21 でも私、悪くないよね!?
視野が暗転。
私たちはダンジョンの出入り口――兵士が守る柵の前に出た。
おっと。
兵士と目が合ってしまった。
「やっほー」
笑って私は『透化』した。
浮かんで離脱。
「え。なんだ、今のは……? 空色の髪の女の子……?」
兵士は最初、あっけに取られていたけど、ほどなくして足元で倒れているカイルに気づいてくれた。
「おい、おまえ……。カイルか! しっかりしろまだ生きているのか!? 俺の声が聞こえるか!?」
カイルは酷い有様だった。
足は変な方向に曲がっているし、体中が傷だらけだ。
ちょっとだけ私の蹴りが強かったのか。
床を転がって、最後は思いっきり壁にぶつかったような気もするし。
うん。
ごめんね?
でも私、悪くないよね!?
「今、ポーションを飲ませてやるからな。……クソ、ダメか」
カイルの腰ポーチに入っていたポーションは割れていた。
「なあ、軍のポーションを――」
「それは規則違反だ。冒険者に使うことは許されていない」
仲間が冷静に告げる。
「チッ。スマン、少し外す」
カイルの知り合いらしき兵士が広場に走った。
商人からポーンションを買って、戻ってくる。
カイルを日陰に運んでポーションを飲ませる。
すると、少しだけカイルの顔色がよくなった。
ただ、骨折が治ったり、キチンと傷が消えることはなかった。
意識も戻らない。
「安物のポーションではダメか」
この後、知り合いらしき兵士は、広場の冒険者に声をかけた。
怪我人がいるから手を貸してくれる水魔術師はいないか、と。
だけど残念ながら返事はなかった。
「スマン、町に行かせてくれ。こいつの妹を呼んでくる」
「わかった。早く戻れよ」
「スマン!」
仲間に頭を下げて、兵士が走っていく。
私は、その様子を見つつ、どうしようか迷っていた。
カイルの怪我は、私が回復魔法をかければ全快する。
でも、簡単に全快させてしまうと、まったく懲りることなく、再びダンジョンに突入しそうで怖い。
そうなれば、今度こそおしまいだろう。
うーん。
どうしたものか。
私は途方にくれてしまった。
ダンジョンの外の広場は、相変わらず騒がしい。
ダンジョンに入っていく冒険者がいれば、出てくる冒険者もいる。
成功した人も、失敗した人もいる。
カイルのことは、失敗した冒険者が1人増えただけのことで、それ以上でもそれ以下でもなかった。
ダンジョンとは、そういう場所。
実力もないのに挑めば、死んで当然の世界だ。
まあ、うん。
今回、カイルを半殺しにしたのは、ダンジョンの魔物ではなく……。
クウちゃんさん11歳なんですけれどもね……。
さすがに、このまま放置では寝覚めが悪いので……。
ヒールだけかけて、本来の目的地……。
とんがり山に向かっちゃおうかな……。
カイルの人生は、カイルが決めるものだし……。
でもなぁ……。
見殺しにするのは……。
どうしたらいいんだよぉぉぉぉぉ!
決められずに悩むことしばし……。
「お兄ちゃん!」
白いローブ姿の女の子が、息を切らして走ってきた。
私は彼女を知っている。
治療を頑張っていたオリビアさんだ。
「どうして! どうして1人でダンジョンに! パーティーを組んで入るって何度も約束したのに!」
叫んだ後、オリビアさんは気持ちを切り替え――。
真剣な表情になって、胸の前で手を組んだ。
集中力を高めるように目を閉じる。
「……精霊様。
私のすべてを捧げます。
どうか兄を――。
兄をお救いください――」
オリビアさんが癒やしの呪文を唱える。
清らかな水の魔力がカイルを包む。
いくらかの傷が消えていった。
だけど骨折は治らないし、意識も戻らない。
もう一度、唱える。
さらに、もう一度。
疲れと焦りからか、本来の効果が出ていない気がする。
3度の詠唱をおえたところでオリビアさんはよろめき、近くで様子を見ていた兵士に支えられた。
「これでもう命に別状はない。君は休め」
「でも、まだ足が。もう一度だけ」
魂から振り絞るように、オリビアさんが呪文の詠唱を始める。
さすがにこれ以上は、黙って見ていられなかった。
「手伝うよ」
私は『透化』を解き、オリビアさんに手をそえた。
「君は……。さっきの……?」
兵士が、驚いた顔を私に向けてくる。
「ただの通りすがりの精霊さんだよ。手伝うだけだから気にしないで」
私はオリビアさんを真似て、呪文の詠唱を行う。
私に呪文は不要だけど、水の魔術に見せたほうがいいだろう。
実際にかけたのは白魔法のヒールだ。
よし。
白い光に包まれて、カイルは回復した。
明らかに水の魔術ではない発動になってしまったけど、まあ、うん、全快したので良しとしておこう!
「……ここは?」
同時に意識も取り戻したようだ。
「お兄ちゃん!」
身を起こしたカイルにオリビアさんが抱きつく。
そして号泣した。
その様子を見ながら兵士が静かに言う。
「カイル、おまえ、本気でいい加減にしろよ。たった1人の肉親を、どれだけ泣かせれば気が済むつもりだ」
「俺にだって男の意地が――」
「お兄ちゃぁぁぁぁん!」
「オリビア……」
「もう怖いことはやめてよぉぉぉ! お願いだから無茶しないで! どうして剣の修行もしていないお兄ちゃんが冒険者になれるのよ! どうして私のことを1人にしようとばかりするのよぉぉぉ!」
ごめんな、と、つぶやいてカイルはオリビアさんを抱きしめた。
これで少しは反省してくれるといいけど。
私が関わるのはここまでだ。
「なあ、君はいったい……。精霊とはどういう……」
兵士が声をかけてきた。
いかん。
余計なことを言ってしまったか。
精霊ってことは秘密にしたほうがいいんだった。
どうしよう。
ここは上書き作戦だ。
私は胸元からペンダントを取り出して、兵士に見せた。
「そ、それは……! ははーーーーーーーーーー!」
「ああ、いいから平伏しないで。お忍びです」
「あの……。そのエルフの方は?」
兵士のあまりに大きな声に、泣くのをやめたオリビアさんが私のことを見つめる。
「こ、この御方は恐れ多くも――」
「いいから。お忍びです。ちなみにエルフではありません。ただの変装なので気にしないように」
「は、ははーーーーーーーーー!」
「なあ、おまえ、俺を勝手に癒やした……。いや、てか、その声、ダンジョンで聞いたような。てか、俺を蹴った……?」
「あの! 先程は魔術の御助力ありがとうございました! 私だけでは兄を癒やすことは無理でした! あの、先程の白き力は光の魔術だったのでしょうか? もしかして聖女様――」
「ま、まあ、気にしないでっ! ただの通りすがりだから!」
む。そうだ。
私はコホンと息をついて、口調を変えた。
「カイルと申しましたか。せっかく助かった命です、大切になさい。貴方の命は貴方のものですが、それだけではないことも忘れてはなりませんよ」
「……あ、ああ」
よし。なんか偉そうに言えた。
少しは効くだろう。
私は、なんとなく格好をつけて、くるりと背を向けた。
うしろで見ていた他の兵士たちと目が合う。
ビシッと敬礼された。
あ、いえ、私、ただの一般人ですので。
そそくさと歩いて立ち去る。
広場から出た。
山道で1人になったところで姿を消す。
空高くに上がってから、全力の『飛行』で逃げた。
うん。
ペンダントを見せたのも失敗だった。
しかも聖女とか言われかけたし。
変な騒ぎになる前に、撤退!
とはいえ私は頑張った。
自分にできることはやった気がする。
カイルもきっと、次の生き方を探してくれることだろう。




