238 伝承
馬車に乗って坂道を上っていく。
馬車の中には5人がいた。
横に並んで、私とセラとシルエラさん。
対面に、少年領主のキアードくんとメイドのティセさん。
しばらくは無言の時間が続いた。
キアードくんがムスッとそっぽを向いていたからだ。
でも、ちらちらとこちらを気にもしてくるから、うん、こっちとしても対応に困るところだった。
たまに目が合うと、慌てて逸らされるし。
「ご領主様、いつまでもいじけていないで、きちんと会話をして下さい。ご領主様から話しかけるものですよ」
「どうして俺が」
「どうしてもこうしてもありません。それが礼儀です」
メイドのティセさんに促されて、嫌々そうにしゃべりかけてくる。
「……それで、おまえらはなんでまた、こんな南の隅に来たんだ?」
「観光で来ました」
セラが笑顔で答える。
「せめて殿下とお呼び下さい、ご領主様」
「……それで、殿下はなんでまた、こんな南の隅に来たんだ?」
キアードくん、なんだかんだ言いつつ素直だ。
言われた通りに言い直したよ。
「ここは海が綺麗だと聞きましたので」
「ま、海は綺麗だな。特にこの時期は、昼も夜も、波の間に宝石が挟まっているみたいにキラキラだしな」
「はい。そうですね、素敵でした。町で食べた海の幸も美味しかったです」
「そうだろうそうだろっ! なんといっても捕れたてだからな! 俺もよく食べるがイカの丸焼きが特にいいぞ! オススメだ!」
「へえ。そうなんですか。町に戻ったら探して食べてみますね」
「安心しろ。今夜出してやる。ティセ、頼むぞ」
「はい。畏まりました、ご領主様」
海と食べ物を褒められて、キアードくんは上機嫌だ。
なんて単純な。
でも、土地は愛しているんだね。
それは伝わってくる。
「……なあ、ところでさ。……おまえ、クウとか言ったな」
「なにー?」
「おまえ、さ」
「なによー?」
「おまえ、まさかとは思うが――。カメ様の仲間なのか?」
「え」
いきなり何故、その名前が出てくるの?
カメ。
カメの子。
仲間。
ナオとユイとエリカ。
それは……事実だ。
「……な、なんで、私がカメの子の仲間だと?」
一体、どこでその情報を。
キアードくん、実は竜と知り合いだったとか……?
まさか。
何か見える系男子とか……?
「やっぱりそうなのか!? おまえのその青い髪! 絵に描かれたカメ様と同じ色だから気になっていたんだ!」
よかった。
どうやらナオたちは関係ないみたいだ。
「そうか! だから来たのか! なるほど! そういうことなのか!」
「えっと。詳しく教えてくれると嬉しいんだけど」
1人で納得されても、わけがわからないよ?
「あの、クウちゃん。クウちゃんはカメ様? カメの子? の仲間なんですか? いったいそれはどういう……」
ほらセラもぽかんとしている。
「カメ様は、この地の架空の守り神でございます」
「……架空、なんですか?」
セラがさらに首を傾げる。
「はい。夏夜に浮かれて外に出ようとする幼い頃のご領主様に、先代様が語った作り話がそもそもの始まりです」
カメ様って、町で屋台のお兄さんが言っていた話と同じなのだろうか。
確かめてみると、同じだった。
タコの魔物が暴れていて。
カメ様がそれを倒してくれて。
タコの魔石をランウエルの砂浜に隠して。
この時期になるとタコの魔石を求めてオバケが徘徊する、という。
「ねえ、それで、カメ様って私と同じ髪の色なの? 絵があるの?」
屋台のお兄さんは、カメ様の姿はわからないって言っていたけど。
「ああ。父上が描いてくれたんだ! 俺の部屋に飾ってあるから、後でおまえらには特別に見せてやる! すげーぞ!」
「すごいんだ」
どんなのだろうか。
想像がつかない。
「あくまで架空のお話ですので。本気になさらぬよう」
ティセさんが訂正してくる。
「でも、ランウエルの砂浜は、そのお話のせいで閉鎖したんだよね?」
「俺が命じた! 領主としての初仕事だな!」
「初というか、ご領主様は他に何もしておりませんよね? すべて叔父のラモン様に丸投げをして」
「父上の代から難しいことは叔父上の仕事だろ? 俺が横取りしてどうする。俺は当主として堂々としていればいいんだよ」
「そのラモン様からは、砂浜の閉鎖を反対されておりましたが?」
「夏の重要な観光資源ってんだろ。金なんてどうでもいいよ」
「それで、オバケが出るから閉鎖したの?」
「ああ。そうさ」
「ご領主様、殿下に嘘はいけません。本当のことを言われた方がよいかと」
「まあ、いいか。秘密だからな? あの砂浜を閉鎖したのは、実はあそこにカメが来ていたからなんだよ」
「カメが来ていた……?」
ふむ。
ナオとユイが手を取り合って海の上を歩いてくるのかな。
「おうよ。だから、オバケが出るってことにして閉鎖したんだ」
「カメが来ると、何かあるの?」
「何いってんだ、おまえ。だからおまえも来たんだろ?」
「私?」
「おう。カメ様の仲間なんだろ? ふふっ! 俺、カメ様に気に入られたか!? 俺を褒めるためにおまえは来たんだろ? なあ、カメ様から俺に、何か伝言とかは無いのかおまえは立派なことをしたとか!」
「ご領主様、残念ですがカメ様は実在の人物や団体ではございません」
「いるって! カメ様はいる! 俺にはわかるんだ。父上が言っていたんだぞ! だから絶対に本当のことなんだ! なあ、そうだろ?」
キアードくんが私に同意を求めてくる。
「私に聞かれても知らないよ」
私は肩をすくめた。
「仲間だろ!」
「えっと、ティセさん……。わけがわからないんですけど、つまりはどういうことなんですか?」
キアードくんでは埒が明かないので、ティセさんに聞いてみた。
「海亀が砂浜で産卵をしているのです。その保護のためです」
「なるほど」
よくわかりました。
「まあ、そういうことだ。俺は優しい男だからな。ランウエルは名所だし、観光客がよく行くんだよ。それで観光客が面白半分に卵を掘り返してな。さすがに知った以上、それを見て見ぬ振りはできないだろ」
「だねー」
「だから閉鎖したんだ。姫様も、海亀が来ることは秘密だからな?」
「はい。わかりました。キアードくんは偉いのですね」
同意を求められて、セラが素直に褒め称える。
「聞いたかティセ! 姫様まで俺を褒めてくれたぞ!」
「おめでとうございます、ご領主様」
「おうよ!」
町の人たちは、多分、海亀のことを知っているんだね。
公然の秘密というやつだろう。
屋台のお兄さんや海亀団の人たちの反応も、それで納得できるし。
て、いうか。
思い出した。
そういえば勝手に海亀団なんて名前をつけたんだった。
そのことをキアードくんに言うと、
「海亀団! いいじゃねーか! カッコいい! それ、公式! 決定! 俺の軍隊は今日から海亀団だ!」
よかった。
気に入ってくれたみたいだ。
 




