんなも同様です。
「みなさん……。わたくしたち、とんでもないことをしてしまいました……。
思い出して下さい……。
今夜は、クウちゃんがずっと楽しみにしていた……。
お笑い大会の予定だったんです……。
なのにわたくしたち、それをすっかり忘れて……」
「あー。そっかー」
アンジェさんが額に手を当ててうめきます。
「どーりで、なんかクウ、ガラにもなく元気ないから、タコ焼き作りに満足いかないところでもあったのかなーって思ってたけど。そっかー。そっちかー。ゴメン、私、完全に頭から抜け落ちてた」
「ん? それはなんのことなのだ?」
事情を知らないキアードくんにも、事情を説明します。
「……なるほど。それならそうと言えばいいのにな」
「それはわたくしたちが、すっかり忘れて喜んでしまっていたから……」
「クウちゃん、怒っちゃった……?」
エミリーちゃんが心配そうに聞いてきます。
「いいえ。クウちゃんは優しいから、あきらめてくれたんだと思います」
「そかー」
「……これは、なんとかしないといけないわね」
アンジェちゃんが腕組みして考えます。
「わたし、クウちゃんに謝らないと……。ねえ、セラちゃん、わたし、どうやって謝ればいいのかな……?」
「正直に言うしかないですよね……。わたくしも……」
「某もタコ焼きに感動して、すっかり失念していました……。不覚です……」
「タコ焼きは美味しかったのである。やむを得ないのである」
「ねえ、セラちゃん。クウちゃん、精霊界に帰ったりしないよね? わたしたちのそばにいてくれるよね?」
「大丈夫ですよ、エミリーちゃん」
不安がるエミリーちゃんの頭を撫ぜつつ、わたくしも不安を覚えます。
もうこれで会えないなんてことになったら悲しすぎます。
「ふふーん。なにみんな深刻になってるのさ。ボクにいいアイデアがあるよ。サプライズにしちゃえばいいのさ」
「サプライズ、ですか……?」
わたくしには、いまいちピンと来ませんでした。
「うん。知らないふりをしつつ、実は知っていましたー! ってね」
「なるほど! それね!」
「そうですね。いいかも知れません」
そうと決まれば作戦会議です。
幸いにもクウちゃんはクルーザーに戻ったので、しばらく帰ってきません。
かくなる上は。
わたくしも、恥など捨てて――。
最高のお笑いを。
準備しなくてはいけませんっ!
幸いにもわたくしには、秘密兵器があります。
ハラオドリ。
やってみせましょう!




