213 暴れん坊姫様
さて。
どうしてくれようか。
お仕置きするのは決定だけど、問題は方法だ。
と思ったらセラが先に立ち上がった。
ローブを脱ぎ、堂々とした態度で鎧姿のフロイトに向き合う。
「仮にも帝国騎士とあろう者が――。恥をお知りなさい!」
「なんだ、おまえは? まあ、いい。くくっ。おまえ、まだ幼いが、綺麗な顔立ちをしているじゃないか。体も綺麗なのかなぁ? まずはおまえから検査してやる」
ニヤニヤ笑いながらフロイトが近づいてくる。
立ち上がろうとするヒオリさんとシルエラさんを強めに手の動きで制して、私はセラのとなりに並んだ。
私はローブを脱がない。
フロイトは、私のことには気づかないようだ。
「ほら、大人しくしていろ。まずは武器を隠していないか調べさせてもらうぞ」
フロイトがセラに手を伸ばす。
私は蹴った。
「ぐぼわぁぁぁあぁああぁぁぁっ!」
フロイトはあっさりと吹き飛び、お店の外にまで転がっていった。
「ク、クウちゃん!?」
「いや、うん。あんなのに触らせるわけにはいかないしね?」
むしろこれはフロイトのためだ。
セラに触れたら最後、きっともう許されないし。
「はい、セラ」
セラにアイテム欄から取り出した木剣を渡す。
ついでに強化魔法一式をかけた。
「練習の成果、ためそ?」
「え。え?」
「だって成敗するために、セラは立ち上がったんでしょ? だったら最後までキチンと始末してあげないと」
うん。
成敗して、正体を明かして、お説教&処罰。
それがお約束だよね。
「シルエラさんは見てていいからね? ここは姫様コンビに任せて」
「……わかりました。お任せします」
「て、店長……。できるだけ穏便に」
「んー。それは無理だよー。だって向こうもやる気だし」
鎧に守られているので、吹き飛ばされてもフロイトは立ち上がることができた。
部下たちに喚き散らしている。
どうやら私たちを武力で制圧するようだ。
剣を抜いていた。
「クウ、ボクはー? ボクも遊びたいんだけどー? あいつらのクビ、何人かボクに鎌で飛ばさせてよー」
「ダーメ。そもそも殺さないし」
「ちぇー」
「妾はお腹が空いたのである。先に食べているのである」
「……わたしも、食べてよっかな。……わたし、ただの庶民だし」
そんな仲間たちを残して、私はセラの手を取った。
お店の外に出る。
剣を抜いた兵士たちに囲まれる。
兵士たちの剣は、一般的な鉄のロングソードだ。
少なくとも魔法はかかっていない。
セラにかけた強化魔法が破られる心配はない。
もちろん油断は禁物だけど。
「やれ! ガキどもを捕らえろ! これは重罪だ! 帝国に対する反逆罪だ!」
フロイトが金切り声を上げる。
「セラ、がんばれ」
「は、はい……」
覚悟を決めたのか、表情を引き締めてセラが剣を構える。
兵士たちの中にはなかなかやりそうな人もいるけど、まあ、大丈夫だろう。
セラが動いた。
まさに、一陣の風だった。
セラは、身体強化の魔法をかけた状態でも私との訓練を積んできている。
圧倒的肉体能力に振り回されることはない。
次の瞬間には正面にいた兵士のみぞおちに突きを入れていた。
すぐに横に飛んで他の兵士にも一撃。
小さくうめいて、2人の兵士が前のめりに倒れる。
うん。
戸惑っていた割には思い切りのいい攻撃だ。
やっぱりセラには才能がある。
「やれ! やれ!」
フロイトの命令で兵士たちが襲いかかる。
その攻撃をセラは巧みに躱す。
そして、基本に忠実な動きで、次々と兵士に攻撃を加えた。
私との特訓の成果だ。
やがて最後の1人になる。
残ったのは、精悍な体つきのベテラン兵士だ。
剣の構え方も様になっている。
「お嬢ちゃん、信じられない動きだねえ……。とても女の子とは……いや、とても同じ人間とは思えないぜ……」
「お褒めいただきありがとうございます。降参しますか?」
「いや――。これでも兵士一筋20年の兵長さんでね。さすがに君に降参したとあっては恥ずかしくて生きていけねぇな」
「誇りある仕事とは思えませんけれど……」
「それはしゃーねーさ。上の命令には従うしかないんでね」
「そうですか。残念です」
「なあ、お嬢ちゃんはもしかして――」
「なんでしょうか?」
「いや――。いい。それより、アレを見てみろよ」
「はい。なんです――」
言葉に釣られたセラが横に目を向けた瞬間、兵士が飛びかかった。
「セラ! 前!」
私は手を出さず、代わりに叫んだ。
「――っ!」
セラはすぐに気づいた。
そして反応する。
「光よ――!」
反射的にセラが放つのは、白魔法のフラッシュだった。
名前の通りの目くらまし魔法だ。
「ぐわっ!」
まともに閃光を見てしまって、兵士が怯む。
その隙を突いてセラの突きが入った。
兵士が胸を押さえてうずくまる。
お見事。
セラが兵士たちを打ち倒した。
これで残るはフロイト1人だ。
「な……。なな……」
フロイトはセラの戦いぶりを見て、すでに怖気づいている。
「帝国に貴方のような騎士がいるなど、わたくしは恥ずかしい限りです。民に申し訳が立ちません。ここで捕らえるので、処罰を受けなさい」
「わ、私は貴族だぞ! 私に手を出して、ただで済むと思うなよ!?」
「……本当に、恥ずかしい限りです」
セラの声は、心底、落胆したものだった。
「さあ、来るならどうぞ」
セラがフロイトの攻撃を誘う。
フロイトは右を見て、左を見て――。
すでに何人かの兵士はよろよろと身を起こしているけど、再び剣を構えてセラに襲いかかる様子はなかった。
「くそ……。好きにしろ……。後で必ず後悔させてやるからな」
フロイトはその場にしゃがみ込み、うなだれた。
店の中からハラハラ様子を眺めていた人たちが、わっと歓声を送った。
店員のお姉さんが私たちのところに来た。
「……ねえ、早く逃げたほうがいいよ。こいつの上司が来る前に。こいつと違って本物の騎士様だからヤバいよ」
「ううん。それはいいよ。来るなら待ってようか」
「そうですね」
セラにも逃げるつもりはないようだ。
私はロープをアイテム欄から取り出す。
フロイトは縛っておこう。
「店長。この者の処理は僭越ながら某が」
「えっと。じゃあ、お願い」
ヒオリさんが来てそういうので、お願いすることにした。
私は念の為、兵士たちに目を向ける。
兵士たちは大人しかった。
店の中にいた人たちの囁きが聞こえる。
「……なあ、もしかしてあの子って」
「ああ。だろ?」
「でなきゃ、女の子が兵士なんて倒せるわけないって」
「魔術も使ったよな……?」
「ピカって光ったよな……」
「光の魔術……だよな……」
「……すげぇ。噂、本当だったんだな」
皇女殿下の世直し旅だよね。
わかります。
でも、うん。
私も誇らしかった。
強化魔法を受けてとは言え、セラは自力で成敗したのだ。
成長したものだ。
剣の振りも身のこなしも大したものだった。
やがて騎兵の一団がやってきた。




