2 どうしようか迷う
幼なじみたちは転生していき、私は1人、取り残された。
女神のアシス様は急かす様子もなく再び椅子に座ると、宙に浮いたポットからカップに紅茶を注いだ。
「クウさんも飲みますか?」
「はい。ありがとうございます」
私も用意されていた椅子に座って紅茶をいただく。
死んでいるはずだけど、温かさも味もよくわかる。
とても美味しい。
さて。
どうしよう。
私は途方に暮れていた。
なにしろなりたいものがない。
生前、叫ぶほど異世界転生を夢見ていたのに。
私は冷静に考えてみた。
まず、ナオには悪いけど勇者関連の職業は避けたい。
世界の運命を背負って戦うなんて私には重すぎる。
試練に次ぐ試練が押し寄せてくるだろうし。
毛虫1匹で涙目になるナオは本当に立ち向かえるのだろうか。
貴族令嬢も人間関係が難しそうだからパス。
感情がすぐに表に出てしまうエリカは、貴族社会を生き抜いていけるんだろうか。
それ以前に本気で贅沢しまくって民衆の怒りに火をつけて断頭台送りにされなきゃいいけど。
聖女も、どう考えても私向きじゃない。
誰かのためになんて、無理。
めんどい。
ユイは、なんだかんだうまくやっていく気がする。
「あの、アシス様。私、異世界転生することに異存はないですし、むしろ熱望していたのですが、具体的に希望する職業や地位がないことに気づいてしまいました。気楽にやっていきたいと思うのですが、オススメはありますか?」
「そうですね。オススメはありませんが、では、ゲーム的な思考で自分を構成してみてはいかがですか?」
「キャラメイクってことですか?」
「ええ。そうです。能力から決めていくのです」
「キャラメイクかぁ……。そうだなぁ……。グレアリング・ファンタジーのマイキャラが理想かなぁ……。それでいけるならそれがいいんだけど……」
「いいですよ。では、そうしましょう」
「いいんですか? ならそれでお願いを――。と、あ、でも……、私のキャラって人間族じゃなくて精霊族なんですよ」
人間じゃないのは、どうなんだろうか。
エルフやドワーフならともかく、精霊って、ものすごく普通じゃない感じになってしまう気がしなくもない。
『グレアリング・ファンタジー』では種族のひとつというだけで特別扱いはされていなかったけど、むしろそちらの方が例外的だろう。
そのあたりの懸念を話すと、アシス様もうなずいた。
「そうですね。私の認識でも、精霊は人間と社会生活を行う存在ではありません。したければしてくれて構わないのですが」
「構わないんですか」
「間違いのないように、クウさんのキャラクターを見せてもらえますか?」
「見せてといわれましても……」
「ゲームのデバイスをイメージしてください。具現化します」
してみると、ポンと手のひらにデバイスが現れた。
さすがは女神様。
「では、存在を同化させていただきますね。クウさんは普通に遊んでみてください」
「うわっ!」
浮遊して近づいてきたアシス様が私の中に入ってきた。
幽霊みたいに、すうっと。
瞬間、体がカッと熱くなったけど、すぐに収まる。
なんだか体が発光しているけど、これは気のせいだろう。
いや絶対に気のせいではないけど。
『声、聞こえますよね』
「はい。えっと」
『大丈夫ですよ。存在を重ねさせていただいただけなので。クウさんに悪い影響はありません』
デバイスを頭につけて起動した。
なんと、普通に神経がデバイスとリンクする。
さすがは女神様。
ログインすると私は女神様と共に、精霊族のクウ・マイヤになる。
名前は本名、名字は好きなゲームキャラからつけた架空世界の私だ。
プレイヤーキャラクターに年齢の項目はないけど、自分の中で勝手に決めた年齢は11歳。
理想の魔法少女を目指して、10時間以上かけて可愛らしさと明るさを追求して作った私の分身たる女の子だ。
何もかも気に入っているけど、空色の髪と明るい瞳が特に好きだ。
背中に羽は生えていない。
オプションでつけることはできたけど私はつけなかった。
ちなみに可愛いクウだけど、実はサーバー最強の精霊族だったりする。
私はガチプレイヤーだったのだ。
加えて精霊族はガチプレイヤーに人気がなかった。
最高に可愛い見た目にできるので一般プレイヤーには人気だったのだけど、精霊族は筋力と体力が低い。
重い武具を装備できないので前衛職には向かないし、高い魔力を生かして後衛職についても体力が低いので倒れやすい。
生成や採集でも、筋力と体力のなさは時間効率の低下を招く。
見た目以外はエルフ族の下位互換と言われたものだった。
精霊族には『浮遊』と『透化』という、空を飛んだり姿を消したりできる固有技能があるけど……。
どちらも同じ効果の魔法があったので、価値は低かった。
私はそんな精霊族で、サーバーでただ1人、最高難易度レイドをひたすら攻略することで入手できる神話武器――。
精霊族専用のショートソード『アストラル・ルーラー』を手にしていた。
サーバーで私だけだったのは運営発表なので間違いない。
対人戦でも『アストラル・ルーラー』の入手以降、精霊族相手には全勝だった。
『精霊第一位』の称号持ち。
全ランキングでは10位台だったけど。
さらに神話武器の取得で、『精霊姫』という称号を手に入れていた。
どちらの称号も私の自慢だ。
神話武器の入手は本当に苦労したものだ。
他人が主催するパーティーに入りたくても精霊族では嫌がられる。
なので自分で主催した。
メンバーを集めて、魔法主体の作戦を立てて、全滅してもメンバーが萎えないように明るく振る。
攻略できずに解散することも多かったけど。
そのうち、気の合う人たちと固定パーティーを組むようになって。
ついには連勝できるようになって――。
いやー、ホント。
うん。
あの情熱を就職活動に向けていれば、私はきっと就職先が決まっていた。
泣ける。
ホント泣ける。
ちなみにエリカとナオとユイは、最高難易度レイドに挑戦するほどゲームにのめり込んではいなかった。
よくそこまで頑張るね、と、呆れられていたものだった。
アシス様に、そんな風に頑張ってきたクウを紹介する。
愛する我が身だ。
がっつり語ってしまった。
その後、興味があるというので『浮遊』しながら世界をアシス様に見せた。
『素晴らしい世界ですね。いろいろなものが新鮮で参考になります。とても架空のものとは思えません』
「ですよねー。すごいですよね、VRMMOって」
アシス様の反応がよくて、私も気持ちがどんどんよくなる。
結局、あれもこれもと紹介して、ゲーム時間で10日を過ごしてしまった。
ちなみに世界はアシス様のものとは違っていた。
「そうだ、アシス様。私がこの子になるとしたら、今使っているユーザーインターフェースもいただくことはできるんでしょうか? ステータスを見たり、マップを見たり、生成のリストを呼び出したり、アイテムを管理したりで、すごく便利なんです」
『いいですよ。覚えましたので可能です。このゲームのシステムを私の世界に適合するようにアップデートして、クウちゃんの固有技能としましょう。このままのクウちゃんで違和感なく自然に活動できるようにしますね』
「ありがとうございますっ! 嬉しいですっ!」
いつの間にか私の呼び方がクウさんからクウちゃんになっていたけど、気にしないでおくことにしている。
ともかくユーザーインターフェースの実装は嬉しい。
システムの適合も大いに助かる。便利に生活できること確実だ。
「あと、装備とかアイテムとかは……?」
『申し訳ありません。さすがにそこまでは厳しいですね。転生の許容量を超えてしまいます』
「あはは。ですよねー」
残念。
まあ、生成技能は全系統カンストだし、なんとでもなるだろう。
『でもひとつだけならなんとかしましょう』
「おお、ありがとうございます。では、これでお願いします」
迷わず選ぶのは神話武器『アストラル・ルーラー』。
私の大切な相棒だ。
「でも、そうすると私、もしかして裸で転生ですか? あと言葉とかはどうなるんでしょうか」
『服はプレゼントしてあげます。言葉や文字についても問題ないようにしておきますね』
「よかった。ありがとうございます」
そんな感じで転生のことも決めつつ。
たっぷりと遊んで、私たちは元の白い世界に戻った。
「最後にアシス様と遊べて本当に楽しかったです。ありがとうございました」
「私にも新鮮な一時でした。思わず時間を忘れてしまいました」
お互いに笑い合った。
すっかり打ち解けてしまった気がする。
「ねえ、クウちゃん。このデバイスは私がもらってもいいかしら」
「はい。どうぞ。アシス様の力で造ったものですし」
「ありがとう。うふふ~。これはなかなかに素敵なアイテムの予感なの~。私も自分のキャラクターを作っちゃお~っと」
女神様が浮かれている。
口調が変わっていますと突っ込みかけたけど、やめた。
デバイスを胸に抱いて無邪気にくるくる回った後、女神様は元通りの優雅な姿で私に向かい合った。
「精霊といっても人間に近い存在であることは理解できました。これで間違いなく送ることができます。クウちゃんの場合は転移に近い転生となるので、他の皆さんとは年齢的に釣り合う時点に送りますね」
「ありがとうございます」
つまり私は22歳からのスタートか。
大人、すなわち最初からお酒が飲めるということ。
異世界のお酒。
どんな味がするのか楽しみだ。
いや、待って。
さすがに懲りようね、私っ!
「同化時間が長かったので私の力がクウちゃんの中に溶けていますが、イデルアシスに出た時に祝福として放出されます。ほんの少し光ってしまうと思いますが害はないので気にしないでください」
「はい。わかりました。あと、そうだ。向こうの世界で、精霊として何かするべきことはありますか?」
「そうですね……。クウちゃんに義務を課すつもりはありませんが、もしよければふわふわしてください」
「ふわふわ、ですか?」
「はい。精霊はふわふわするのが仕事です」
「わかりました。ふわふわします。ああ、でも、そうかぁ……」
「どうしたのですか?」
「いえ……。あの……。私、現実では就職すらできなかった子なので……。仕事と思うと妙に緊張するというか……」
「ふふ。クウちゃんの現実は、これからはクウ・マイヤですよ。でも、そうですね。せっかくの門出です。心にも軽さを差し上げましょう。新しいクウちゃんとして、新しい世界を、気楽にふわふわと楽しんでください」
「ありがとうございます。本当に何から何まで」
「では 11歳の世界へ」
「あ。私、クウの年齢で行くんですね」
「それではよい旅を」
こうして私は、異世界イデルアシスに降り立つことになったのだった。
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