208 初めてのキャンプ
私は街道に沿って低空を飛んでいた。
となりにはゼノがいて、2人で眼下に目を向けている。
午後の遅い時間。
今夜のキャンプ地を私たちは探していた。
まわりに人影はないので、姿は消さず、普通に飛んでいた。
「ねえ、クウ。こっち、森が開けて、いい感じに草むらになってるけど」
「草むらはダメー」
「なんでさー?」
「虫が出るでしょー! 虫がー!」
「虫なんて無視すればいいでしょー」
「おもしろくなーい。0点でーす」
「ギャグじゃないよー?」
「うん。わかってる。虫は本気で嫌だから、いないとこがいいんだよー」
「虫なんて、どこにでもいると思うけど……。夏だよ?」
「できるだけー!」
たとえば、ザニデア山脈でよく寝ていた岩の上。
ああいう場所を希望したい。
たださすがに、緑豊かな丘陵地帯にそんな場所はない。
なのでせめて、土くれの広場とかないかなーと思って探しているのだけど。
これが見つからない。
「もう妥協したら? 夜になっちゃうよ?」
「だよねえ……」
馬車があるから、どうしても街道沿いになる。
かなり先に進んでも、私を満足させてくれる場所はなかった。
ゼノの言う通り、この先にいい場所があるとしても、到着するまでには真っ暗になってしまうだろう。
「……うーん」
私は途方に暮れつつマップを開いた。
マップでは詳細な地形まではわからないけど、大まかにはわかる。
街道から離れた西側に川が流れているのを見つけた。
川辺……。
いいかも。
砂とか砂利の場所があれば、そこがいい気がする。
ゼノを誘って行ってみた。
するとピッタリの場所を見つけた。
広い砂利の川辺だ。
背後は、草むらの斜面。
その向こうは茂った森だけど、かなり距離は離れている。
「ゼノ、ここどう思う? いいよね?」
「綺麗な場所だと思うけど、さすがに馬車で来るのは無理だと思うよー。街道から丘2つは離れてるし、ここ」
「ふふーん。普通ならねー」
ゼノの賛成もいただいたので、ここでキャンプをすることに決めた。
砂利の川辺が広いだけではなくて、水面も綺麗だ。
透き通って、キラキラとしている。
最高の場所に思える。
こちらの世界にはダムもないし、天候は晴れて安定しているし、いきなり水嵩が増すこともないだろう。
というわけで、急いで馬車に戻る。
「おまたせー、ヒオリさん! キャンプ地、決めたよー!」
「おお。それはよかったです。時間がかかったようですが、かなり先なのですか?」
「かなり先ではあるけど、すぐだよー」
「というと?」
まずは馬車を止めてもらった。
その上で、驚くといけないので馬くんには眠ってもらう。
「……あの、店長。一体、何を?」
「クウちゃん、何かあったのですか?」
ヒオリさんだけでなく、馬車からセラも心配して身を乗り出してくる。
「ヒオリさん、馬車に入って」
「いえ、あの」
「早く」
「は、はい……」
「クウちゃん、何をするのであるか?」
ヒオリさんと入れ違いにフラウが出てきた。
「フラウは外にいてくれていいよー。万が一の時はゼノとお願いねー」
「よくわからないが、わかったのである」
大したことをするわけじゃない。
「じゃあ、行くよー。銀魔法、重力操作」
前にセラと空の旅をした時みたいに、魔法で馬車を持ち上げるだけのことだ。
負荷が強いので長時間は無理だけど丘を2つ越える程度なら楽勝だ。
馬車の中からセラの驚く声が聞こえる。
好奇心旺盛に窓から顔を出してきたエミリーちゃんには中に入ってもらった。
ゼノとフラウに見守られながら、ほどなくして無事に到着。
砂利の川辺に馬車を降ろした。
「ふう」
やっぱり重力操作は疲れる。
降ろしたところで、私は息をついた。
「セラ、エミリーちゃん、ヒオリさん、もう降りていいよー」
「……はい、わかりました」
「うんっ! やったー!」
「馬車で空の旅とは、いい経験をさせてもらいました」
みんながそろったところで、紹介。
「じゃーん! ここが今夜のキャンプ地! 綺麗な川の砂利のほとりでーす!」
セラたちは早速、川の方に行って、水面の美しさに感動していた。
いつの間にか空が赤い。
夕暮れの光に照らされた水面は、本当に美しかった。
「さあ、キャンプの準備をしようっ!」
アイテム欄からキャンプ道具をどさっと取り出して、地面に置いた。
7人分を一式くださいと言って、冒険者ギルドでリリアさんに売ってもらったものだ。
かなりの量がある。
内容は確かめていないけど、これだけあれば十分らしい。
リリアさんがそう言うのだから間違いはないだろう。
「わたくし、頑張りますね。クウちゃん、まずは何をすればいいですか?」
セラがにこやかに聞いてくる。
「さあ」
「えっと。さあ、とは?」
セラが首を傾げる。
「これだけあれば十分なんだってさー」
「はい。えっと、大小様々な袋に、いろいろ入っているんですね……」
「テントとか椅子とかテーブルとかシートが入っているみたいだよー」
「この包まっているものは……毛布……ですよね……」
「だねー」
「この木箱は……」
「たしか、道具が入っているのかな。ロープとか、ナイフとか、ランタンとか」
「そうなんですか……。わたくし、いまいちよく知らなくて……」
「私もー」
実は、取り出すのも使うのも初めてだ。
「あの、店長……。川原でキャンプをするのですか?」
「うん。そだよー。綺麗な場所でしょ?」
「その……店長……。危険なのでやめたほうがいいかと。せめて、斜面の上の空き地でやりましょう」
「天気いいし、川も穏やかだよ?」
平気だと思うけど。
「いえ――。川の場合は、遥か上流で降った雨でも一気に増水するのです。店長やゼノ殿であれば濁流が来ようが平気とは思いますが今回はセラ殿やエミリー殿もいるので、リスクは避けるべきかと」
「そうなんだぁ……」
「はい。これについては、どうか変更いただければ」
「うん。わかった。じゃあ、ヒオリさんの言う通りにするよ」
「ありがとうございます! 安全第一で行きましょう!」
「うん。そだねー」
重力操作の魔法を使って、斜面の上の空き地に道具と馬車を移した。
上は岩と土の空き地で、まあ、妥協はできる。
草むらよりは虫が少なそうだ。
馬は馬車から外して、紐一本でつないだ。
眠らせてあったので、魔法を解いて起こしてあげる。
用意しておいた餌と水をあげた。
今日はありがとね。
明日もよろしくね。
セラたちは、自力で斜面を上ってきた。
みんな楽々とだった。
セラも訓練の成果で、かなり体力をつけてきているようだ。
「店長、急ぎましょう。このままでは日が暮れてしまいます。それまでにテントを建ててしまわないと」
「ボク、お腹空いたよー。先に何か作ろうよー」
「ぜのりん、それでは世界が真っ暗になってしまいます」
「平気だけど?」
まあ、ゼノは闇属性だしね。
私たちはそうもいかない。
「まずは設営だね。がんばろー」
私は元気に声をあげた。
「じゃあ、ヒオリさん、指示よろしくね。詳しそうだし、お任せするよー」
「店長がやるのでは?」
「私、わかんないし」
私はかしこいので、直感で勝負すればやれると思うけど。
「わかりました。それでは、まずはパーツを袋から出して、どんなテントなのか見させていただきますね」
「うん。お願い」
「幸いにも風は周囲の木々に遮られていますが、地面が岩混じりなのでペグが刺さるかが心配ですね」
「ペグって何?」
「テントを固定するための杭です。ロープを張ってペグで四方を支えないと、テントは倒れてしまうのです」
「そかー。ポンってやって、ポンって立つわけじゃないんだ?」
前世のホームセンターで見たテントは、ワンタッチで簡単に開きますっ! って宣伝されていた気もするけど。
「これはそういう品なのですか?」
「知らないけど」
「一般的には、ポールを立てて、その上に布をかぶせて、四方を引っ張って空間を作るような構造です」
「そかー。やっぱりお任せするねー」
なかなか大変そうだ。
「クウちゃん、役割を分けたらどうであるか? ゼノと妾がヒオリを手伝ってテントの組み立てに回るのである。クウちゃん達には夕食をお願いしたいのである。実は妾も空腹なのである。クウちゃんの手料理に期待なのである」
フラウがお腹に手を当てて言う。
「うん。わかったー。じゃあ、セラ、エミリーちゃん、私たちは火を起こしてキャンプなディナーの準備をしよー」
「はいっ! なんでも言って下さいっ! わたくし、やりますっ!」
「わたしもがんばる。クウちゃん、よろしくね」
太陽はどんどん落ちていく。
のんびりしていると本当に真っ暗になってしまいそうだ。
まあ、火を起こすくらいは楽勝だよね。
やったことないけど。
「えっと、じゃあ……。えっと……。火を起こすんだから、まずは木? 燃えるものがいるんだよね……」
「クウちゃん、薪は持ってきていないの?」
「薪? って木だよね?」
「細く切って乾かした木のことだよ。焚き火の時に使う木のことだよ」
「そうなんだぁ」
「持ってきていないの?」
「うん。木って、現地で集めるものなんだよね?」
「そかー」
エミリーちゃんが私の口癖をっ!
なかなかに似ている!
「あ、でも、木材ならあるよ」
アイテム欄から、ポンっと取り出す。
加工済みの長さ5メートルはある角材だ。
「これでいい?」
「う、うん……。すごく立派な木だね……。家を作れそうだよ……」
「これでいいんだ? 森に行って切ってこなくていいの?」
新鮮な方がいい気もするけど。
「これがいいと思うよ。クウちゃん、クウちゃんの魔法で、30センチくらいに輪切りにできるかな?」
「うん。いいよー」
「お願い。あと、ナタはある?」
「ナタっていうと……ああ、うん、手斧なら箱にあると思うよ」
私は、キャンプ道具一式の山を指差した。
「じゃあ、薪にするのはわたしがやるね」
「うん。お願い」
エミリーちゃんが手斧を取りに行く。
その間に私は、風の魔法で角材をいくつかに分割した。
エミリーちゃんがそれを手斧で縦に割っていく。
「クウちゃん、セラちゃん、枯れ草を取ってきてもらっていい? 手で拾える分くらいでいいから。あと、かまどを作るから石もお願い」
「うん。わかったー」
「はいっ! お任せくださいっ!」
私とセラは、森との境界付近に落ちていた枯れ草を拾った。
石集めはシルエラさんが手早くやってくれた。
その内、すっかり暗くなってしまった。
「わたくしの出番ですね! ライトボール!」
セラが光の魔力で、ふわふわと浮かぶ光の玉を呼び出した。
苦労の末、セラはこの魔法も身につけていた。
周囲が明るく照らされる。
「ありがと、セラちゃん。ちょっと待っててね、すぐに作っちゃうから」
「エミリーちゃん、手際いいねー」
見ていて感心してしまう。
「薪作りは、いつも家でやっているの。外でみんなで食べることも多いから、かまどを作ることもあるし」
薪を作った後は、石を並べてエミリーちゃんはかまどを組んだ。
そこに薪を置いていく。
私たちが拾ってきた枯れ草は薪の上に乗せた。
私とセラは見ているだけだ。
正確には私だけか。
セラは魔法で光の玉を出しているし。
エミリーちゃんはキャンプ道具一式の中から、麻紐と石も持ってきていた。
麻紐をほぐして綿みたいにして、石を打つ。
火花が散った。
何度か繰り返す内、火花が麻紐に燃え移る。
そこに息を吹きかけて火を大きくして、枯れ草の上に置いた。
みるみる焚き火になっていく。
「お待たせ。できたよ」
立ち上がる炎の横で、エミリーちゃんが笑う。
まるで魔法だ。
私とセラは思わず拍手していた。




