200 忘れていたこと
「……あのぉ、陛下。今日も、おはようございまぁす」
「おまえは正面から入ってこれないのか?」
「こっちの方が早いかなぁと」
今日もまた空で待機して、執務室に陛下が来たところでお邪魔させてもらった。
陛下は今日もバルターさんと一緒だ。
「実は今日も急用で……」
「ははは。こんなこともあろうかと同行して正解でしたな」
私の言葉を受けてバルターさんが笑う。
そんなわけで。
ゼノにせがまれた翌朝、早速、私はお願いに行った。
幸いにも快く了承してもらえた。
今日の夕方、午後5時に聴かせてもらえることになった。
フラウとヒオリさんの同行も認めてもらえた。
あとディナーにも誘われた。
どうしようか迷ったけど、断るのも失礼なので受けることにした。
あと、旅の予定表も渡した。
勝手に出発日を決めるなと怒られたけど、認めてはもらえた。
予定はこんな感じだ。
1日目:朝に帝都を出発。馬車の旅。
2日目:馬車の旅。
3日目:馬車の旅。
4日目:アーレに到着。ローゼントさんのところで一泊。
5日目:ドラゴン空の旅で一気にランウエル海岸に到着。
6日目:バカンス。
7日目:バカンス。
8日目:バカンス。
9日目:バカンス。
10日目:魔法で帰宅。
「いやはや、常識の通じない旅ですな」
「まったくだ」
「おふたりは、ランウエル海岸ってどんなところなのか知っていますか?」
「おまえは知らずに行くのか?」
「あ、えっと……。噂は聞いたんですけれども……」
「若い頃に馬を乗り継いで何日か掛けてランウエルまで走ったことがあるが、風光明媚で素晴らしかったぞ」
「あの真っ白な砂浜は今でも思い出せますな」
「バルターさんも行ったことがあるんですね」
本当に有名な場所のようだ。
これなら現地でガッカリすることはなさそうだね。
「ええ。陛下と共に馬で走りました」
「そうなんだぁ。陛下が若い頃にヤンチャしてたことは前に聞いたけど、バルターさんもだったんですね」
「ははは。悪友でしたからな」
「少なくとも温室では育ってこなかったからな、俺達は」
2人は昔からの友人だったんだねえ。
素晴らしいことだ。
「しかしこのままではセラフィーヌ様は、陛下以上に破天荒な青春時代を送ることになりそうですな」
「怪我はさせませんのでっ!」
セラとアンジェとエミリーちゃんの安全は固めるつもりでいる。
旅用の防御特化アクセサリーを作っておく予定だ。
あとのメンバーは、まあ、平気だろう。
「クウにフラウニール殿、賢者殿に闇の大精霊殿が同行するのだろう? 心配はしておらんから安心しろ」
「アリーシャ様が羨ましがっておられましたぞ」
「ああ、そうそう、アリーシャといえば、おまえとのお茶会の日程を決めたいから来たら呼んでくれと頼まれていた。時間があるなら案内させるから、このままアリーシャのところに行ってくれ」
「はい。わかりました」
「それでは午後にまた。願いの泉のほとりでお待ちしております」
というわけでアリーシャお姉さまのところに行った。
お姉さまは自室にいた。
「クウちゃんは、セラフィーヌと何日もかけてバカンスに行くのですわね」
「はい。楽しみです」
「羨ましいことですわ。本当に」
「あはは」
ごめんなさい。
さすがに誘うことはできませんでした。
今回の旅には、アンジェやエミリーちゃんも来る予定だ。
まさに皇女さまな年上のアリーシャお姉さまと一緒では、2人が緊張して楽しめないことは確実だし。
「それで、わたくしとのお茶会のことは、考えていてくれたのかしら?」
「あはは」
ごめんなさい。
すっかり忘れていました!
「……その顔では、忘れていたようですわね」
「ディレーナさんとマリエとですよね! もちろんやります楽しみです!」
お茶会は旅から帰った翌週に行うことに決まった。
セラも参加することになったそうだ。
うん。
楽しみにしておこう。
「お母様も、最近はクウちゃんと触れ合えなくて寂しがってしましたわ。旅がおわったら旅の話を聞かせてもらうついでに一泊くらいはしていきなさい」
「はい! わかりました!」
「約束よ?」
「はいっ! あ、でも、触れ合うといえば、今夜おしゃべりはできるかも」
「そうなの?」
「はい。実は今日の夕方、陛下に演奏会を開いてもらうことがさっき決まって。夕食も誘われてて」
「わたくしやお母様も参加できるのかしら?」
「すみません。聞いてないです」
「なら、後でお願いしておこうかしら。ぜひ参加したいわね」
「楽しみです」
「でも、いきなりどうして演奏会を?」
聞かれたので、昨日からの出来事をざっと説明した。
「クウちゃんのそばにいると、楽しいことが本当に次々と起こりますわね」
「あはは」
「……この地は、かつては闇の大精霊が守ってくれていたのですね。その思い出を歌に込めて守ってきたなんて素敵ですわね」
「そうですね。今の闇の大精霊も喜んでくれていましたよ」
「わたくしも仲良くできるといいのですけれど」
「できると思いますよ。陽気な子だし」
この後もいくらか雑談した。
ブレンダさんとメイヴィスさんは帰省したそうだ。
ブレンダさんはモルド――ザニデア山脈の麓に。
メイヴィスさんはアーレに。
メイヴィスさんとは、すぐに会えそうだ。
考えてみるとローランドさんとメイヴィスさんって、アンジェが住む町の支配者一族なんだよねえ。
人間って繋がっているものだ。
ちなみにアリーシャお姉さまは、この夏はずっと大宮殿にいるそうだ。
正確には、この夏も。
名目上は、自己鍛錬やお茶会が忙しくて遊びに出る暇なんてないから。
実際には呪いに苦しむ妹を残してはいけないから。
今年は本当に大忙しのようだけど。
今日もこれから中央貴族のご令嬢とお付き合いのランチらしい。
なんにしても、セラを1人にはさせられないから、本当は行きたかったのだけど我慢してきたのだそうだ。
「……本当は行きたかったのですけれど」
繰り返してお姉さまは息をついた。
「お兄様は狩りで楽しんでいるし、セラフィーヌは旅行ですのにね。
あ、これはセラフィーヌに言っては駄目よ。
あの子には楽しんでもらいたいですし。
でもわたくしだって日帰り旅行くらいは行っても良いですわよね。
ねえ、そう思うでしょう? クウちゃん?」
「は、はい……」
というわけで今度、アリーシャお姉さまをマーレ古墳のダンジョン町に連れて行くことになりました。
マーレ古墳のダンジョン町は近場にしては風光明媚だったし、楽しんでもらえるのではなかろうか。
お姉さまは剣も磨いているし、少しならダンジョンに入ってもいいかもだし。
ともかく私、またも約束が増えてしまったけれど……。
我ながら大丈夫なんだろうか……。
まあ、なるようになるか。
細かいことは気にしないで、家に帰った。
家にはゼノだけがいた。
「あれ、2人は?」
「市場に出かけたよ。クウがいつ帰ってくるかわからないから食べ物を買いに」
「あー、そっか。ごめん、忘れてた」
「いいよ。ボクの頼んだ用事だしさ。それでどうだった?」
「うん。バッチリオーケー! 今日の夕方に演奏会だよー」
「やった! ありがとね、クウ!」
「どういたしまして。それとゼノ、ちょっといいかな」
「なに?」
「実はゼノに聞きたいことがあるんだ」
忘れていたことと言えば、もうひとつあったのだ。
「ねえ、今更なんだけど、あの子ってどうなったの? ウィルって子」
そう。
陛下の演説会の日に下水道の奥で助けた女の子がいた。
吸血鬼のウィル。
いきなりギャグをかましてくる、それなりに見どころのある子だったけど。
あれから何日も過ぎたのに放置していた。
「ああ、うん、元気でやってると思うよ」
「闇の力がどうとか言ってたよね……?」
「ウィルたちの住む地下遺跡にね、穢れた力が染み出してきていたみたいで。強めに結界を張っておいたから平気だとは思うけど、もしも心配してくれるのなら、今度、クウも様子を見に行ってあげてよ」
「いいけど……。場所はどこなの?」
「古代ギザス王国ってわかる?」
「うん。精霊を支配しようとして滅んだ大昔の国だよね」
何度か話で聞いたことがある。
「そこの地下。吸血鬼はギザス王国の元住民なんだよね。地下の結界に押し込められて生贄にされる運命だった人たち。イスンニーナの闇の力と暴走した魔素を浴びて不死者に変様して今でもそこにいる」
「……それであの子は、なんで帝国の下水道にいたの?」
「穢れた力に取り込まれちゃったみたいだねー。誰かが帝都に混乱を招こうとしていたんだよ。その願いが邪神に届いてウィルは送られた。実際、クウがいなければとんでもないことになっていたと思うよ。ウィルとあのスライムが本気で暴れたら、人間に止めることなんてほとんど不可能だし」
「そかー」
とりあえずウィルって子が元気ならよかった。
吸血鬼だし、もう死んでるんだけど。
「なんなら今から案内するよ? 精霊界を経由すれば時間はかからないし」
「んー。どうしようかなー」
現在の時刻は午前11時半。
朝一番から動いていたので、まだ時間には余裕がある。
今日はこれからささっとお昼を食べて、あとは時間までぬいぐるみを作ろうと考えていたのだけれど……。
でも、アレか。
こういうのは、思い立ったが吉日
やろうと思った時にやるのが、たぶんベストだよね。
「行ってみるか! ゼノ、案内よろしくお願い!」
「了解」
ヒオリさんとフラウにはメモを残した。
ゼノとパーティーを組んで姿を消して、帝都から飛んで外に出た。
森の泉から精霊界に戻る。
精霊界をさくっと移動。
旧ギザス王国の地下遺跡へと続いたゲートに飛び込んだ。
遥か遠い場所へ行くのも、精霊ならば簡単だ。
ついに200話!
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ありがとうございました!
まだ話は続きますので、よかったら今後ともよろしくお願いします!




