224 和解の夜、告白の朝
パーティー会場でおしゃべりしていると先程の少年テオルドがやってきた。
「少しいいだろうか」
話しかけてくる相手はエミリーちゃんだ。
無言で前に出ようとするメイヴィスさんを私は手で制した。
まずは様子を見てみよう。
そばにはセラもいる。
さすがに物騒なことにはならないはずだ。
ちなみにヒオリさんとゼノとフラウはそばにいない。
まだ食べている。
どれだけ食べるんだろう……。
「……なに?」
エミリーちゃんが警戒した顔で応対する。
するとテオルドが頭を下げた。
「先程は失礼した。謝罪する」
「わたし?」
エミリーちゃんがキョトンとする。
それに対して、テオルドは不満げに眉をひそめた。
「他に誰がいる」
「だって、わたし、関係ないよ?」
「どういう意味だ……?」
「だって喧嘩とかしてないよね?」
「しただろう、先程」
「え?」
テオルドの言う通り、していた気はするけど。
エミリーちゃんはますます不思議そうな顔を浮かべた。
「え、ではない! ……失礼した」
「テオルドくん。わたし、わけがわからないよ?」
「人の名を馴れ馴れしく――」
「あれ? ちがったの? そう呼ばれていた気がしたけど、ごめんね、テオルドくんじゃなかったかな?」
「……合ってはいる」
「……ねえ、クウ。止めなくていいの?」
アンジェがハラハラした様子で、私にささやきかけてくる。
「……いいんじゃない? 楽しそうだし?」
「……またお気楽な」
だって、面白いよね、実際。
「それで、なに?」
あらためてエミリーちゃんがテオルドにたずねる。
「だから俺は謝罪に来たのだ。おまえは一言、許すと言えばいい」
「わたし、知ってるよ?」
「なにがだ」
「謝るなら、喧嘩した相手だよね?」
「だから今――」
「はい」
おもむろにエミリーちゃんがテオルドの手を握った。
「な、なにを」
テオルド、年下の女の子に触られただけで思いっきり照れてやんの。
「こっちだよ。わたしも探してあげる」
「お、おいっ!」
「わたし、嬉しい」
「だから何だ――」
あ。
エミリーちゃんの花が咲いたような笑顔に、テオルド、さらに照れてやんの。
耳まで赤くなった。
「だって意地悪をやめて、仲良くしたいんだよね。それならわたしも、テオルドくんと仲良くするね。行こうっ」
テオルドを引き連れて、エミリーちゃんは行ってしまった。
「……行っちゃったわね。大丈夫なのかしら」
アンジェが心配そうに見送る。
「いいんじゃなーい? なんか青春ぽかったし」
「青春ぽいって……。相手は貴族よ……。身分が違うってば……」
「心配は不要ですよ、アンジェリカ。こうしてわたくしたちが見ていたのです。何かあればテオルドに責任を取らせればよいのです」
「メイヴィス様まで、そんなお気楽な……」
「貴女も気楽にしなさい。さあ、何か食べに行きますよ」
「は、はいっ!」
メイヴィスさんに誘われて、アンジェはフードコーナーに行った。
まあ、私もエミリーちゃんのことは心配していなかった。
あの様子なら大丈夫だろう。
エミリーちゃんが完全に主導権を握っていたし。
「セラ、私たちも食べる?」
さっきからぼんやりしているセラに私はしゃべりかけた。
「セラ?」
「あ、はいっ! クウちゃん、こんばんは!」
「どうしたの?」
「あ、いえ……。ちょっと……」
どうしたんだろう。
顔を覗き込むと、照れ笑いされた。
「実は、戦いの余韻が消えていなくって。わたくし、あんなに戦えたんだなぁとしみじみ思い出していました」
「うん。真面目な話、すごかった。強化魔法に振り回されることなく、しっかり動くことができていたよね」
「わたくし、これからも精一杯に精進して、将来は1人でもあそこまでやれるようになりたいと思います!」
「がんばれー」
「はいっ!」
「というわけで、なんか食べにいこっか?」
「はいっ!」
みんな遠慮してくれているのだろう。
セラに声がかかることもなく、楽しく食べることができた。
お腹が膨れたタイミングを見計らって、メイドさんがセラを呼びに来る。
ローゼントさんと共に、再び参加者とのおしゃべりタイムのようだ。
私は元の場所に戻った。
すると、エミリーちゃんが1人で戻ってくる。
「おかえりー」
「ただいまー、クウちゃん」
エミリーちゃんは笑顔だ。
「どうだった?」
「うん。テオルドくんとロミくんね、仲直りできたよー。よかったー」
「そかー」
えらいえらい。
頭を撫でてあげた。
こうしてローゼントさんのパーティーはおわった。
ちなみにオダンさんは、急の仕事を受けてウェルダンと一緒に途中でパーティー会場を抜け出したそうだ。
エミリーちゃんとは会えたものの、ほんの数分でお別れしたようだ。
エミリーちゃんはお父さんの仕事が勝負の時だと理解していて、聞き分けよくお父さんの応援をしていた。
エミリーちゃんは、よくできた子だ。
性格よし、器量よし、魔術の才能あり、努力家で人を思いやれる。
おまけに可愛い。
うん。
いいお嫁さんになれそうだ!
と、
そう思ったのは、私だけではないようだった――。
翌朝。
まだ夜明け前の時間。
私たちはローゼントさんやメイヴィスさん、それにメイヴィスさんのご両親に見送られてお屋敷を出ようとしていた。
来た時のようなパレードはしない。
こっそりと出立だ。
最後にセラが挨拶をする。
「では、行って参ります」
「楽しんでくるといい。好きなだけ、思うままに暴れてきなさい」
ローゼントさんがセラに優しい声で言う。
内容は物騒だけど。
暴れにいくわけじゃないからね?
お辞儀してから、みんなで馬車に乗り込んだ。
ここからはアンジェも一緒だ。
御者台にはヒオリさんとエミリーちゃんが座った。
ヒオリさんが手綱を握る。
馬車が発進した。
庭を抜けて、門をくぐった。
道路に出る。
と、ヒオリさんが馬車を止めた。
「おはよう。どうしたの?」
エミリーちゃんがそう声をかけるのが聞こえた。
なんだろ。
私たちは馬車の窓から少しだけ身を乗り出して、道路の様子を見た。
道端にはテオルドがいた。
両手には花束がある。
その花束を、エミリーちゃんに差し出す。
「くれるの?」
「やる。昨日の迷惑料だ……」
「ありがとうっ!」
エミリーちゃんは花束を受け取ると、満面の笑みを見せた。
しばしの沈黙が流れた。
テオルドは何も言わないまま顔をそむけた。
夜明け前の時間だ。
まだ世界は薄暗くて、細かい表情までは見て取ることができない。
「じゃあ、行くね。また会おうねっ!」
「ああ……」
テオルドがぶっきらぼうにうなずく。
じっと見ているのも野暮なので、私たちは席に戻った。
しばらく静かな時間がつづいた。
会話は何も聞こえてこなかった。
やがて――。
ヒオリさんが馬車を動かす。
馬車は進む。
テオルドの姿が遠ざかっていく。
「おい! エミリー!」
「なーにーテオルドくーん!?」
「俺は騎士になる! おまえは俺の妻になれ!」
「えー!? なーにー?」
な、難聴系ヒロインキター!
テオルド決死の告白は、車輪の音と馬のいななきにかき消されて、エミリーちゃんの耳には届かなかったようだ。
「……彼は最後、何を言ったんでしょうか」
「告白だったりして」
セラとアンジェにも聞こえなかったようだ。
フラウはそもそも気にしていない。
寝ていた。
ゼノと目が合う。
ゼノは肩をすくめると言った。
「残念だけど、闇の精霊の仕事にそういうのは入っていないよ」
「ねえ、クウちゃん! クウちゃんには聞こえましたか!? わたくし、とても気になるのですけれど!」
「ねーねー、告白だった? 告白だった!? 花束を渡したって、きっとそういうことよねこれってきっと!」
セラとアンジェに迫られたけど、私も聞かなかったことにした。
野暮はいいっこなしだよね。
また会う機会も、きっとあるだろうし。
でもまさかとは思うけどテオルド。
女の子に耐性がまったくなくて。
手をつながれて、微笑まれて、優しくされたから俺の嫁!
とかじゃないだろうね……。
いくら10歳でもしっかりしていそうだったし、さすがにそれはないか。
あはは。




