206 さあ、出発だ!
窓から入ってくる爽やかだけど暑い朝の光を受けて、私は目を覚ます。
今日は10日を予定している旅の出発日。
アクビしつつ、ベッドから降りる。
体調は、まあまあ。
昨夜は遅くまでロックさんたちと騒いだから少し寝不足なのだ。
と、昨夜は遊んだんだけど……。
この数日。
私はこの世界に来て、これ以上はないほどに頑張って働いた。
まずは、オダンさんとウェルダンの仕入れ分。
人生を賭けて売りさばきたいというので、200個の『精霊ちゃんぬいぐるみ』を生成して卸してあげた。
お店を閉めて頑張って集中して作った。
正直、まさかオダンさんとウェルダンさんが手を握って商売するとは思わなかったけど成功してほしいところだ。
2人は他にもたくさんの精霊様グッズを買い込んでいた。
帝都で流行った以上、他都市でも流行ると確信しているようだ。
精霊ちゃんぬいぐるみについては、ウェーバーさんが近い内に量産品の販売を始めることは伝えておいた。
結果として私の生成したものの価値がどうなるかは不明だけど。
すごいプレミアがつく可能性もある。
そのあたりも踏まえて、好きに販売していいよと言っておいた。
次の日からはお店を開けて、普通に売った。
毎日綺麗に完売した。
大儲けだった。
夜は在庫の補充を頑張った。
昨夜は騒いだけど、この数日は夜も仕事をしていたのだ。
というわけで。
空っぽのお店を残して、まずは大宮殿の奥庭園、願いの泉のほとりに向かった。
今回は1人ではないので『帰還』の魔法は使わない。
フラウとゼノと一緒に姿を消して空から行く。
ヒオリさんはゼノが担いだ。
セラと合流したら、そのまま馬車に乗って旅のスタートだ。
お店は、私が留守の間、バルターさんが預かってくれることになった。
掃除や魔石の補充をしておいてくれるそうだ。
ありがたや。
ちなみに演奏会の夜、1人で夜空に消えたゼノだけど次の日には何事もなかったかのようにケロリと家にいた。
ちなみに私たちは手ぶらだ。
すべて、私のアイテム欄の中に入っている。
キャンプ道具も準備しておいた。
テント泊して、野外でバーベキューなんかも楽しそうだし。
旅は、大まかなスケジュールを決めただけで、あとはすべて行き当たりばったりなのでどうなるかはわからないけれど。
服装は、私とゼノとフラウは普段通り。
ヒオリさんは、森で初めて出会った時の和風な旅装束だ。
願いの泉のほとりに降り立って透明化の魔法を解く。
「セラ、おっはよー!
シルエラさんもおはようございます」
すでに木陰のベンチにはセラが来ていた。
うしろにはシルエラさんがいる。
セラはブーツにスカートに長袖シャツという、動きやすそうな姿だった。
腰には小剣を差している。
シルエラさんはいつものメイド姿だ。
「おはようございます、クウちゃん。
フラウさん、ゼノさん、ヒオリさんも、おはようございます。
これから何日か、よろしくお願いします」
「うむ。よろしく頼むのである」
「楽しもうねー!」
「体の不調などあれば遠慮なく某に仰って下さい。医学の知識も並にはありますのでご相談に乗れます。もっとも、店長がいれば心配は無用でしょうが」
シルエラさんの案内で、馬車を止めてある広場まで向かった。
そこには陛下たちが見送りに来てくれていた。
お兄さまとお姉さまとナルタスくんもいる。
馬車は、地味で頑丈なものが用意されていた。
きらびやかな装飾は何もついていない。
これなら普通に旅ができそうだ。
繋がれた馬は公用のもので、アーレの公厩舎に預ければよいとのことだった。
「クウ、くれぐれも派手なことはするなよ?」
「わかってますよー」
「セラフィーヌは存分に世界を見てくるといい」
「はい。お父さま」
「フラウニール殿、賢者殿、ゼノリナータ殿、2人をよろしく頼む」
陛下のお言葉の後、皇妃様からもお言葉をもらった。
内容は似ていた。
ついでにお兄さまからも同じようなことを言われた。
3人とも、注意するのは私だけだった。
なんか私、信用ないね。
こんなにかしこくて、冷静沈着なのに。
ナルタスくんとアリーシャお姉さまは、普通に見送ってくれた。
「ところで誰が馬車を操るのかしら? 御者が必要なら用意しますが?」
皇妃様が聞いてきた。
そう言えば決めていなかった。
「某が慣れておりますので、お任せ下さい」
ヒオリさんは、馬車の制御もお手の物のようだった。
なんでもできてすごいね。
旅の途中でぜひとも教えてもらおう。
正直、動物とも意思疎通ができるっぽい精霊な私は、馬くんにお願いするだけで済むような気もするけど。
普通のやり方も知っておいて損はないよね。
なにかの時、無駄に目立たずに済むし。
乗り込んだ。
ヒオリさんが御者台に上がる。
ヒオリさんのとなりにはふわりとゼノが座った。
私たちは馬車に入った。
中は広くて、みんながそろっても余裕で座れそうだった。
「では、行って参りますっ!
お父さま、お母さま、お兄さま、お姉さま、ナルタス!
お土産、楽しみにしていてくださいねっ!」
「ああ。楽しみにしている。おまえも楽しんでこい」
「帰りを待っているわ、セラフィーヌ」
「はいっ! お父さま! お母さま!」
馬車が動き始めた。
大宮殿の広大な庭園を抜けて、市街へと続いた幅の広い道に出る。
大通りを進んで、大門へ。
ここまでは、馬に乗った衛兵さんが先導してくれた。
その衛兵さんと別れて、私たちは門を通過する。
暗がりの門を抜けると、光が満ちた。
そこには、緑と青の、どこまでも広がる夏の世界があった。
「うわぁ」
セラが馬車の窓から身を乗り出して景色に感動する。
「すごいです! すごいですよ、クウちゃん! わたくしたち、ついに帝都の外に出ちゃいました緑がすごいです! 広がっています!」
「すごいけど、この前も出たよね」
「それはそうですけど、でも、暗い門を抜けて、ぱーっと景色が広がるって、なんだか感動じゃないですか!」
「そだねー。それはわかるよー」
「もう! クウちゃんったら大人のふりなんてして!」
セラ、ものすごく興奮してる。
「では、まずはネミエの町に向かいます。某も久しぶりなので楽しみです」
御者台からそう言ってくるヒオリさんの声も明るい。
「あーもう。光がまぶしいー。夜の方が静かで暗くていいのにー」
夜の旅をしようというゼノの提案は、さすがに却下していた。
闇の大精霊のゼノには悪いけど、やっぱり夏の旅は明るい太陽の下でしたい。
確かに光はまぶしいけど、気持ちいいし。
ちなみに暑くはない。
なぜならば。
馬車にはクーラーが設置されていた。
魔道具、おそるべし!
ただ、風を感じたかったので、窓は開けっ放しにしてある。
なので完全に冷えることはなかった。
でも逆に、それくらいがちょうど心地よかった。
外の気候も灼熱ではないしね。
体感だけど、たぶん30度くらいだろう。
「ぜのりん、眩しいなら馬車に入っていてくれてもいいのですよ」
「なぁに、ボクが横にいるのがそんなに嫌なわけー?」
「い、いえっ! そういうわけでは。ただ、体調を崩されては大変かと」
「へーき。眩しいだけで、別に害はないし」
「ならいいのですが……」
「ボクのこと心配してくれたんだねー。ありがとー」
「ぜ、ぜのりんっ! 今はだめですぅぅぅ! 馬車の操作が、馬車の操作が変になりますからぁぁぁ! 店長に! 店長に怒られますよぉ!」
「ちぇー。わかったよーだ。……じゃあ、夜にね?」
「は、はい……」
前の2人も楽しくやっているようだ。
ゼノには、ヒオリさんを消耗させすぎないように後でよく言っておこう。
「ネミエってどんな町なのか、わたくし、楽しみでたまりません」
「あはは。小さな町だよー」
「エミリーちゃんのおうちは、どんな感じなんでしょうか」
「あはは。小さな家だよー」
「クウちゃんのところくらいですか?」
「もっとだよー」
「そうなんですか……」
セラは、1500以上の部屋があるという大宮殿で生まれ育ってきたのだ。
私の家ですら小さく感じていたようだ。
「……えっと、セラ。あのね」
「はい?」
「エミリーちゃんのところは貧乏だから本当に小さな家だけど、うわぁ犬小屋みたいですーとか言っちゃ駄目だからね?」
「もー! そんな失礼なことは言いませんっ!」
「あはは。ごめんごめん。セラは、かしこくていい子だね」
「…………」
う。
頭を撫でようとしたら、じっと見つめられた。
「あはは」
笑ってごまかす。
「もう。クウちゃんってば」
「ごめんね?」
「怒ってはいませんけど」
「あはは。よかったー。セラが可愛くって、つい」
「……もう」
「でも、あれだねー。帝都を出ても、人、まだたくさんいるねー」
馬車は田園の中をゆっくりと進んでいく。
まだ街道に人の姿は多い。
田園で働く人たち。
旅する人たち。
重い荷物を担いで、どこかに何かを売りに行く人たち。
帝都に帰ってくる人たち。
商品を満載した荷馬車。
「……みなさん、それぞれ、頑張って生きているんですよね」
「だねー」
行き交う人々を見ていると、なんだか感慨深い。
と、ここで、いきなりフラウが私の膝の上に乗ってきた。
「クウちゃん、妾も構うのである。セラばかり構うのは不公平なのである」
「あはは。だねー。ごめんごめん」
フラウのことを放置していた。
珍しくセラが大興奮するからセラにばかり気を取られていた。
「……ですよね。ごめんなさい、フラウさん」
「よいのである。会話しつつ、頭を撫でてくれれば問題ないのである」
「はいはい」
フラウは軽いので、しばらくなら膝の上に置いておいても平気だ。
ずっとは困るけど。
見た目は5歳の幼女を抱っこして頭を撫でた。
実は千歳以上のはずなんだけど、気にしないのが一番だ。
「やはりクウちゃんの温もりは最高なのである。幸せなのである」
満足してくれているので、よしとしよう。
道は分岐していく。
やがて街道の人影はまばらになり、私たちの馬車は田園地帯を抜けた。
ネミエの町へと続く丘陵の道へと入る。
ネミエの町までは、基本的には安全だ。
衛兵さんがしっかりと巡回して街道の治安を守っている。
盗賊や魔物に襲われる心配はない。
もちろん油断は禁物だけど。
それでも、まだまだのんびりとすることはできた。
夏の旅、スタート\(^o^)/




