20 ひそひそ護衛クエスト
姿を消し、洞窟をふわふわと浮かんで進む。
入り口付近に冒険者の姿はない。
敵もいなかった。
しばらく進むと十字路に差し掛かった。
とりあえず前進。
お。
敵発見。
茶色の硬そうな毛に身を包んだ大きなげっ歯類がいた。
ジャイアントラットだ。
なぜラットが洞窟にいるのかは気にしない。
ダンジョンとはそういうものなのだろう。
魔素が生み出しているとかロックさんが言っていた気がするけど。
さて。
気持ち悪い敵じゃないし、試し撃ちしてみようか。
レベル30黒魔法。
「ライトニングボルト」
私の指先から迸った雷撃が、一瞬の轟音と共にラットを貫いて、さらにずっと先にまで伸びて、消えた。
ラットは跡形もなく消えていた。
奥にもう一匹いたので、今度はレベル1黒魔法「マジックアロー」を撃ってみる。
今度も消滅だった。
「楽勝か」
次は剣で斬ってみようかな。
武技はセットしていないけど、通常攻撃でも余裕だろう。
敵は弱いしグログロしていないし、ダンジョンの雰囲気を肌でも感じたいので、ここからは姿を見せたまま進むことにした。
ローブは埃臭いので、脱いでアイテム欄に入れた。
次のラットがいた。
最初、ラットは横を向いていて私に気づいていなかったけど、移動しようと向きを変えて私に気づいた。
どうやら視覚で感知しているようだ。
奇声と共に、ラットが牙を剥いて襲いかかってくる。
カウンターでショートソードを突く。
ラットは消滅した。
「第一層の入り口だし、こんなもんか」
かなり深いダンジョンだと聞いている。
何層まであるんだろうか。
「まあ、いいか」
そんなに奥まで行くつもりはない。
ダンジョンがどんな場所なのかを知ることが今日の目的だ。
しばらく歩いていくと広い空間に出た。
蜘蛛の巣が張っている。
誰かが蜘蛛の巣に引っかかって、大きな蜘蛛に食われかけていた。
カイルだ。
気絶しているのか、彼に抵抗する様子はない。
蜘蛛は極彩色でグロい。
近づきたくない。
狙いを定めて、遠間からライトニングボルトで撃ち抜いた。
蜘蛛が消滅する。
「はぁ……」
めんどくさ。
なぜ私が助けないといけないのか。
カイルの足を引っ張って、蜘蛛の巣から外してやる。
「ヒール」
「キュアパラライズ」
「キュアポイズン」
一応、麻痺と毒も解除しておく。
蜘蛛の状態異常なら、この2種類のどちらかだろう。
ため息をついて私は『透化』した。
やがてカイルが目を醒ます。
「俺……助かったのか……?」
頭を振りつつ身を起こし、落ちていた剣と盾を拾う。
「クソ、あの蜘蛛め。通り抜けたかっただけなのに攻撃してきやがって。
蜘蛛、どっか行ったのか……? まあ、いいか」
カイルは引き返さず奥に進む。
帰れよ!
まあ、いいかじゃないよ!
あ。
行く先にラットがいた。
「クソ、まだいやがるのか……」
カイルは忍び足でラットの脇をすり抜けようとする。
が、ラットの視界に入って気づかれた。
ラットがカイルの脛に噛み付く。
「ぐぁぁぁぁ!」
カイルは転倒した。
メチャクチャに剣を振るが、空を切るばかりだ。
「マジックアロー」
ラットは消滅した。
「ふぅ……。俺の剣に勝てるわけねぇだろ、雑魚が」
倒したの私だからね?
「……あれ、魔石がねぇな。まあ、いいか。俺の目的はもっと大物だしな。こんな雑魚のなんかいらねえよ」
腰のポーチからポーションを取り出して飲む。
ホント、装備だけはいいね。
妹のお金で買ってるとか言われてたけど。
「ん?」
おっと危ない。
魔法の発動で姿が見えていた。
カイルに振り向かれて、私はサッと物陰に隠れた。
「……今、誰かいたような。まあ、いいか」
カイルが奥に進んでいく。
どこに向かう気なのか。
通路は一本道だったので私は先回りして、3体のラットを問答無用のマジックアローで消滅させた。
やがて通路が左右に分かれる。
カイルは右に進んだ。
下り坂だ。
階層が変わったのか、空気が少し重くなったように感じる。
岩と泉が点在する空間が坂道の先にはあった。
見渡す限りにつづいている。
かなり広そうだ。
泉からは時折、水が噴き出していた。
大きなカニが歩き回っている。
水辺には、サンショウウオみたいな魔物の姿も見て取れた。
「よし、行くぞ……。目的のボス部屋はこの奥だ……」
カイルがそろそろと足を踏み出す。
魔物を避けて、奥を目指し始めた。
うしろに回り込みつつ進もうとしているけど――。
あ、見つかった。
サンショウウオがくるりとカイルに身を向けて、飛びかかろうとする。
聴覚感知か嗅覚感知なのだろう。
「マジックピルム」
レベル10黒魔法。
魔法の投槍。
サンショウウオは消滅した。
「ん? なんだ今の音?」
カイルが振り返る。
だけどそこにもう敵の姿はない。
私も姿を消した。
「まあ、いいか」
まあ、いいかじゃないよ……。
というか私はいったい、何をしているんだろう……。
あーもう、また見つかってる!
「マジックピルム」
カニ消滅。
って右からも来てるぅぅぅ!
「うわぁ! く、くるなぁぁ!」
間に合わないっ!
カニの体当たりをもろに受けてカイルが倒れた。
「ヒール」
からの、
「マジックピルム」
カニ消滅。
「ふぅ……。あぶねぇ……。てか、俺強ぇな。やればできるじゃねえか。これならボスも楽勝だぜ」
いや無理だよ?
もう何回死んでるか理解しようね?
こいつ、本当にどうしてくれよう!
もう死ねばいいのに!
あーまたカニに見つかったぞコラァァァ!
「マジックピルム」
「ん? 子供の声? 誰かいるのか? っているわけねーか」
危ない。
ギリギリで岩陰に隠れられた。
『透化』する余裕もない。
私への反応だけ、よくなってきやがった……。
疲れた。
特に精神的に疲れた。
ちょっと休憩。
と思ったら――。
「ぎゃああああああ! 来るなー! 俺は美味くねえぞー!」
ああもう!
岩陰から様子を覗いて思わず声が出た。
「はぁ……!?」
ほんの少し目を離した隙に、とんでもないことになっていた。
トレインだ。
襲撃に気づいて無闇に逃げたものだから、走った先の敵を次から次へと引き寄せて大行列になっている。
「ウィンドストーム」
レベル60魔法。
暴風。
魔物の一団は消滅した。
「ふぅ。危ないところだったぜ……。助かった。
……でも、なんで消えた?
風?
まあ、いいか」
まあ、いいかじゃないっ!
なんで納得して、また奥に行こうとするんだー!
いい加減に理解してくださいお願いします。
しばらく歩いていくと遺跡が現れる。
「よし、ついたぜ! 少し休憩してから行くとするか!」
まわりに敵の姿はない。
私は姿を消して先回りして遺跡に入った。
大きな扉がある。
開けると中にミノタウルスがいた。
たぶんボスだ。
「ライトニングボルト」
ミノタウルスは消滅した。
しまったマジックアローにしてアイテムドロップを狙えばよかったか。
もう遅いか。
しばらく待つとリポップするのだろうか。
その前にカイルがやってきた。
私は姿を消した。
「あれ、なんもいねーじゃねーか。なんだよ誰か倒したのか」
だからあきらめて帰ろうね?
「しゃーねーな」
うん。
今日はこれまで!
「なら、他のボスんとこ行くか」
「いい加減にしとけやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「え?」
「怒りのぉぉぉぉぉぉ! 飛び蹴りぃぃぃぃぃ!」
「ぐぼばべぼええええええええ!?」
カイルはぶっ飛んだ。
虚しい。
私は無言で近づくと、彼の首根っこを掴んで銀魔法を発動した。
「離脱」
 




