223 閑話・騎士の子2
異国の王女に先導されて、メイヴィス様とセラフィーヌ殿下が庭に現れる。
メイヴィス様は学院の制服にブーツ。
セラフィーヌ殿下も同じような出で立ちだった。
2人は拍手で迎えられ、用意された噴水前の石畳の広間に立つ。
「ではこれより、セラとメイヴィスさんの決闘を始めまーす! 防御魔法はキツめにかけてありますし、防御用の魔道具も身に着けているので2人は安全です。激しい戦いになると思いますが、安心して応援してあげてくださーい! 審判は不肖この私、クウちゃんさまが行わせていただきまーす!」
空色の髪をした異国の王女が陽気な声で告げる。
無礼な物言いはどうかと思ったが、ご領主様が不快を示すことはなかった。
むしろ楽しそうにお二人を応援している。
ご領主様は強者を好む御方だ。
俺もいつかご領主様の前で戦い、力を示したいものだ。
「では、2人とも、抜剣をお願いします!」
セラフィーヌ殿下とメイヴィス様が、腰につけた鞘から剣を引き抜く。
会場がどよめいた。
俺も、俺の隣りにいた父上も、思わず声をあげた。
細身の剣だった。
外灯の光を受けて、その刃は七色に輝く。
幻想的だ。
まるで物語の世界に出てくる聖なる剣のようだった。
「……ミスリルの純正、か」
父上がつぶやく。
「純正とは――?」
「おそらくあれは、ミスリルのみで作られた剣だ」
父上の武具にもミスリルは使われている。
しかし、その配合率は20%ほどで、今、目の前で引き抜かれた剣ほどの幻想的な輝きは有していない。
とはいえ、20%も使われていれば高級品だ。
それだけ使われていれば、剣はハッキリとわかるほどに、より軽く、より強靭に、より切れ味を増す。
さらには魔物への特効も得られる。
父上の剣であれば、実体を持たないゴーストですら切り裂くことができた。
100%、ミスリルの剣――。
それがどれほどのものなのか、俺には想像もできなかった。
羨ましくはあった。
皇女、そして公爵令嬢であれば――。
騎士でなくても、未成年でも。
秘宝のような武器を持てるのだ。
戦いが始まる。
先手を取ったのはセラフィーヌ殿下だった。
それは一瞬の出来事だった。
光が煌めいた。
そんな風に見えた。
実際には、違う。
一瞬で3メートルを詰めて、突きと薙ぎの連続攻撃を行ったのだ。
メイヴィス様はそれを受け止めた。
俺が見たのは、その火花だ。
弾かれたセラフィーヌ殿下の剣はそれでも勢いを無くさない。
勢いそのままに身を返して、さらに一撃、二撃。
三撃までをも一息で加える。
だが、そのすべてをメイヴィス様は弾いた。
セラフィーヌ殿下が横に跳ぶ。
メイヴィス様も同時に跳んだ。
……なんだ、これ。
俺は呆然と、皇女殿下と公爵令嬢の戦いを見ていた。
お二人の姿は光と風だった。
煌めいて、疾走って。
とても人間のものとは思えなかった。
今まで見てきた戦いのすべてを否定されるかのような凄まじさだった。
戦いは、ほんの一分でおわった。
短い攻防の末、セラフィーヌ殿下が胸を強烈に突かれた。
殿下は吹き飛ばされ、何メートルも地面を転がって木立にぶつかった。
大きな音と共に樹冠が揺れる。
「勝負ありですね。予想以上に動けて驚きました」
メイヴィス様が言う。
見れば、メイヴィス様の突き立てた剣の切っ先が、倒れたセラフィーヌ殿下の喉元の寸前にあった。
「……負けましたぁ」
悔しそうにセラフィーヌ殿下がつぶやく。
剣を降ろしたメイヴィス様が、セラフィーヌ殿下に手を差し伸べる。
その手を握って殿下は身を起こした。
万雷の拍手が響いた。
本当に……。
心の底から、俺も驚いていた……。
物語は本当だったのだ。
負けたとは言え、セラフィーヌ殿下の剣には、確かにそのあたりのゴロツキなど薙ぎ倒せるだけの力がある。
それどころか、軍の一隊ともやりあえるのではないのか……?
信じられなかった。
だって、俺と同年代の、女だぞ……。
それがここまで、やれるものなのか。
戦えば、俺など軽く一撃でのされることは確実だった。
そこまでの実力差を感じた。
「魔力の作用だ」
父上が言う。
「魔力……ですか……?」
「ああ。殿下とお嬢様は、肉体に魔力を浸透させることで、一時的に超人的な能力を発揮しているのだ」
「そんなことが……できるのですね……」
「――見てみろ」
父上の視線の先には、殿下とお嬢様の姿があった。
2人ともお疲れの様子だ。
しゃがみこんで、異国の王女から健闘を讃えられている。
「――強い。確かに強いが、あの力は騎士には向かない。体力の消耗が早すぎて戦場に最後までいられないのだ」
「そのようですね……」
「乱されることはない。おまえはおまえの剣を磨けばよいのだ」
「はい――」
「だが、覚えてはおけ。世の中には、ああした超常の剣を振るう者もいるのだと」
観客たちが室内に戻っていく。
父上も戻った。
だけど俺は、なんとなく、その場に残り続けた。
異国の王女の声が耳に届く。
「いやー、でも、メイヴィスさん、一気に強くなったねえ。学院祭の時と比べても別人みたいにすごかったよー」
「でしょう? 自分でも実は自覚があります。クウちゃんの魔法を受けて以来、自分の中にある魔力が次第に認識できるようになって――。不思議な感覚ですが、認識が高まる程に体が加速するのです」
「魔力を掴んだんだね。すごいよ」
ほどなくして、庭から招待客たちの姿は消えた。
ご領主様たちも室内に戻る。
まわりに人がいなくなったのを見計らってから――。
メイヴィス様が異国の王女に剣を突きつけた。
「さあ、クウちゃん。わたくしは勝ちました。戦ってもらいますよ」
「あはは……。いいけどさー。どれくらいでやればいいの?」
「本気でお願いします」
「本気って……」
「見てみたいのです」
「んー。じゃあ、それなりにはやろうか」
思わぬ展開になった。
セラフィーヌ殿下にエミリーにアンジェリカ、加えて旅の仲間と思しきメンバーが見守るだけの中、次の戦いが始まるようだ。
休憩して息の整ったメイヴィス様が剣を構える。
対する異国の王女も、どこからか取り出した細身の剣を構えた。
その刃から青い光が広がる。
俺は息を呑んだ。
凄まじい圧力に俺の身は自然と震えていた。
「ごめんね、メイヴィスさん。やっぱり、あくまでも、それなり、かな」
「……十分です。よろしくお願いします」
戦いは一瞬だった。
メイヴィス様の剣が砕ける。
メイヴィス様の体からも魔術防壁だろうか――光が砕けて散った。
メイヴィス様の体が紙くずのように宙高くに舞う。
落ちてきたところを、異国の王女が抱き止める。
それだけのことだった。
「メイヴィスさん、どう、満足してくれた?」
「ええ。とても」
「よかった」
「ふふ。わたくし、お姫様ですね」
「あはは」
「でもこれで、さらなる高みを目指せそうです。今後とも指導鞭撻をよろしくお願いしますね、クウちゃん師匠」
「……お手柔らかにお願いしますね?」
「わ、わたくしだって、次は負けませんから!」
セラフィーヌ殿下がむきになった声をあげた。
「わたし……。クウちゃん、わたしにも教えて! わたし、わたしも! さっきの嫌な男の子みたいなヤツに負けたくないの!」
エミリーが異国の王女にすがりつくように訴える。
嫌な男の子。
俺のことか。
エミリーの頭を優しく撫でて異国の王女は言う。
「焦んなくていいよー。自分のペースでやってこ。教えてあげるから」
「うんっ! わたし、がんばるっ!」
「これはエミリー殿も、大物になりそうですね」
「ま、私も負けないけどね」
「カメにならないことを祈るのである」
「あーお腹空いたー。ボク、もう食べに戻るねー」
仲間たちがそれぞれに思ったことを言う。
幼女が語ったカメの意味はわからないが、何かの意味はあるのだろう。
「戻ろっか。私もお腹空いたー」
異国の王女を中心に、彼女たちは室内に戻った。
俺は庭で1人になる。
後片付けをするメイドたちの姿はあるので、完全に1人ではないが――。
俺は息をついた。
世界は広い。
俺は本当に狭い世界しか知らなかったようだ。
そのことを思い知った。
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