196 フラウを願いの泉に連れてきた
「クウちゃーん!」
「セラー。やっほー」
願いの泉に降りて誰か来るのを待っていたら、セラが両腕を広げて飛び込んできたので抱きとめてあげた。
「クウちゃんっ! 久しぶりですー! 会いたかったですー! もうわたくし、寂しくて死んじゃうところでしたー!」
「そこまで言うほど久しぶりじゃない気もするんだけど……」
「1日会わなければ久しぶりなんですー!」
「そ、そかー」
とりあえず引き離して、あらためて挨拶した。
「こんにちは、セラ。こっちはフラウね。今日は陛下に挨拶に来たんだ」
「あ、すみませんっ! わたくしったらつい……。クウちゃんの顔を見たらまわりが見えなくなってしまって」
「気にしなくてよいのである。気持ちはわかるのである」
「わたくし、セラフィーヌと申します。どうぞよろしくお願いします」
「うむ。妾はフラウニールである。クウちゃんの友達であれば、フラウと呼んで気楽に接してほしいのである」
「はい。よろしくお願いしますね、フラウちゃん。わたくしのことも、どうぞ気楽にセラとお呼びください」
「うむ。よろしくなのである、セラ」
私とフラウは、近郊のダンジョンに転移して、ここまで姿を消して飛んできた。
帰還の魔法は自分だけが対象なので、みんなで移動したい時には使えない。
転移はパーティーメンバーも対象なので、少し不便ではあるけれど、やはり移動には欠かせない魔法だ。
遅れて陛下たちがやってきた。
バルターさんもいる。
うしろに連れているのは、何人かのメイドさんや執事さん。
護衛の姿はなかった。
「ようこそおいでくださった、竜の里の長殿」
友好的な微笑みを浮かべて、陛下が歩いて近づいてくる。
「うむ。出迎えご苦労なのである」
フラウは偉そうな態度を取るけど、見た目は5歳の女の子だ。
背も私より低い。
「えっと、紹介しますね。
こちらがフラウニール。
竜の里の長で、今は子供の姿をしているけど実は古代竜です。
こちらが皇帝陛下。
この国のトップね」
私はそれぞれにお互いを紹介した。
「皇帝自ら出迎えにくるとは立派な心がけなのである」
「こちらこそ、お会いできて光栄だ。お茶など楽しめる場所を庭園内に用意させていただいたので、まずはそちらに」
「あ、陛下ごめん、ちょっと待って」
「何かな、クウ君」
くうくんって。
思わず笑いそうになったけど、我慢した。
「フラウ、この泉から私、初めてこの世界に来たんだ。アシス様の祝福が溢れたのもこの場所なんだよ」
大切なことを言い忘れていた。
「この泉は精霊界につながっているのであるな」
「うん。つながってる。このすぐ裏側に、精霊くんたちがいるよ」
「で、あるか……」
フラウが、どこか悲しげな顔で願いの泉を見つめる。
「……あのクウちゃん」
「どうしたの、セラ」
「フラウさんって……竜なんですか?」
「うん。そうだよー」
「そうなんですか……」
「どうしたの?」
「あ、いえっ! すごいなーと思いましてっ!」
「あははー。本人も言っていたけど、セラもフラウも同じ私の友達だし、気楽に接してあげてねー」
「待たせたのである。皇帝よ、お茶を飲ませてもらうのである」
「では、こちらに」
贅沢にも陛下の案内で私たちは移動することになった。
「あ、じゃあ、わたくしはこれで……」
セラが離れようとする。
「ん? そうなの?」
「はい。わたくしはご挨拶だけで……」
「そかー」
残念だけど、仕方ないのかな。
と思ったらフラウが、
「クウちゃんも残ってくれてよいのである。こちらはこちらでのんびり楽しませてもらうのである」
「いいの? 大丈夫?」
「大丈夫なのである」
まあ、その方がいいのかな。
代表者同士で、難しい話があるのかも知れないし。
私、難しい話とか無理だし。
「うん。わかった。ならセラとここにいるね」
「また後で、である」
陛下と共にフラウは行ってしまった。
私はセラと2人になる。
「そう言えば今日はシルエラさんがいないね」
珍しい。
「あれ、そうですね……。どこに行ったのでしょうか。ここに来るまでは一緒にいたのですけれど」
「申し訳ありません。少し席を外させていただいておりました」
いつの間にかセラのうしろにいた。
シルエラさんも何気に忍者の人っぽいよね。
気配を消すのが異常に上手いし。
「よろしければこちらに昼食をお持ちしましょうか?」
「あ、そうですね。クウちゃんは、ランチはもう済ませたのですか?」
「実はご馳走になるつもりでした」
てへ。
「なら丁度よかったです。シルエラ、お願いできますか?」
「畏まりました」
私たちは日陰のベンチに移動した。
座って、泉を眺める。
「なんだか不思議な気持ちです。この泉の向こう側に精霊の世界があるなんて」
「だねー」
「あの、クウちゃん。精霊界ってどんな感じなんですか?」
「海の中みたいだよー。ふわふわーっと浮かべてね。ふわふわーっと精霊くんたちがいてね。大精霊の家があったりするんだー」
「家があるんですか」
「うん。ゼノの家は、真っ黒で大きなお城だよ」
「クウちゃんの家もあるんですか?」
「私のはないよー。私の家は、帝都のふわふわ工房だけ」
「精霊くんたちっていうのは、人の姿はしていないんでしたっけ?」
「うん。こんな感じだよー」
私はアイテム欄から精霊くんのぬいぐるみを取り出して、セラに渡した。
精霊くんのぬいぐるみは売れなかったので、もうお店には置いていない。
その意味ではレアな品だ。
まあ、ただの丸い玉だしね。
やむなし。
ぬいぐるみの売上は私が一番で、その次にはウサギだった。
「可愛いですね」
「うん。けっこう可愛いよー」
ヒメサマ。ヒメサマ。
とか、甘えるみたいにふわふわ近づいてくるし。
「……わたくしも行ってみたいですけれど、さすがに無理ですよね」
「精霊界はねえ。あ、そうだ! ねえ、セラ」
「なんですか?」
「夏の内にさ、旅に出よう! 何日かかけて。実は、セラと一緒に遠出してもいいって陛下の許可をもらったところなんだー」
「ぜひ行きたいです! ……でも、本当にお父さまが許可をくれたのですか?」
「うん。大丈夫。あと、連絡してないからどうなるかわからないけど、途中でエミリーちゃんとアンジェも拾って」
「楽しみですっ!」
セラの笑顔は太陽みたいに明るい。
見ていると、まぶしく感じるくらいだ。
「セラは可愛いねえ」
「むー」
あ。
しまった。
「クウちゃん、また子供扱いして頭をなでようとしませんでしたか?」
「あはは」
バレた。
「もう。そんなになでたいんですか?」
「ご、ごめんね……?」
「じゃあ、ちょっとだけならいいですよ……? はい、どうぞ」
私の方にセラが頭を向けてきた。
「い、いいの?」
「はい。どうぞ」
「……じゃ、じゃあ」
せっかくなので、なでなでさせてもらった。
「なんか……。でも、あらたまっちゃうと、ちょっと照れるね」
「そ、そうですね……。わたくしも少し恥ずかしいような……」
少しというか、かなり恥ずかしくなってきたので、なでなでするのはやめた。
2人で座り直す。
しばらく沈黙して、それから顔を見合わせて笑った。
「旅は、どこに行く予定なんですか?」
「えっとね。まずはアーレでしょ。それから海を見に行きたいと思ってるんだ」
「海ですかっ! 素敵ですねっ!」
「できれば馬車を借りてさ。馬車でとことこ、のんびりと」
帰りはさくっと『転移』の予定。
なので日程は、行きの分だけで考えればいい。
まだ調べていないけど、10日もあれば行けるのではなかろうか。




