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私、異世界で精霊になりました。なんだか最強っぽいけど、ふわふわ気楽に生きたいと思います【コミカライズ&書籍発売中】  作者: かっぱん


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215 閑話・フロイトに囁く声





 空色の髪の小娘に蹴られて痛む体を引きずって、私は必死に走っていた。


 私はフロイト。

 将来は男爵家の主となる、この世界に選ばれし男だ。


 兵士の詰め所に到着して、ようやく一息を――。

 と思ったら、休む暇もなく隊長のノルロアから叱責を受けた。


 私は本当に運から見放されている。


 食堂で私がほんの少しだけ楽しませてもらおうとした少女が、まさか帝国皇女たるセラフィーヌ殿下だとは。


 私がどうなるかはわからない。

 下手をすれば貴族籍の剥奪だ。

 たったひとつの幸運は、皇女殿下がお忍び旅の途中だったということか。

 事を荒立てず、ここだけの出来事でおわる可能性はある。


 ただ、それで私の罪が消えるわけではない。

 幸いにも魔物が現れた。

 死ぬ気で討伐して手柄を立てろ、と、ノルロアには言われた。


 できるわけがない!


 私は将来、領地を継ぐ者だ。

 必要なのは知力であって、武力ではないのだ。

 今は3年間の騎士団所属を強制されていて厳しい訓練も科されているが、魔物を討伐した経験はない。

 任務は主に警備で、今回もそうだった。

 手柄など立てられるはずがない。


 だが、やらねば――。


 領主として好きに楽しめるはずだった私の未来が完全に閉ざされてしまう。


 くそが!


 私は自棄になって準備を整えた。

 腰のポーチにポーションを入れて剣と盾で武装する。

 戦いは夜の街道だ。

 魔物が森から出てくるのを待ち構えて迎撃する。

 騎士の役割は、魔物の初撃を受け止めることだ。

 それによって騎士の功績を第一とする。


 考えただけでゾッとするが、やるしかなかった。


 私たちは街道に出た。

 総勢は50名。


 ノルロアを始めとした正騎士が5名。

 私を始めとした従騎士が5名。

 兵士40名。


 あとは駆り出された冒険者がそれなりにいるが、連中の任務は偵察だ。

 戦闘には参加しない。

 冒険者など邪魔になるだけなので、これは妥当だろう。


 街道にかがり火を焚いて迎撃態勢を整える。


 兵士たちは慣れたものだ。

 魔物の襲来は定期的にあるようだった。


 私は内心で安堵する。


 たいしたことではないのかも知れない。


 そう思った矢先だ。


「来る! 数は5! 闇狼!」


 樹木の上で奥に目を凝らしていた冒険者の1人が鋭い声を発した。


 狼の唸り声が聞こえる。

 真っ暗な藪の中に、赤く光るものが見えた。


 それが闇狼の瞳だとわかった時――。


 私は悲鳴を上げて、尻餅をついていた。


 戦いが始まる。


 敵の前面に立ったノルロアたちが盾を構えて、闇狼の牙を受け止める。

 騎士たちの怒号のような指示が飛んだ。

 それにあわせて兵士たちが動く。

 馬のように巨大な狼は、しかし、狩られるだけの獲物ではない。


 激闘だった。


 人間の、魔物の、血が飛び散る。


「続けてゴブリン! 数は10!」


「チッ! そいつらは俺の小隊が引き止める! 行くぞ!」

「応っ!」


 ノルロアの小隊が森に突撃する。


「フロイト隊長、立ってくれ! 盾を頼む! 俺たちの防具じゃ持たない!」


 部下の兵士が私に叫んだ。

 兵士たちの防具は、運動性を重視した革鎧だ。

 盾も持っていない。

 騎士が前面に立って戦う前提があるからだ。


 叫んだ兵士の胸が闇狼に裂かれる。

 その血が、私の顔にかかった。


「ひぃぃぃぃぃぃぃ!」


 私は恐怖のあまり、四つん這いになって這うように逃げた。


 なんだこれは!


 なんだこれは!


 どうして私がこんな目に合わなくてはいけない!


 背後では私の部下である兵士たちが闇狼に食い殺されようとしているが、そんなことはどうでもいい!


 私は貴族家の跡取りなのだぞ!


 必要なのは武力ではなく知力なのだ!


 魔物と戦うなど、私の役割ではないのだ!


 背後で兵士の悲鳴が響いた。


 私は目をきつく閉じて、カメのように身を丸めた。

 耳を手で覆う。


 くそっ!


 なんでこんなことに!


 あの小娘だ!


 あの空色の髪をした小娘が私の人生を狂わせたのだ!


 ネミエの町でも、ここでも!


 許さん……。


 絶対に許さんからな……あの小娘!


 最初は皇女と偽って、次には王女だとどこの誰だ!


 嘘に決まっている!


 許さん……。


 たかが平民の女と遊ぶ程度のことで、この私がこんな惨めなことに……。


 あの小娘のせいだ……。


 あの綺麗な顔を絶対に、泣き顔に変えて、いたぶっていたぶっていたぶって、いたぶりつくしてやる……。


 ああ……その時が楽しみだ……。


 あと少しだ……。


 ここさえ乗り切れば、すべては元に戻るのだ……。


「うん。いい声」


 そこに声が聞こえた。

 女の声だ。


「ねえ、素敵な騎士様。力がほしいですか?」


 耳元すぐから囁くように聞こえた。


「力……だと?」

「うん。そう」


 それが誰かはわからない。

 私はカメになって、目をきつく閉じて、耳を手で覆っている。


 だが……。


「くれるのならくれ! この高貴たるこの私をコケにした連中に――神罰を食らわせてやれるのならば!」

「神罰は無理だけど、いいよ。力をあげる」


 冷たい何かが私に触れた。


 すると……。


 何かが内側から、溢れるのを感じる。


 これが力!


 私は身を起こし、叫んだ。


「うおおおおおおおおおお! 力が――満ちるっ!」


「嗚呼……。素敵……。素敵です、騎士様……。その声、その感情……。私と一緒にすべてを混沌に落とそう……?」


 私は生まれ変わったのか。


 そう――。


 私は力を得たのだ!


 この力があれば!


 もはや!


「はい、スリープクラウド。で、昏睡、昏睡っと」


「ねえ、クウ。これ、なんなの?」

「ただの悪霊でしょ?」

「力とか言ってたけど」

「気のせいでしょ? 別になんにも感じなかったけど」

「だよねー。ボクもそう思った。どう見ても、ただの悪霊だよね、これ」

「まあ、どこかで起こして話を聞いてみよう」

「しっかし、クウ、今さらだけどさー。どうして悪霊を眠らせられるの? 本気で意味わかんないんだけど」

「わからなくていいのです。感じるのです」


 意識が……。


 消えていく……。


 最後に聞こえたのは、小娘たちのそんな間の抜けた会話だった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 校正の余地なし!
[一言] クウちゃん(笑) 流石シリアスクラッシャーですね
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