209 キャンプディナーを作ろう!
晴れた星の夜。
流れる川を見下ろせる、岩と土の空き地で――。
木が燃えて、赤い炎が踊っている。
「火だねえ」
「火ですねえ……」
「綺麗だねえ」
「綺麗ですねえ……」
私とセラは炎を見つめる。
見つめていると炎の中に意識が溶けていくようで、飽きることなくずっとそのままでいられる不思議な感覚だ。
「クウちゃん、今夜は何を作るの?」
とはいえ、いつまでも魅入ってはいられない。
エミリーちゃんに聞かれて、私は溶けかけていた意識を現実に引き戻す。
そう。
夕食を作らねば。
これは、そのための炎なのだ。
「やっぱり、キャンプの夜といえばこれだよねー! じゃじゃーん、肉ー!」
アイテム欄から取り出したブロック肉を高々と掲げる。
両手で抱える大きさだ。
なんといってもヒオリさんがいるからね。
たっぷりと用意した。
「大きなお肉だーっ! やったーっ!」
エミリーちゃんが飛び跳ねて喜ぶ。
「今夜は、まずこれを焼こうと思いまーす! とうっ!」
「えええええええ!?」
火の中に肉を投げ入れると、エミリーちゃんが悲鳴を上げた。
「……どうしたの?」
「待って待って! クウちゃん! 取り出してー!」
「え。あ、うん」
言われるまま、物品操作で取り出した。
「な、なんで投げ入れたの!?」
「せっかくのキャンプだし、豪快に丸焼きがいいかなーと思って」
「丸焼きってそういうのじゃないよ? しっかりと棒に挿して、火加減を見ながらじっくり回して焼くんだよ?」
「あー、そういえば、そうなのかー」
言われてみれば、モンスターを狩る系のゲームであった気がする。
「しかも2時間くらいかけるんだよ? そうしないと、中まで焼けないから」
「そうなんだー」
「……2時間は少し長いですね」
セラの意見は尤もだ。
脇を見れば、ヒオリさんがハンマーを振るってペグを打っている。
フラウはテントの中でポールを支えているみたいだ。
ゼノもペグを打っていて、ヒオリさんから強い力で叩きすぎてペグを折らないように再三言われている。
「じゃあ、どうしようか……」
あんまりのんびり作っていては、ヒオリさんたちが空腹で倒れてしまう。
私もお腹が減ってきた。
「クウちゃん、野菜はある?」
「うん。あるよー」
エミリーちゃんに聞かれて、私はうなずいた。
市場で買ったものが大量にアイテム欄には入っている。
玉ねぎでも人参でも、なんでも来いだ。
「串にしよっか?」
「あ、ごめん。串は持ってきてないなぁ」
「作るから平気だよー」
そう言うとエミリーちゃんはスコンスコーンと軽快に手斧で薪を割って、すぐに20本くらいの串を作った。
残してあった角材をまな板代わりにして、エミリーちゃんが肉を切る。
肉は適度な厚さに切ってからナイフの裏側で叩く。
あ、私、それ、知ってるよ?
肉が柔らかくなるんだよね。
エミリーちゃんは玉ねぎも切った。
肉と玉ねぎを串に通す。
塩をパラパラ。
手際よく、20本も作った。
1本だけでもかなりのボリュームなんだけど、20本もいるんだろうか……。
私はたぶん、1本か2本で満足だ。
とは思ったけど、ヒオリさんやフラウなら食べてしまうのかな。
「よし、あとは焼くだけだね。でも先にスープを作っちゃおうか。
クウちゃん、芋と豆がほしいんだけどある?
あと、葉のものと……。
ブイヨンキューブもあるといいんだけど……」
エミリーちゃんに言われるまま、私は鍋と材料を用意した。
水、豆、じゃがいも、セロリ。
ブイヨンキューブは即席スープの元として帝国では定番で、市場でお値打ちに売っていたので私も買ってあった。
「お母さんが家でよく作ってくれるスープなんだー、安くて美味しいんだよー」
かまどに網を置いて、その上に鍋を乗せる。
水を入れて、豆を入れて、じゃがいもは適当に切って投入。
煮立ったところでブイヨンとセロリも加えて、塩で味を整えて完成。
「おお、いい匂いですね」
「で、あるな」
「ボク、お腹空いたよー。まだー?」
匂いにつられて、ヒオリさんたちがやってくる。
テントは完成したみたいだ。
4人くらいは寝れそうなワンポールのテントが2つ、きちんと立っている。
「あと少しだよー」
エミリーちゃんがヒオリさんたちに答える。
「それは楽しみです。さあ、ぜのりん、フラウ殿、我等はテーブルと椅子の準備も済ませてしまいましょう」
「ヒオリさん、テーブルと椅子はいいや。火を囲んでしゃがんで食べよー」
「わかりました。では、軽く座れるように石でも拾ってきます」
「なら私も手伝うよ」
見ているだけよりは役に立つよね。
と思ったら、
「クウは料理に専念してよー。楽しみにしてるからさー」
「で、ある。場の準備は妾達に任せるのである」
ゼノとフラウに笑顔で遮られてしまった。
「あ、うん……」
川原に降りていく3人を、私は見送った。
実は見ているだけです。
とは言えなかった。
私のささやかなプライドがね……。
邪魔をしてね……。
うん。
はい。
「じゃあ、いよいよ肉を焼くね」
エミリーちゃんは気にせずに調理を進めていく。
鍋を横にどけた。
ついに網の上に肉串が乗った。
肉の焼ける心地よい音があたりに広がる。
しばし待機。
肉の油が落ちる度、炎がぶわっと巻き上がるのが、なんだか見ていて楽しい。
「もうすぐできるよー」
肉串をひっくり返しながらエミリーちゃんが教えてくれた。
「うん」
「はい」
私とセラは、かまどの脇にしゃがんで、2人そろって静かに様子を見つめる。
これはあれだ。
私とセラの役割は、監修だね。
うん。
まだ幼いエミリーちゃんがちゃんとやれるかどうか、確認しているのだよね、私とセラは2人で優しく。
はい。
本当はただの見学者ですけれども。
「エミリーちゃんは、いいお嫁さんになれるねえ」
小さいのに、しっかりしている。
「うちは貧乏だから、魔石の道具がないだけだよー。クウちゃんとセラちゃんのほうがいいお嫁さんになれるよー」
「そうでしょうか……。わたくし、本当になんにもできません……。火をつけるのも料理をするのも魔法に見えてしまいます……」
「セラはやる必要ないと思うけどねー。お姫さまだし」
「うん。そうだよー。セラちゃんはかわいいから大正義だよー」
「そうそう。かわいいは正義」
エミリーちゃんの言葉に乗っかって私はうなずいた。
「……それ、褒められているのかバカにされているのかわかりません」
セラが唇を尖らせる。
そんな仕草まで、セラはいちいちかわいい。
「できたよーっ!」
エミリーちゃんが夜空に肉串を掲げる。
「あ、私、お皿とかカップとかスプーンとか用意するね!」
忘れてた!
「わ、わたくしは何をすれば……?」
「セラは見ててー」
「そんなー」
と言っても私の仕事だって、帆布を敷いて、その上にお皿やカップやスプーンを置いて好きに使えるようにするだけなんだけどね。
おっと、ポットに水を入れて、飲めるようにしておこう。
あとパンも出しておこう。
はい、できたー。
ちょうどヒオリさんたちも石を拾って戻ってきた。
私たちは火を囲んで石の上に座る。
「さあ、というわけで! 今夜はエミリーちゃんの特製です! 肉と玉ねぎの串焼きと豆とじゃがいものスープ! いただきますかー! パンもたっぷりあるから好きなだけ食べていいよー!」
「「「「おー!」」」
ヒオリさんとゼノとフラウが声を合わせる。
「じゃんじゃん食べてねー。わたし、頑張って焼くから」
「エミリーちゃんも食べていいよー。あとを焼くのは私がやるよ」
「え、でも……」
「任せて。私、食べながらやるし」
エミリーちゃんは真面目でいい子だから、焼くだけになりそうなんだよね。
その点、私はいい加減だから食べながらでも余裕なのだ。
「ね? 任せてっ!」
「うん。わかった。じゃあ、お願いね、クウちゃん」
「うんっ!」
「わたくしも手伝いますっ!」
「セラも食べててー」
「いえ、でも、わたくしも何かやらないと!」
セラも真面目だ。
「あ、なら、みんなのカップにスープをよそってあげて」
「わかりました!」
セラは張り切ってスープ係になってくれた。
さて。
私は焼くか。
横に並べて、網の上に生の肉串を置く。
しばらく放置だね。
かまどの中の炎を見ながら、出来たての肉串を食べる。
エミリーちゃんの焼いた肉串は、まさに完璧な仕上がりだった。
芳醇な肉の旨味が口の中に広がる。
焼けた玉ねぎが絶妙に甘くて、肉と絡み合う。
網の上の肉の焼け具合は、よくわからない。
夜の中、一応、炎の明るさはあるんだけど、赤と黒ばかりが強調されて微妙な色加減は認識できない。
ちなみに魔法の光はもう付いていない。
なので直感の勝負になる。
うん。
受けて立つよ。
まさにこれこそが、夜のキャンプの醍醐味だよね。
魔法の光には頼らない。
私、負けない。
立派に美味しい肉串を焼いてみせるよ。
夜空に煙が立ち昇る。
見上げれば、星。
揺らめく炎の音色に混じって聞こえるのは、川のせせらぎ。
みんながはふはふと肉串を食べる音。
いいね。
素敵な夜だと、私は思った。
そして……。
のんびりとキャンプの夜の雰囲気を楽しんでいたら、肉串は丸焦げになった。
エミリーちゃんに笑顔で優しくお説教されて、セラに慰められた。
というわけで、その夜は青春会話ではなく、エミリー先生とヒオリ先生によるキャンプ勉強会になりました。
正直、とても勉強になりました。
なんでも力ずくでやろうとしちゃダメだね、私。
で、それがおわって、テントに入って毛布をかけて寝たのだけど……。
深夜。
私は目を覚ました。
敵感知が反応したからではない。
むしろ逆だ。
なんだろう……。
冷たい風が優しく肌を包むような、不思議な気配を感じた。
私は外に出た。
深夜の世界は明るかった。
影が出るほどだ。
月と星の光が、あたり一面には降り注いでいた。
私は、誘われるように空き地の縁へと歩いた。
その眼下には――。
星の空よりも煌めく川の水面があった。




