24 閑話:冒険者カイルの後日談
俺の名はカイル。
ザニデアのダンジョン町で暮らす、一応は冒険者だ。
今日はやることもなく、町をうろついている。
町は賑やかだ。
ダンジョンで取れた魔石を積んだ荷馬車が、何台も町を出ていく。
それを取ってきたやつらは、きっと夜明けまで酒を飲んで、今ごろは気持ちよく寝ているのだろう。
俺は昨夜も気持ちが沈みすぎてロクに眠ることができなかった。
だけど眠いだけで、体に怪我はない。
家にはいたくなかったので、だから1人で町を歩いている。
何日か前に再起不能になるほどのダメージを受けたはずなのに、俺は元気だ。
自分でも信じられない。
妹のオリビアが必死に癒やしてくれたことは理解している。
そして皇女様も。
「……皇女様、か」
明るい空に向けて、俺はつぶやいた。
正直、雲の上の存在すぎて、皇女様とは一体どういう存在なのか、いくら考えてもまるで理解できない。
俺より年下の、青空そのもののような髪をきらめかせる、人形よりも整った可愛らしい顔立ちの、幻想的なガキだった。
ガキ、なんて口に出したら、俺は処刑されるだろうけど。
ダデルさんにも、絶対に皇女様のことを悪く言うなと強い口調で言われた。
そんなことは俺にもわかっている。
でも、俺を蹴り飛ばして半殺しにしたのは、どう考えても、何度思い出してみてもあのガキで間違いない。
ただ同時に、よく思い出してみれば、ダンジョンで俺を助けてくれていたのも、あのガキなんだろう。
……ガキはやめとくか。
間違えて口に出したら俺はおわるし。
皇女様だな。
そして二度、俺を光の魔術で癒やしてくれたのは、間違いなく皇女様だ。
あの神聖な白い光は、思い起こす度に印象が強くなる。
一度目はプライドを傷つけられた怒りで、白い光の温もりを感じるより自分の怒りを優先してしまったけど。
二度目の時は、全身に広がる春の陽射しのような温もりを、しっかりと感じた。
あれはオリビアの水の魔術とは、まったく違うものだ。
光の魔術。
聖女様だけが使えるという奇跡の御業。
今の世界ではたった1人、聖国のユイ様しか使えないと言われていたけど。
俺は身を以て、それを体験した。
今、ザニデアのダンジョン町では、その話題で持ちきりだ。
歩いているだけでも噂話が聞こえてくる。
俺が癒やされる場面は、ダデルさんだけではなく他の兵士たちも見ていた。
それに、皇女様が出したというペンダントも、ダデルさんだけではなく他の兵士たちも確かに見たという。
光の魔術については、眉唾だろうと疑う者もいる。
何かすごい魔道具だったんじゃないのか、と。
だけど皇女様が偽物だとは誰も思っていない。
俺もそうだ。
貴族への成りすましは大罪だ。
その罪は家族にまで及ぶ。
まして皇女様に成りすましなんてしたら、果たしてどうなるのか。
考えただけで恐ろしい。
そもそも貴族の紋章は魔術印で、勝手に描けば呪いで死ぬし、持つだけでも呪いがかかるという話だ。
成りすませるわけがない。
あれはセラフィーヌ様に違いないと、みんな言っている。
セラフィーヌ・エルド・グレイア・バスティール。
帝国の第二皇女様。
今年で11歳になるらしい。
未だ公の場に姿を見せることのない深窓の姫君。
病弱で外に出ることができないのだという噂もあったけど。
実は変装して帝国の各地を巡り、その光の力を以て、民を救済されている――。
最近は、そんな噂も囁かれている。
俺とは別世界に住んでいる人間だ。
「……いいよなぁ」
羨ましい。
きっと、お金にも将来にも不安なんてなく生きているんだろう。
それに力にも困っていない。
妹のオリビアは、今日も水魔術師として働いている。
俺たちは母親を幼い頃に亡くした。
俺たちを育ててくれた父親も、3年前にゴブリンに襲われて死んだ。
俺たちが今も普通に暮らせているのは、ひとえにオリビアが水魔術師として毎日休まずに働いているからだ。
オリビアには人望もある。
これまでに多くの兵士や冒険者を救って感謝されている。
俺が今までパーティーを組んでこれたのも、オリビアの人望があればこそだ。
……わかっている。
俺は今まで、まともに剣の訓練をしてこなかった。
将来は冒険者になるといいつつ、毎日、適当に暮らしていた。
なぜなら、それでも生きていけたから。
今も生きていけている。
オリビアにおんぶにだっこで。
俺の武器や防具も、全部、オリビアの稼いだ金で買った。
「俺……。クソだよなぁ……」
だからこそ。
俺には一攫千金が必要だった。
今までのすべてを全部ひっくり返す成功がほしかった。
「これからどうしようなぁ……」
だけど俺は、11歳の皇女様に守られて、半殺しにされて、癒やされて、こうして町を歩いているだけの男だ。
今からでも剣の訓練をすれば。
死んだ気になれば。
そうも考えるけど、体はまったく動かない。
本当はわかっている。
俺には、無理だって。
死ぬ気で頑張る気合もないんだって。
「おい、どうしたカイル」
ぼんやり歩いていると声をかけられた。
ダンジョンでドロップしたリザードの肉を、安価で買い取っては焼いて売っている知り合いのおっさんだ。
「おまえ、皇女様に光の魔術で助けられたんだってな? そんな幸運に巡り会えたのにシケた面してるんじゃねえぞ」
「……うるせぇな。俺のことはほっとけよ」
そう言いつつも俺は、おっさんから肉串を買った。
オリビアの金で。
「それでおまえ、これからどうする気だ? いつまでもオリビアちゃんに心配かけさせるんじゃねえぞ」
もう何回も聞いたセリフ。
オリビア。
オリビア。
だけど今は、反発する気力もない。
「……なあ、おっさん。俺、どうしたらいいと思う?」
「……おい、どうした今日は?」
「俺だって考えてるんだよ。……なあ、俺にもできる商売とかねえかな?」
「おまえそれ、本気で言ってるのか?」
「多分な……」
断言はできない。
だけど、このままではダメだとはわかっている。
「なあ、なにかあれば教えてくれ」
「そうだなぁ……。それならおまえの親父の跡を継いだらどうだ?」
「行商か?」
この町で言う行商とは、ダンジョンのドロップ品を他の町に、少人数で歩いて売りに行く仕事のことだ。
ダンジョンのドロップ品には素材から武具まで様々なものがあるけど、その大半は魔石より価値が低い。
なので商隊で取り扱われることは、ほとんどない。
ドロップ品を担いで他の町に持っていけば、大儲けとまではいかなくても家族を最低限に養えるだけの収入は得られる。
「おうよ。危険な仕事だが、ダンジョン経験のある冒険者なら、野外の魔物なんてたいしたことねぇだろ?」
おまえも一応、生き残ってるからな。
とおっさんに笑って言われた。
いつもならバカにするなと怒るところだけど、今の俺にそんな気力はない。
「本気でやるなら、俺が商会に口を利いてやるぞ」
「頼む」
「言っとくが、契約したら、やっぱやめるなんて簡単には言えねえからな?」
「わかってるよ」
親父だってそうだった。
体調が悪かったのに無理をして出かけて、やられた。
「なら祝いだ。ほらもう一本、串をくれてやる。皇女様が美味しいと言って何本も買ってくれた串だ。食えば間違いなくおまえを導いてくれる」
俺は初めての仕事についた。
最初の仕事は城郭都市アーレへの行商だった。
背中いっぱいに荷物を積んで、4人の同僚と一緒に旅立つ。
オリビアには心配されたけど、任せろと笑っておいた。
間違いなく、ダンジョンよりは安全だ。
仕事は無事に果たせた。
俺たちが運んだ魔物の牙は、素材としての実用性は低いものの、他では手に入らない希少な品ということで、満足できる値段で引き取ってもらえた。
俺たちはアーレの裏通りにある安酒場で祝杯を上げた。
酒場では、町のおっさんたちとも一緒に飲んだ。
俺が皇女様に助けられた話をしてやると、おっさんの1人がこの町でも皇女様を見たかも知れないと言った。
貧民街で、ドレス姿の女の子を担いでゴロツキから逃げていたのだと言う。
その後、ゴロツキどもは、トボトボと帰ってきたらしい。
皇女様に間違いない。
どこかに誘い込んで退治したのだ。
皇女様には、ダンジョンを自由に動き回れるだけの戦闘力がある。
ゴロツキなんて敵じゃない。
俺はおっさんに、それは皇女様だと断言してやった。
皇女様は変装して旅して困った人を助けているのだ。
正直、カッコいい、羨ましい生き方だ。
俺にもそんな力があればなぁとは思うけど、ないものねだりをしてもしょうがない。
よくも悪くも俺は俺だ。
今は酒を飲もう。
安酒だけど、自分で稼いで飲む酒は、本当に美味かった。
酒を飲んで騒ぎつつ、俺は決めた。
俺はこれから、いろいろな町に行くことになる。
その先々で皇女様の伝説を集めよう。
そして、広めよう。
世話になった恩返しだ。
俺にできることはそれくらいしかないけど、それは俺にもできることだ。
自分にできることをしていく。
それはとても大切なことなのだと俺は思うようになった。
こうして俺は、新しい生活を始めた。




