231 優しい夜と面倒な朝
コント祭りをしようと言ったら、そういう雰囲気ではないと嫌がられた。
一発芸を披露したら、くすっとセラが笑ってくれた。
ふ。
今夜はこれくらいで勘弁してやろう!
ということで。
なかなか芸大会のチャンスを見出せない私は精霊のクウです。
でも、旅の間に一度はやる!
やってみせる!
明日は早めに宿を取って、じっくりと落ち着こう。
そうすればできるはずだ。
今夜は、ランウエルの砂浜で――。
エミリーちゃんが作ってくれたキャンプファイヤーの火を見つめながら。
たまに夜空を見上げたり。
たまに優しい潮風に身を委ねてみたり。
静かに過ごそう。
ヒオリさんとゼノとフラウはたっぷり焼き肉を食べた後、砂浜の上に敷いたシートの上でごろんと寝転がった。
寝てはいないようで、時折、会話に入ってくる。
シルエラさんは火の番をしている。
エミリーちゃんに教えてもらって、すっかり覚えたようだ。
有能だ。
エミリーちゃんは私にくっついて寝ている。
すやすやと気持ちよさそうだ。
シートの上に座っているのは、私とセラとアンジェ。
ぽつぽつと会話をしていた。
「なんか、テントいらないね。このまま砂浜で寝ても平気そう」
私は静かに笑う。
空気は暖かいし。
「虫もいなさそうだしね。思い出すなー。クウがいきなり私の家の庭で寝ていて。起こすなり、虫、虫、って騒いで」
アンジェも笑う。
「あー。あったねー。なつかしい」
「なつかしいってほど昔のことじゃないけどねー。と言いつつ、実は私もすごい昔のことにも感じてるけどさー」
「それってクウちゃんが、鉱物を取りに行く旅の途中のお話ですよね」
「うん。そう。家をもらう前だねー」
「わたくしも、あの頃には想像もしていませんでした。帝都を出て、こんなにも遠くに来てしまうなんて」
「昔に感じる?」
「昨日のことのようですが……。遠い昔にも感じます」
「おんなじね」
アンジェがそう言って、3人で笑った。
「そうだ! ねえ、クウ、セラ!」
アンジェが跳ねるように身を起こして、私とセラの前に立つ。
「私の魔法、見せてあげる! セラのすごいところはパーティーで見たけど、私のすごいところはまだよね! そういえば!」
「ぜひ見たいですっ!」
「みんな、頑張ってるんだねー。期待していいの?」
「もちろん!」
ちょっと煽ってみたものの、努力家なアンジェのことだ。
きっと、できるようになっているよね。
結果は予想通りというか、予想以上。
風の魔力で身体強化して、なんと10メートルくらい真上に跳び上がった。
着地するや否やヒュンと一気に50メートル先までダッシュ。
元の世界ならオリンピックで金メダルも楽勝だ。
その後は夜空に向けて得意のファイヤーアローを10連発。
「……ふぅ。限界ぃぃ」
そこで魔力が尽きたようで砂の上にへたり込んだ。
「すごかったです! 高かったですよ! 速かったですよ! 火の矢もあんなにも連発できるなんて! わたくし、感動してしまいました!」
「お疲れ様。はい、リフレッシュ」
魔力回復の魔法をかけてあげた。
指輪の回復効果もあるし、すぐに楽になるだろう。
「……ありがとう、セラ。
ねえ、クウ。
私、どうだった?」
「うん。すごかったよ。セラにも負けてなかったよ」
「……よかった。……負けてらんないしね」
満足げな表情を浮かべて、アンジェがシートの上で仰向けになって寝転ぶ。
「夜空、本当に綺麗ねえ……」
アンジェがそうつぶやくので、私とセラも寝転んで夜空を眺めた。
「本当ですね……」
「うん……。キラキラ瞬いてるねえ……」
浜辺の夜は静かに過ぎていった。
潮風が優しい。
星と月の光が優しい。
波の音も優しい。
いつの間にかヒオリさんたちも寝息を立てている。
この夜、私たちは砂浜に敷いたシートの上で、そのまま寝た。
…………。
……。
そして。
翌朝。
「おいっ! このクソガキども! 起きやがれ!」
男の人の怒鳴り声で私は目を覚ました。
見れば私たちのまわりには、まるで海賊のような風体の、いかにもガラの悪い大柄な男たちが5人もいた。
「……えっと。なに?」
寝ぼけ眼をこすって私はたずねた。
「ここはご領主様の私有地だ! 今は立入禁止だぞ! テメェら、どこから柵を乗り越えて砂浜にまで入ってきやがった!」
「はぁ。知らないし」
「なんだと! クソガキどもが! ぶっ殺されてぇのか!」
「やれるもんならやってみろってーの」
朝からめんどくさ。
まわりを見れば、もうみんな起きている。
「ねえ、クウちゃん。わたしたち、どうすればいいのかな?」
エミリーちゃんが不安そうに、私にくっついてくる。
セラとアンジェも不安げだ。
「うっさいなー。ボク、朝は苦手なんだよ」
「お腹が空いたのである」
ゼノとフラウは呑気にアクビをしている。
シルエラさんは静かに座っているけど、静かすぎて逆に怖い雰囲気だ。
ヒオリさんは座ったまま私にすり寄ると耳元に囁いてくる。
「……店長。……どうか穏便に」
「わかってるてばー」
私は身を起こすと、正面にいた髭面の大男を睨みつけた。
「で、なに?」
「テメェら、どこのガキだ? 見ねえ顔だが」
「帝都からの観光客」
「親は?」
「いませんけど」
「正直に言え」
「だーかーらー、いないってばー。私たちだけで遊びに来たのー」
「まあいい。ガキ共、一緒に来てもらうぞ。――おい」
「ほら立て!」
まわりにいた大男の1人がゼノの腕をつかもうとした。
その手をするりと躱してゼノは自分で立ち上がる。
「ねえ、クウ。こいつらどうする?」
「どうしようかぁ」
「あの、クウちゃん……。昨日のこともありますし、ここは、ついていく方がよいと思うのですけれど……」
まあ、セラがそう言うなら、そうしようか。
ヒオリさんも賛成みたいだし。
暴力を振るわれたら問答無用だけど、今のところは大丈夫だし。
「ね、ねえ……。アンタたちって、この町の衛兵なの?」
怯えつつもアンジェがたずねた。
「はぁ? 衛兵だぁ?」
「ああ、そうだよ。俺達がこのあたりを平和にしてやってるんだ」
「だから大人しくしてな」
「逆らうと、誘拐して売っちゃうぞー」
「ひゃははは!」
ゲスな笑い方といい、粗暴な態度といい、とても衛兵には見えないけど、昨日の話ではまさに衛兵なのかも知れない。
他所から来た人間には海賊と区別がつかないって話だったし。
昨日、町にいたのもこんな連中だったし。
こうして私たちは、テントの撤収もできないまま、ガラの悪い大男に囲まれて、どこかへと連れて行かれた。




