244 え。タコ? ちがうよね? タコかー!
「じゃあ、ちょっと見に行ってみようか。食べられそうな感じなら、足の一本でも取らせてもらおうかなー」
「……食べるのであるか?」
「うん。大切な具材だしね」
タコがなければタコ焼きは始まらない。
どうしても必要なのだ。
「ボク、嫌だよ! あんなの絶対に食べないからね! 許可をくれればボクが消滅させてくるからそれで終了でいいよ!」
ゼノが悲鳴を上げる。
「まあまあ。そう言わないで。美味しいよ?」
タコ焼きは絶品なのだ。
食べればわかる。
「……ゼノに許可はあげないのであるか?」
「あげません」
「そんなー!」
「安心して下さい。おいしく調理して食べてもらいます」
「だから嫌だって!」
「さあ、行こっか。フラウ、案内してもらっていい? ゼノも行くよ。タコは私が捕獲するから手出し無用だからね」
「わかったのである。クウちゃんにすべて任せるのである」
「もー。いつも勝手なんだからさー、クウはー」
「ゼノはいつもノリノリでしょー。ほら、今日もノリノリで行きますよー!」
「はいはい。もういいや」
ゼノがあきらめたところで、海の中に入った。
ざぶん。
おっと。
戦いになるかもだから、ソウルスロットを代えておく。
水中呼吸、小剣武技、白魔法。
これでよし。
食材にしたいから魔法で倒すのは駄目だ。
剣で斬ろう。
銛はアイテム欄にしまって、アストラル・ルーラーを手に持った。
白魔法のライトボールも照明に出しておく。
準備は万全!
フラウの先導で、私たちは海の底へと潜っていった。
やがて――。
太陽の光はほとんど届かなくなる。
アストラル・ルーラーの青い光とライトボールの白い光を頼りに進んでいく。
潜る内、嫌な気配を感じるようになってきた。
なにかがいる――。
今回は敵感知も魔法感知もないので、あくまで感覚的なものだっだけど、だからこそ警戒心は強まる。
そして私たちは、深い深い海底を見ることのできるところまで来た。
海底よりも暗い闇が、そこにはあった。
その闇からなにかが伸びている。
タコの足?
のようなものが、何本も――イソギンチャクの触手のように無数に伸びていた。
「タコじゃないよねこれ!? イソギンチャクだよね!?」
私が抗議すると、水中ではしゃべれないゼノが肩をすくめる。
「いや、ごめん……。
よく見ると、吸盤みたいなものが触手についてるね……。
ということはタコなのかな……。
これって、闇の中からタコが出てこようとしているの?」
たずねると、今度はゼノが眉を釣り上げて、ジェスチャーで抗議してくる。
「ああ、ごめんごめん。闇じゃなくて穢れた力だよね」
訂正すると、ゼノはうなずいた。
ふむ。
「最近、多いね……。帝都と同じだよね、これ……。誰かが、黒い泥みたいなのをここにもばら撒いたのかな?」
ゼノは肩をすくめる。
わからない、か。
こんな海底だし、自然発生したのかも知れないか。
見ていると、闇の一部が隆起していく。
なんだろう……。
目を凝らすと、隆起した闇が上下に割れてギョロリと眼球が現れた。
視線が合う。
一瞬、痺れるような痛みを感じた。
まるで電流のように、ほんのわずかな恐怖心も神経を貫いた。
魔眼だ。
麻痺や発狂といった負の効果を発生させたのだろう。
私には効かなかったけど――。
私はゼノとフラウを見た。
2人も平気なようだ。
しかし、グロい……。
これ、タコじゃないよね、やっぱり……。
イソギンチャクでもないよね、目があるし……。
なんかこっち見てるし……。
足だけは、タコみたいだけど……。
食べられるのかな……。
いや、うん。
さすがにアレを食べる気にはならないけど……。
ゼノがいつの間にか構えていたナイトメアサイズを素振りする。
「やっちまえってこと?」
たずねると、ゼノはウンウンとうなずく。
まあ、敵感知とか魔力感知をするまでもなく邪悪な存在だよね、これ。
前世の知識的に言うならば、邪神の落とし子、みたいな。
「オーケー」
やろう。
というか、やる。
こんなヤツは残しておけない。
残しておけばきっと、今夜、大事件が起きる。
わかるのだ。
そして、この旅のメインイベント――。
第3回シルエラさんを笑わそうの会がお流れになるのだ。
それだけは許容できない。
私は、やりたいのだ!
旅の夜!
お笑いの祭典を!
とはいえ、巨体すぎて斬るには無理がある。
近づくのも嫌だしね。
闇の中で遠目でもグロいんだから、近づいて細かく見たらそれこそ正気チェックに失敗して発狂しそうだ。
とはいえ、古代魔法でぶっ飛ばせば、たぶん津波が起きる。
ランウエルの景観を壊すような魔法は駄目だ。
もっと静かに処理しないと。
帝都でアンデッドどもを砂に変えた黒魔法のディスインテグレイト――対象を分解する――は、この大きさの敵には無理だ。
眼下の海底で蠢くタコの足と目玉のナニカは、明らかに竜より大きい。
と、なれば……。
うん。
いい方法を思いついた!
ソウルスロットを、水中呼吸、小剣武技、黒魔法に変更。
「ウィンドストーム」
レベル60黒魔法。
暴風。
「切り刻め!」
海中に発生させた凶暴な渦を、眼下のナニカにぶつける。
さあ、どうかな……。
激しく渦が容赦なくタコの足のような触手を巻き込んでは引き千切る。
ダメージを与えることはできるようだ。
ただ殲滅するには弱かった。
千切れた足が浮かんでくる。
千切れたのにウネウネと動いていて、かなり不気味だ。
間近で見ると気持ち悪くてギャーッとなりかけたけど、我慢してその内の一本をアイテム欄に入れた。
名前を確認してみる。
◇
ナスル・ナチャの足。
混沌の沼より呼び出された異形の一部。
食材。
タコと同じ食感と味を持つ。
◇
タコではないけど、タコなのかー。
食材なんだね、これ……。
信じられないけど、アイテム欄がそうだと言っているのだから、タコと同じように食べても問題はないのだろう。
タコが捕れなかったら、最悪、これでいいか……。
しかし、ナスル・ナチャ。
そして、混沌の沼。
初めて聞く言葉が2つも入っている。
忘れないように、陛下やバルターさんにも伝えないといけない。
私がそんなことをしている内、他の千切れた足はゼノとフラウが処分してくれた。
ナイトメアサイズで切り刻んでから、闇の力で包んで消し去っていた。
片付いてから合流する。
するとゼノがなにやらジェスチャーしてきた。




