201 吸血鬼のウィルと再会(初対面は82話)
「よっと」
私たちが現れたのは、崖際の高台の上だった。
背後には天然の岩壁がそびえていて、高い場所から糸のように細い滝が何本かに分かれて流れ落ちていた。
ここはどうやら滝壺のようだ。
滝は二段階になっていて、ここから更に流れて下にまで水は落ちていた。
視野はそれなりにある。
壁や床や天井から突き出す無数の鉱物が、青黒い光を広げていた。
広い洞窟だ。
少なくとも、ドーム球場くらいはある。
眼下には廃墟が広がっている。
かつて大規模な崩落があったのだろう。
廃墟の多くは岩砂に埋まっていた。
そして、なにより目についたのは地下空間の真ん中にそびえる真っ黒な塔だ。
窓ひとつなく、飾りひとつなく。
ただ垂直に伸びた、鉛筆の芯のような塔だった。
塔は天井を突き抜けて更に上にまで続いているように見える。
「すごいとこだね……」
それが私の正直な感想だった。
「かつてこの大陸で魔法を極めた王国が、最新の実験を行うために作った秘密の地下施設らしいからねー」
「あの黒い塔って、何?」
「ブラックタワー」
「それは……うん、見ればわかるけど……」
「もう壊れてるけど、昔は地上まで伸びていて、この世界の生命の源をひたすらに取り込むための装置だったみたい。大崩壊の夜に地上部分は完全に消滅したけど、地下の部分はまだ普通に残っている」
「そうなんだー」
「と言っても、塔以外はここも崩落と地震で全部壊れたから、もう二度と装置が動くことはないけどね」
「ならいいけど……。でも、不気味だね……」
ブラックタワーの黒は、まったく光を跳ね返していない。
完全なる黒だ。
見ていると吸い込まれそうに感じる。
「ホントにねー。さあ、のんびりしていると演奏会の時間になっちゃうし、早くウィルのところに行こう」
「うん。そだね」
私はゼノの案内で高台を離れ、洞窟の中を飛んだ。
向かうのはブラックタワーの麓だ。
ブラックタワーの付近は崩落があまりなかったようで、破損はしているものの他よりマシな建物がいくつかあった。
その内のひとつ、尖塔が折れた神殿のような建物に入る。
入り口にドアはなかった。
入るとすぐに礼拝堂のような場所があった。
ウィルはここにいた。
生気のない青白い肌。
リボンで結ばれた長い銀髪。
ゴスロリ服。
間違いはないだろう。
長椅子の一つで死んだように寝ていた。
いや、死んでるんだよね。
吸血鬼のアンデッドだし。
さて。
しゃがんで頬を指で突いてみた。
氷みたいに冷たい頬だ。
ぷにぷに。
冷たいけど、弾力はしっかりとあるね。
すると、パチっとウィルが目を開いた。
並の人間なら見つめるだけで支配下に置けるという赤く輝いた魔眼が、ぼんやりと私のことを捉える。
次の瞬間、
「にぎゃあああああ!」
と、驚いた猫みたいにウィルが背中を立てて、椅子から転げ落ちた。
すごい音がする。
「……大丈夫?」
「な、なななな、なんでウィルちゃんのおうちにバケモノがいるのおおおおお! いやー助けてー殺されるー!」
「もう死んでるよね?」
「ウィルちゃん的には生きてるから! 死んでるけど生きてるから!」
「そかー」
「ウィル、いいから起きな」
ゼノが呆れた声で言う。
「こ、これは闇の主様。本日はお日柄もよく。って、お日柄がよかったら駄目ですよねー生きる死者的には!」
相変わらず、なかなかにキレのよい子だ。
よろよろとウィルが身を起こして、椅子に座る。
「……で、何? この可愛くて可憐で素敵なウィルちゃんに、何か用?」
ウィルが私をじっと見つめてくる。
「用はないけど、顔を見に来ただけ」
「今、渾身の力で魔眼をぶつけてるんだけど、何か感じない?」
「眩しいからやめて? ライトがわりなら丁度いいね、その目」
「……泣いていい?」
「ねえ、それより他の吸血鬼の人たちは? 外にも誰もいない感じだったけど」
「今はお昼の時間なんだから、みんな寝てるに決まってるでしょー。私達は規則正しい夜行性なんですー」
「地下の洞窟なのに?」
「ここが洞窟でも、外に出れば太陽があるでしょー。バカなの? 死ぬの? いいよ死んでもさようなら!」
ぽかっ。
「いたっ! いたいんですけどー!」
「あ、ごめん」
つい反射的に頭を叩いちゃった。
「それより外に出たりするんだ? 通路とかあるの?」
「ありますけどー? 外に出ないと、魔物とか捕まえられないしー。ウィルちゃんバジリスクの青い血が好物だから、獲ってきてくれると嬉しいんですけどー」
「人間の血じゃないんだ?」
「人間なんて、もうこのあたりにはいませーん。遥か昔の大崩壊で全滅しましたー。夜帰りできる範囲にいるのは魔物だけですー。そんなの常識なんですけどー。バカなの? 死ぬの? いいよ死んでもさようなら!」
ぽかっ。
「いたっ! いたいんですけどー!」
「いや、二回目だし、突っ込んでほしいのかなーと思って」
もはやコントの領域だよね。
「じゃあ、血を吸わせて?」
「私の?」
「うん。もう貴女でいいや。バケモノだけどお腹空いたし」
ぽかっ。
「いたっ! いたいんですけどー!」
「まあ、なんにしてもウィルが元気そうでよかったよ」
「はぁ?」
「何?」
「ちがいますけどー。ちゃんですー」
「はい?」
「だーかーらー。ウィルちゃん。ちゃんまでが名前なんですけど。ちゃんをつけないなんてあり得ないんですけど。バカなの? 死ぬの? あいたっ!」
またぽかっとしまった。
しかも、イラッときたから強めに。
「ちょ……。頭が陥没しそうなんですけど……。許してほしいんですけどぉ……」
ウィルが頭を押さえてうめく。
「大丈夫。怒ってないよ?」
できるだけ優しく微笑んであげた。
「闇の主様ー! ウィルちゃん、なんか脅されてるんですけどー! どうか助けてほしいんですけどー!」
「はいはい。そこまで」
私は手を叩いて気を取り直した。
いつまでも遊んでいたら、あっという間に時間が過ぎてしまう。
「ねえ、ウィル」
「ん? 何?」
「さっき空からここの全体を見たんだけど、倒れて崩れて埋もれたままの建物がたくさんあるよね? ああいうのって完全放置なの?」
「だって興味ないし?」
「そうなんだ? 他の人も、だいたいそんな感じなの?」
「暇つぶしに探索に出かける子もいるよ。たまに魔道具を持ち帰るし。といっても魔道具なんて大崩壊の時に大量の魔素を浴びて完全破壊されてるから、ただのガラクタ。そんなの集めてどうするのって感じだけど」
「まったくないんだ?」
「ないよ」
「じゃあ、生活、けっこう不便だね」
「まっさかー。ウィルちゃんたち、生前は全員、優秀な魔術師だったしー? ウィルちゃんだって水と火の2属性持ちだったしー」
ウィルが手のひらから、「水よ」で水を、「火よ」で火を生み出す。
「へえ。すごいんだ」
「こんなの初歩でしょ、初歩」
「クウに補足しておくと、この子たちは生前に手術を受けて、体の中に魔石を埋め込まれているんだよ。だから魔物と同じように感覚的に魔術を使えるってわけさ。いうなれば人造人間だね」
ゼノが教えてくれる。
「……大変だったんだね。酷いことされて」
「なんで? 強化なんて普通でしょー。やらなきゃ三等国民確定だしー」
「そうなんだ」
「古代ギザス王国では普通だったみたいだね。すごいよね、大半の国民が人間を辞めている人間の国なんて」
「ホントにねー。ウィルちゃんなんてエリートだったはずなのに。結界に閉じ込められてブラックタワーへの生贄にされてさ。まあ、おかげでこうして生き延びて、何もすることなく死んでいるわけなんですけれども」
肩をすくめて、投げやりな口調でウィルはぼやいた。
ここにいる吸血鬼たちは、全員、ウィルと同じ境遇らしい。
総勢95名。
生贄にされて。
アンデッドになって。
今は、ウィルを含めた4人の上位種がまとめ役となって、緩やかな集合体としてここで暮らしているそうだ。
「……でもほんと、闇の主様が来てくれて助かったよ。
闇の力――じゃなかった!
じゃないですよね、はい!
いきなり泥みたいに湧き出す穢れた力に呑み込まれて5人も消えちゃって。
どうしていいのかわからなくてどうしよもなかったし。
ていうか、ウィルちゃんも呑まれたし?
よくまだ生きてるよね、ウィルちゃん」
正確には死んでいるけどね、アンデッドだし。
とはもう突っ込まなかった。
めんどいし、そもそも元気だし、生きているってことでいいや。
ともかく有意義な話をいろいろと聞くことができた。
魔道具のこととか、もっと聞きたいことはあったけど、けっこう時間が過ぎてしまったので帰ることにする。
「また来るねー」
「あ、バケモノはもう来なくていいから。死んでいいよ? あいたっ。冗談、冗談だってばー。普通に永遠にさようならあいたっ」
「まったくもう。私はクウ。クウちゃんって呼んでね」
「はぁ? 嫌ですけど。あり得ないんですけど? この世界でちゃんをつけていいのはウィルちゃんただ1人なんですけど? ちゃんがちゃんでいいのはウィルちゃんだけの特権なんですけどー! バケモノはバケモノなんですけどーあいたっ」
「ねえ。次にバケモノっていったら……」
神話武器『アストラル・ルーラー』をウィルに突きつける。
「ひぃぃぃ! じょ、冗談だってばー! わかったから、わかったからぁぁぁ! その怖い剣をどけてぇぇ!」
「……もう」
いかんいかん。
ついカッとなって剣を抜いてしまった。
やりすぎた。
反省。
ごめんね、ついカッとなって。
と、謝ろうかと思ったけど。
「じゃあ、わかったから。クウでいいのね? 呼んであげる。バケモノのクウだから略してバク? バクね。よろしく、バク」
「…………」
ごめん。
本気で一瞬、消し去ってやりたくなったよ、このアンデッド。
ゼノは横で大笑いしてるんじゃないの!
バクなんて呼んだら本気でぶん殴るからね!?
この後、ウィルには、よーーーーーーーく言い聞かせた。
これでもかというほど言い聞かせた。
何度も茶化されたけど、手を尽くしてお願いしたら最後にはわかってくれた。
よかった。
そして、すっかり疲れ切って、私はゼノと共に精霊界に戻るのだった。
以前に地下室で助けた吸血鬼のウィルちゃん。
今更ながらの生存報告です。
お気に入りの子なんですが、なかなか出番が作れません(´・ω・`)
 




