217 ベストカップル!
さて。
私、実はいいことを思いついた。
だけど、いつまでも街道にいるわけにはいかない。
そろそろ兵士たちが目を覚ます頃だ。
パワーワードで強化したとはいえ、黒魔法スリープクラウドの効果時間は緑魔法の昏睡ほどには長くない。
「ねえ、どこかに落ち着いて話せる場所はないかな?」
たずねるとミレイユが、それなら私のお屋敷に来ますか、というので、遠慮なくお邪魔させてもらった。
森の中に佇む洋館だ。
もうずっと手入れされていないのだろう。
庭には雑草が茂り、建物には蔦がからみ、まさに幽霊屋敷の雰囲気だった。
ただ、窓が割れたりはしていない。
盗賊や冒険者が入り込んだりはしていないのだろう。
ドアには鍵がかかっていたので、いったんすり抜けて、内側から開けた。
屋敷の中は綺麗だった。
やはり、人の侵入はなかったようだ。
かなり埃臭くはあったけど。
ライトボールを浮かべて明かりを確保して、応接室に入った。
「……建物は立派だけど、こんな森の奥でよく暮らしてきたね」
「隔離されていたんです。私の病気は、人に感染するらしくて。ここで静かに死ねということだったんでしょうね。でも、建物隠しの高価な魔道具を使ってくれたり、お世話してくれる人や綺麗な水や食べ物を準備してくれたり……お父さまには、少しは愛されていたとも思っています」
「大変だったんだね……」
「生きていた頃の事ですし。もう今は幽霊なので、特に何も思いませんが。私は、ただ本当に恋がしたいだけで……」
「ねえ、クウ。こいつ、もう降ろしてもいいー?」
「あ、うん。ありがとう、いいよー」
フロイトはゼノが肩に担いで連れてきてくれていた。
どすん。
ゼノがフロイトを床に投げ捨てる。
あ。
その衝撃で、フロイトが意識を取り戻したようだ。
「そういえばゼノ、見つけた廃墟ってここなの?」
「うん。そうだよー。ボクが感じたのは、彼女の気配だったみたい」
「そかー」
「……う、うう。……ここは?」
頭を振りつつ、フロイトが身を起こした。
「こほっ! こほっ! な、なんだこの埃臭さはっ! 廃墟か!? いや、それにしては調度品が整っているが……」
フロイトは部屋を見渡してから、目の前にいる私たちに気づいた。
「なっ! なんなんだ貴様らは! なぜ浮いている!」
「そういえばそうだね」
3人とも普通に浮いていました。
幽霊と精霊だしね。
やむなし。
「ねえ、フロイト。そんなことよりさ」
「き、貴様っ! この私に気安く話しかけるなど――」
床に降りて、正面から『アストラル・ルーラー』の切っ先を突きつけてやった。
「うるさい。黙れ。君こそ、誰に向かって口を利いてるの?」
「……う」
青く輝く刃に怖気づいて、フロイトが後ずさる。
「話を聞く。いいね?」
睨みつけると、フロイトはこくこくとうなずいた。
「うむ」
満足して私は剣を降ろした。
アストラル・ルーラーには心の中で謝っておく。
なにしろ最強の神話武器だというのに、最近、こんな使い方しかしていない。
いつかきっと……。
強敵とも戦わせてあげるからね……。
「ねえ、ミレイユ。こいつってどう?」
「どう……とは?」
「タイプ?」
「え。あ、はい……。素敵な騎士様だとは思いますけど……」
眠らせる時にもそばにいたし、もしかしたらとは思ったけど、どうやら私の予感は的中していたようだ。
好みは人それぞれだね。
「ねえ、フロイト。この子、どう思う?」
「どういう意味だ!」
「……また裸に切り刻まれて蹴り飛ばされたい?」
「ふんっ……。そんなもの普通にいい女だろうが。私に差し出すというなら受け取ってやらなくもないぞ」
「い、いい女……。わ、私が……」
ミレイユは本当にまんざらでもないようだ。
思いっきり照れて喜んでいる。
「ねえ、ミレイユ。受け取ってくれるそうだけど……。彼に取り憑いてみる? 嫌なら離れればいいし」
「取り憑くって……どういう……」
「一緒にいるってことかな」
「え。いいんですか?」
「本人も受け取るって言っているし」
「おい、私の質問にも答えろ! 貴様らはなぜ浮いている? 魔道具か!? それよりここはどこなのだ! 私をどうするつもりだ!」
「……じゃあ、あの。私……。この恋に、賭けてみてもいいですか?」
「いいよー」
話がまとまったところで、フロイトとミレイユを向き合わせた。
ミレイユには、床に降りて正座してもらう。
「な、なんだ……」
フロイトが警戒した顔を浮かべる。
「この子、ミレイユっていうんだけど、フロイトのものになりたいんだってさ」
「ほほう。それは本当か?」
「は、はい……」
ミレイユが恥ずかしそうにうなずく。
「まあ、男爵家の嫡子である私の経済力を以ってすれば、女の1人くらい余裕で飼うことはできるが……」
「じゃあ、決まりだね!」
「待て! このような怪しい話をこの私がやすやすと――」
「この子のこと、好きにできるんだよ?」
「む……」
ミレイユを見つめて、フロイトがごくりと息を呑んだ。
「いいんだよね、ミレイユも」
「は、はい……。優しく……してもらえればそれで……」
「…………」
フロイトがまたも息を呑む。
なめるような目つきで、ミレイユのことを上から下まで見つめる。
夜の応接室の中。
魔法の明かりに照らされた色白で華奢なミレイユには、まるで幽霊かと思えるほどの薄幸さと妖艶さがあった。
……まあ、幽霊なんだけれども。
フロイトはいったい、彼女に何を想像しているんだろうか。
悲しいことに聞かなくてもわかるけど。
「……ま、まあ、よかろう。……しばらくの間なら飼ってやってもよい」
「よし! 決まりだね!」
よかった!
「じゃあ、契約しよう! ミレイユ、いいよね?」
「はい……。あの……。よろしくお願いします……騎士様」
「フロイトもいいよね!」
「ふんっ! 私が飽きるまでの話だがな!」
2人の言葉を聞いて、私は姿勢を正す。
そして、言った。
「ではここに、私の名において、種族を超えた2人の仲を認めます。願わくは、フロイトが寿命で死ぬまで、睦まじく暮らしてください」
「はいっ! よろしくお願いします、騎士様!」
「女! いきなり抱きつくな! そういうことはしてもよいが、まずは私の許可を得てからにしろ――――と!? ……え?」
「あ、すり抜けちゃいますね。残念」
感極まって抱きつこうとしたミレイユだけど、残念ながらフロイトの体を貫通して2人は重なってしまった。
「……お、おい。こ、これはいったい……どういうことだ。……こ、この女、私の体を貫通しているようだが……」
震えた声で、フロイトが私にたずねてくる。
「あ、この子、幽霊なんで。あ、でも、魔力を込めればちゃんと触れるから。触るために魔力の修行も頑張ってね」
「なっ……。ゆ、ゆゆゆゆ、幽霊だと……?」
「うん」
「……そ、そんなバカな」
「仲良くしてあげね」
「私、この恋に命を賭けますっ! もう離れませんっ!」
触れないながらも、ミレイユは全力でフロイトの体にまとわりついた。
「仲良くね」
「はいっ!」
そんなミレイユに私はエールを送った。
幸せになってほしいものだ。
「……お、おい。……こ、これはいったい、どういうことなのだ。……この女は」
「この女じゃなくて、ミレイユね。ちゃんと名前で呼んであげてね」
「そ、そういう問題ではないっ!」
「仲良くするんだよ? 浮気したらダメだからね」
私がそう言うと、急に部屋が寒くなった。
ミレイユが冷気を発したのだ。
「……浮気。……浮気なんてしたら、呪い殺します。相手の女を殺して、騎士様も殺して私も後を追います」
「お、おい……。た、助け……」
フロイトが伸ばした手は、むなしく宙を切った。
なぜなら私は浮き上がった。
「ねえ、ミレイユ。姿を消すことはできる?」
「はいっ! 大丈夫です! 気配も消せますので、2人きりの時以外は完全に存在を無くして取り憑きます!」
「それならよかった」
「騎士様、早く魔力に目覚めて、私にエッチなこと……してくださいね?」
「う、うわぁぁぁぁ! 凍る、体が凍るぅぅぅ!」
「うふふ。かわいい」
「じゃあ、邪魔者はそろそろ失礼するね」
あとのことは若い2人にお任せしよう。
「はいっ! 本当にありがとうございましたっ! 私、幸せになりますっ!」
「うん。頑張ってね」
ゼノを連れて、私は夜空に出た。
「ふう。いいことしたねー」
夜の空気を吸って、思いっきり背伸びをした。
「最上位精霊の宣言で交際って……。あの2人、もう離れられないよね……」
「いいんじゃない? 愛があるんだから」
「まあ、別にボクはどうでもいいけどさ。……でも、そうだね。……種族を超えた恋か。羨ましくもあるね……」
「へえ、ゼノもそういうの興味あるんだ?」
「羨ましいっていうか。ボク自身、人間と精霊の間に生まれた子だよ」
「イスンニーナさんって、人間の男の人と結ばれたの?」
「うん。そうだよ」
「……そうなんだ。じゃあ、ゼノってハーフなの?」
「ううん。人間と精霊の間に生まれた子供は、人間か精霊か、はっきりと区別されて生まれるんだってさ」
「そうなんだ……」
「不思議だよね。でも、だから、案外、人間と幽霊でも子供ができたりしてねー」
「……すごい話だね、それ」
「わかんないけどね」
「まあ、私としては、これでフロイトが真面目になってくれればそれでいいけど」
「あの子がずっとそばにいるだろうし、そこは平気だろうねー」
「だねー。よかったよかった」
眼下の屋敷からフロイトの悲鳴が聞こえたような気もしたけど、まあ、仲睦まじく遊んでいるのだろう。
うん。
ハッピーエンドだねっ!
フロイトの更生、これにて完了。
やったぜ\(^o^)/
2人のそれからは、また機会があれば……。




