219 閑話・アンジェリカは跳んだ
タイミングが悪かったんだと思う。
今はアーレの町に皇女様が来るということで、衛兵や騎士は治安維持のためにピリピリとしているのだ。
裏通りのゴロツキですら今は息を潜めているという。
たぶん、セラたちが帰れば、オダンさんたちは解放されると思うけど……。
詐欺師でも間者でもないわけだし。
でも、厳しく尋問するって言っていた……。
尋問って、すごい怖いものよね……。
実際には何もしていなくても罪を認めさせてしまう非道な行為だっておじいちゃんが言っていた気がするし……。
オダンさんはエミリーのお父さんだ。
放ってはおけない。
私はどうしようか迷った挙げ句、とにかく走ることにした。
目指すのはご領主様のお屋敷だ。
ご領主様のお屋敷はアーレの北端にある。
お屋敷にはおじいちゃんがいる。
おじいちゃんに会えれば、ご領主様に取り次いでもらえるかも知れない。
それが無理でも、伝言をお願いできる。
クウの作ったぬいぐるみをインチキ呼ばわりしてエミリーのお父さんを投獄したなんてご領主様にとっても得なことがない。
少なくともセラには嫌われる。
まずは伝えようと考えたのだ。
「――身体強化」
フェアリーズリングの力を借りて、クウの魔法を使った。
ぐんと疲れを感じるけど、同時に力が漲る。
まだ上手くできなくて失敗することも多いけど、できてよかった。
私の身体強化は風の魔力に依る。
発動に成功すれば駿馬のように走ることができた。
今まで人目に付く場所で使ったことはなかったけど、今回はしょうがない。
おかげで短い時間でご領主様のお屋敷に着いた。
お屋敷は、まるで要塞だ。
戦争が起きた時に軍事拠点として使えるように作られているのだそうだ。
少し離れた場所で息を整えてから、門のところに行く。
門番の衛兵が2人いた。
「あの、すみません」
「なんだ? ここは子供の来る場所ではないぞ」
「実は急用で。私、アンジェリカ・フォーンと言います。今、ここに来ているフォーン神官の孫娘なんですけれど――」
疑わしそうな目で見られた。
結果としては、相手にしてもらえなかった。
呼んでもらうどころか、伝言のひとつすら聞いてもらえなかった。
「なんなのよもう!」
離れたところで怒り狂うものの、冷静になってみれば当然の対応をされただけなのかも知れないとは思う。
私はおじいちゃんの孫であることを証明できなかった。
せめておばあちゃんに、家印の入った手紙を書いてもらうべきだった。
そうすれば渡すことくらいはできたのに。
でも、困った。
それならどうすればいいんだろう。
急いで家に帰って、おばあちゃんに手紙を書いてもらおうか。
でもそれだと時間がかかる。
おじいちゃん、いないかなぁ……。
私は再び身体強化の魔法をかけた。
思いっきり上に跳んだ。
本当に、クウから教えてもらった魔法はすごい。
私は樹木よりも高く浮かんで、石で造られた塀の内側を見渡した。
そして、見つけた。
おじいちゃんとご領主様らしき人が庭を歩いている。
散歩しながら会話しているようだ。
遠目なので他人かも知れないけど。
ただ、少し離れたところにメイドさんや執事さんの姿も見て取れた。
たぶん間違いない。
「もうヤケクソよ……!」
地面に着地した私は、次のジャンプで高い塀を飛び越えた。
一気に広い庭を駆ける。
そして、おじいちゃんとご領主様の目の前で息を切らせながら急停止した。
「――おや、君は」
「アンジェリカ! ――ご領主様、これは私の孫娘です」
「うむ。陛下の演説会の時に挨拶を受けたことがあるな。覚えているぞ」
駆けつけた衛兵を、ご領主様が腕で制してくれる。
「あの、私、クウからセラと――セラフィーヌ殿下と同じ指輪をもらっていて、その指輪の力で来ました」
「ふむ。いったい、どういうことかね?」
「実は、すぐにお伝えしたいことがあって……。早く伝えないと、きっと、大変なことになると思って……」
2回も身体強化の魔法を使って全力で動いたせいで、心身の消耗が激しい。
目眩がするし、動悸は収まらない。
でも頑張って、広場で見聞きしたことをしゃべった。
オダンさんがエミリーの父親であること、エミリーがセラの友達で仲良しグループの一員であること、インチキ扱いされたぬいぐるみがクウの自作なこと、だから精霊様の加護はきっとあるということも含めて。
「そんなバカな……。我が兵は何をしておるのだ……」
話を聞く内、ご領主様の顔はみるみる青ざめていった。
最後に、荷馬車は我が家に運んだことを伝えて、私は話をおえた。
すぐにご領主様は動いてくれた。
オダンさんたちは、これで平気よね……。
よかった。
緊張の糸が解けると、私は急に力が抜けるのを感じた。
ああ、もうダメ。
限界ね……。
そう思った次の刹那、思考が途切れて、私の世界は真っ白に染まった。
…………。
……。
目覚めると、ふかふかのベッドの中だった。
我が家ではない。
たぶん、ご領主様のお屋敷だ。
だって、何もかもが我が家よりも遥かに豪華だ。
私は身を起こす。
「アンジェリカ、気分はどうじゃ?」
ベッド脇の椅子におじいちゃんが座っていた。
「うん……。平気……」
私は気絶していたようだ。
ただ、しっかり寝たおかげで、随分とすっきりできた。
「……ねえ、おじいちゃん。エミリーのお父さんはどうなったの?」
「安心してもよい。すでに解放されておる」
「そっかぁ……。よかったぁ……」
「積荷もご領主様が、迷惑料と合わせて金貨300枚という大金で、すべて買い取ったそうじゃよ。面倒には巻き込まれたが、商人としては大儲けできたわけじゃな。不幸中の幸いというものだろうて」
「金貨300枚……すごいわね。エミリーのお父さん、喜んでるよね、きっと」
「ご領主様はアンジェリカに感謝しておったぞ。あとで直接、お礼を言いに来てくれるそうじゃ」
しばらくすると本当にご領主様が来て驚いた。
しかも本当に感謝されて、緊張のあまり私の頭はまたも真っ白になった。
気づいたら夕食をごちそうになる話になっていた。
私はそれなりに長く倒れていたようだ。
ふと見れば、空が赤かった。
夕食はご領主様だけでなく、メイヴィスお嬢様とも一緒に取った。
最初、何を話していいのかわからなくてひたすらに緊張していた私だったけど、なんとメイヴィス様はクウの知り合いだった。
それどころかクウから剣を教わっているという。
私はクウから魔術を教わった。
そんな共通項があったので話は盛り上がった。
メイヴィス様は、気取った様子もなく気さくに私とおしゃべりしてくれた。
でも途中で、ご領主様も一緒だと気づいた。
しまった調子に乗ってしゃべりすぎた!
おじいちゃんも注意してくれればいいのにぃぃ!
と思ったのだけれど……。
意外にもご領主様は、ニコニコと私とメイヴィス様の話を聞いていた。
もっとクウの話を聞かせてほしいと言う。
なので出会った時の話やクウの家で泊まった夜の話をした。
とても喜んでくれた。
食事の後、ご領主様はクウのぬいぐるみを運ばせて、私に見せてくれた。
山のようにある。
疑っていたわけじゃないけど、本当にすべて買い取ったのね。
これは私の宝にするとご領主様はホクホク顔だ。
ご領主様……。
ぬいぐるみ集めが趣味だったのね……。
あまりに意外で本当に驚いたけど、私は頑張って顔には出さなかった。
あと、明日の夜の晩餐会に招待された。
旅に同行している子たちは全員、招待する予定だという。
そのためのドレスも準備させてあるとのことだった。
気楽な立食パーティーにするので、遠慮せず来てほしいと言われた。
私のところにはすでに招待状が来ていたけど、ご領主様直々のお誘いなので、改めて受けさせてもらった。
ご領主様は、町の一般家庭にも招待状を送ったと言う。
しかも、それなりに大勢。
クウの同行者たちが、近郊貴族や町の名士たちの中で萎縮しないで済むようにとの配慮らしかった。
一般家庭への招待状は……。
今日の夕方に出したそうだ……。
最速を命じたので、もう全員に届いているだろうとご領主様は気楽に笑った。
いや、うん。
招待された人たち、今頃、てんてこまいの大騒ぎよね……。
断れるわけもないし……。
とても名誉なことだし……。
それにしても……。
ご領主様は、帝国貴族の中でもトップクラスに偉い人だ。
普通なら雲の上の人で、一緒に食事なんて取っていい相手ではない。
そんな人が私たちにここまで気を使っている。
私たちに……。
というか……。
話を聞く限り、どう考えてもクウにだけど。
クウっていったい、どれだけの人と親しくしているのかしらね……。
そもそもセラが信頼しきっている時点で凄いんだけど。
メイヴィス様の話では、敵対派閥のご令嬢ともクウは親しいようだし。
第一皇女様にも剣を教えているというし。
皇太子様とも仲が良くて、よく喧嘩しているそうだし……。
これで更に聖国の聖女様や王国の薔薇姫様とも友達だよーとか言ってきたらさすがに笑わせてもらうけど。
まあ、いくらなんでもそこまではないか。
ともかくこれで安心して、クウたちをお出迎えできる。
明日が楽しみね。




