235 姫様の試練
私たちは、あっという間に海賊っぽい衛兵さんたちに囲まれた。
確認のために敵感知をセットしてみる。
ふむ。
反応、アリ。
思いっきり敵対しているわけか。
まあ、うん。
そりゃ、敵対するか。
何しろ昨日、ヒールしたとは言え、ブチのめしたわけだし。
傷は癒えても事実が消えるわけではない。
残念ながら、夢オチにはならなかったみたいだ。
「えっと、確認なんだけど……。みなさんって、この町の衛兵なんだよね?」
「あたりめぇだ! てめぇら、昨日はよくもやってくれたな! 広場で怪しげな魔道具を使いやがって!」
「魔道具?」
「昨日、俺らを幻惑に嵌めやがっただろうが! ガキだからって許されることじゃねえぞわかってるのか、おい!」
「あー、なるほどー」
そういうことになっているのか。
「どこの金持ちのガキだか知らねぇが、町で危険な魔道具を使うなんて、遊びで許されることじゃねえからな!」
「牢屋にブチ込んでやるから泣いて反省しやがれ!」
さて。
どうしたものか。
この件はキッチリと片を付ける必要がある。
でないと明日の夜のお笑い祭りは、きっとお流れになってしまう。
さあ、出番だぞ、私の頭脳。
叡智のかたまりたる証明を今こそ見せる時だ。
「さあ、大人しくしろ!」
「おっと」
「ぐはっ!」
あ。
しまったぁぁぁ!
ついうっかり、近づいてきた1人を蹴り飛ばしてしまったぁぁぁ!
「気をつけろ! また幻惑だ!」
「幻惑には痛みが効く! おめぇら! プランXだ!」
「おう!」
「わかったぜ!」
海賊っぽい人たちが一斉に自分で自分の顔を殴り始めた。
べきっ!
ばきっ!
なんかすごい音がするんだけど……。
「へへ……。どうだい? これだけの痛みがあれば幻惑なんぞ効かんぞ……」
うわ。
口から血を流しながら1人が近づいてくる。
ごめん、気持ち悪かったので思わず蹴っちゃった。
「ぐほう……」
ぶっ倒してしまった……。
「バカな! プランXが効かねえだと!」
「違う、痛みが足りんのだ! もっと殴れ自分を!」
「おう!」
「クウちゃん……」
セラの困った声がうしろから聞こえた。
うん。
ごめんね?
「ねえ、クウ。今回は私もやっていい? 魔法は使わないからさ。風の身体強化でどこまでやれるか試したいの」
「アンジェちゃんがやるなら私もやりますっ! クウちゃん、木剣を下さい!」
「わたしは見ているね」
「んじゃ、ボクもやろうかなー? 少しは遊べるしさ」
「うむ。獣人はタフだから、少しくらい遊んでも死なないのであるな」
「あの、みなさん、相手はこれでも衛兵なので穏便にですね……」
「ヒオリさん、大丈夫。任せて」
わたわたするヒオリさんの肩に優しく触れて、私は海賊っぽい連中に向き直った。
「へへ……。今度こそ、幻惑なんて効かねえからなぁ?」
顔殴りの時間はおわったようだ。
私たちを拘束すべく、じわじわと包囲を狭めてくる。
「はい、セラ」
セラに木剣を渡した。
あわせて、みんなに魔力装甲と魔力障壁を張る。
「セラは今回、身体強化なしでやってみようか。肉体への魔力浸透はそれなりに進んでいるはずだし、善戦はできると思うよ」
「――はい。やってみせます」
「アンジェは自力でいいんだよね?」
「ええ。――身体強化」
アンジェが自分自身に魔法をかける。
成功のようだ。
アンジェの体が、一瞬、風の魔力を示す緑色の光に包まれた。
「はい。アンジェ」
アンジェにも木剣を渡した。
「ありがとう、クウ。剣は素人だけど、とにかく速さで翻弄してやるわ」
「よーし! みんな、やっちまえー!」
「て、店長!?」
「大丈夫! 私にはいい考えがある!」
私の号令に合わせて、セラとアンジェとゼノとフラウが敵に飛び込む。
乱戦が始まった。
ゼノとフラウは放っておいて平気だね。
この2人は、本気になれば町ごと破壊できるだろうし。
私はセラとアンジェに注目した。
何かあれば即座に白魔法を飛ばせるように準備は万全にしておく。
「な、なんだこのガキども! 強すぎだろ!」
「幻惑だ! 惑わされるな! 痛みを感じて正気を保つんだ!」
「お、おうっ!」
ふむ。
海賊っぽい連中は、敵感知が反応していても、やっぱり衛兵なんだね。
セラたちに剣や斧を向けることはなかった。
あくまでも捕まえようとしてくる。
セラとアンジェは奮闘した。
セラは相手の動きをよく見て、正確な一撃を次々に当てていく。
アンジェは速い。
宣言した通りに完全に相手を翻弄している。
2人とも成長したものだ。
とはいえ、相手を倒すには至っていない。
セラも攻撃が軽い。
このまま戦えば、やがて体力負けしてセラとアンジェは捕まるだろう。
……そろそろかな。
しばらく様子を見て、セラとアンジェの動きが鈍ってきたところで、空に向かって黒魔法のライトニングボルトを放つ。
その光と轟音で、全員の動きを止めた。
さて。
みんなの注目が集まったところで。
「そこまで!」
私はできるだけ大きく声を上げた。
「皆の者、これを見よ!」
みんなに見えるように、なるべく高く、帝国印のペンダントを掲げた。
セラを手招きで呼び寄せる。
息も絶え絶えのセラが私の横に来たところで、宣言する。
「こちらにおわす御方こそ!
かの物語に名高きバスティール帝国第二皇女!
セラフィーヌ・エルド・グレイア・バスティール殿下であらせられる!
者共、頭が高い!
控えおろう!」
「……あの、クウちゃん。……これは」
「任せて」
「は、はい……」
場が静まり返った。
誰もが戸惑っていたけど、やがて私の掲げたペンダント――。
そこに描かれた紋章が本物であることを理解する。
「は、ははー!」
野次馬をしていた市民のみなさんも合わせて、みんなが平服した。
敵感知の反応も消えた。
私は満足げにうなずいてから告げる。
「リゼントの町の衛兵たちよ!
よくぞ姫様の試練を乗り越えた!
姫様は懸念されていたのだ。
他国と海を挟んだこの地こそ、まさに帝国の前線!
その前線に立つ諸君らの、練度と士気を!
しかし、諸君らは見事に、その姫様の懸念を払拭させた!
見事である!」
ここでエリアヒール。
みんなを回復させる。
「おお、傷が……」
「治った……? これは幻惑ではないのか?」
「幻惑ではない! これは褒美である!」
おおお……っ!
衛兵さんたちが感動してくれる。
「あの、クウちゃん……」
「任せて」
「は、はい……」
戸惑うセラには、とりあえず立っていてもらおう。
「勇敢な兵士たちよ!
姫様に勝てなかったことを恥じる必要はない!
何故なら姫様は、かの世直し旅の主人公!
強いのは当たり前なのだ!
何故ならば!
姫様には精霊の加護があるからだ!」
せ、精霊の加護だってよ……。
そんなバカな……。
でも今の癒やしは……。
衛兵さんたちが顔を見合わせる。
「諸君らリゼントの衛兵には――」
どうしようか。
「ウミガメの称号を、この私、クウちゃんさまが贈ろう!
これより諸君らは海賊っぽい衛兵さんとかの呼び名ではなく!
海亀団と名乗るがよい!」
…………。
……。
なぜ。
私
カメと……。
はい。
あまりに印象深い単語で、つい。
やっちまったぁぁぁぁぁ!
衛兵さんたちがささやく。
海亀団……。
海亀団だってよ……。
俺らの名前か……?
ああ、みたいだな……。
私はドキドキしながらその様子を見ていた。
私の勘が正しければ、武士が新しい名前をもらうみたいな、そういうノリが大好きな人たちのはずだ。
きっと状況なんて忘れて盛り上がってくれるはず……。
と思って。
カッコいい名前をつけてあげようと思ったんだけど。
よりにもよってカメにしてしまった。
もうダメだおしまいだ……。
いや、でも。
カメ様的に、ワンチャンあるかも知れない。
見守るしかない……。
果たして……。
私のこの作戦、通るだろうか……。
一応、称号は私が贈ったとさらりと宣言した。
大丈夫……。
通らなくても逃げ道はあるのだ……。
少なくともセラのせいにはならない……。
次の瞬間、
おおおおおおおおおおお!
と歓声が上がった。
え。
まさか。
私も心の中で歓喜した。
通ったのかぁぁぁぁぁぁぁぁ!
海亀団!
海亀団!
大喜びで連呼してくれている。
よかった。
奇跡!
奇跡が起きた!
「ふう」
私はほっと息をついた。
これでなんとか騒動はうやむやにできたかな。
よかったよかった。
あとは撤収して、楽しい夜の時間を過ごすだけだね。
お腹も空いたし。
でも。
残念ながらそうはならなかった。
「道を空けろ!」
――と、通りの向こうから大きな声が響く。
見れば、騎士の先導で、一台の馬車がこちらに向かってきていた。
「道を空けろ! ご領主様のお越しである!」
その言葉に驚いた衛兵と市民が一斉に道の隅に退いた。
どうやら。
騒動はまだ続きそうだった。




