190 なんとかせねば!
「えっとね! あのね、エリカっ!」
「……いきなり焦りだして、どうしましたの?」
「いやー、うん、自分で提案しておいてなんだけど、よく考えてみたら、さすがに無理だよねーと思って」
「あら。そうかしら?」
「だって帝国と王国って仲が悪いし、そんなところに行っても不幸になるよ?」
「クウがいてくれれば不安はありませんわ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいんだけど……。私にもいろいろと事情があって手伝えないかもだし……」
「クウ、貴女もしかして……」
「う、うん?」
「わたくしに紹介しようとしたところで、自分の本心に気づきましたの?」
なんだろか。
わからないけど乗っとくか!
「う、うん! 実はそういうことでね! だからお願い!」
「はぁ。わかりましたわ」
よかった!
なんだかわからないけど乗り切った!
「でも、そういうことでしたら、やはり一度はお会いしなければなりませんね。会うだけならばいいでしょう?」
「それはいいと思うけど……」
「わたくしがこの目で、見極めて差し上げますわ。移動は、クウの魔法でなんとでもなりますのよね?」
「うん。任せてっ! じゃあ、そういうことでお願いね!」
「わかりましたわ」
「わかってくれて嬉しいよ!」
「再会できた親友のためですわ。わたくしの目に叶ったのであれば、わたくしも協力をして差し上げます」
「よかったよかった! ありがとね、エリカ!」
こうして私は最大の危機を乗り越えた。
エリカを帝国に招待することも決まってしまったけど、まあ、それくらいならたいした問題にはならないよね。
帝国に帰ったら陛下に相談してみよう。
ダメならダメで、しょうがない。
うん。
陛下がダメだと言ってくれれば、私のせいじゃないし完璧だ。
いやー、危なかった。
そもそもエリカがお兄さまにアプローチをかければ、ディレーナさんやアリーシャお姉さまと揉めるに決まっている。
下手をすればセラにまで火の粉が降りかかる。
私が間に入る?
無理。
想像しただけで胃が痛くなりそう。
ともかく問題は解決したので、ぐっすりと寝ることができた。
翌朝。
夜明け前。
空が明るくなるのも待たずに私はダンジョンに向かう。
薄暗い空の中を飛んだ。
転移陣を解放させておかないと不便だし。
エリカとは一旦お別れした。
午後にお茶会をする約束をしたから、またすぐに会うけど。
考える時間がほしかったのもあった。
なにしろよく考えてみれば……。
解決したのは結婚話だけで、他の問題は解決していない。
問題なのは、王国の経済が実は上手く回っていないこと。
王様は理解している様子だった。
でもエリカには、何も知らされていない様子だった。
とはいえ、いくらかは見えるのだろう。
すべて完璧に整えたはずなのに、上手く行っていない部分があると。
なのでエリカは、帝国が工作している! と、怒るわけだ。
うーん。
言えば済む話だと思うけど……。
実は、こうなんだよ。
って。
でもなあ、さすがに言いにくい。
だってエリカ、自信満々だし。
前世のままなら、たった一度の失敗で心がポッキリと折れちゃうタイプだし。
前世のままなら、しばらくすれば復活するだろうけど。
あ、そうだ。
転移陣を解放したら、ちょっと陛下に聞いてこよう。
ダンジョンには朝日が昇る頃にはついた。
丘の中腹にぽっかりと口を開けた、洞窟型のダンジョンのようだ。
丘の麓に小さな町がある。
町は、辺境の町と同じような感じだった。
通りの左右には明らかに営業していないお店が並んで、離れた空き地にたくさんのテントが立っている。
そちらでは、早朝から食べ物などを売り買いする人たちの姿があった。
軽く屋台を見て回る。
ゴマをたっぷりとつけたドーナツ状のパンが人気っぽかったので、買って朝食にした。
シンプルにゴマとパンの味がした。
こういうのもいいね。
ダンジョン内での携帯食にもちょうどよさそうだった。
焼き栗も人気のようだったのでゴマパンと一緒にいくつか買って、アイテム欄に入れておいた。
ダンジョンの攻略は、最速で済ませた。
ボスを倒して、転移陣解放。
そのまま『帰還』の魔法で帝都の大宮殿に戻った。
時間的には朝食がおわって、そろそろ仕事を始める頃のような気がする。
ふわりと浮かんで陛下の執務室を外から眺める。
あ。
文官の人たちを連れて、陛下がタイミングよく入ってきた。
あ。
目が合った。
なぜか、ものすごく嫌な顔をされた。
手招きされたので、『透化』で窓をすり抜けて中に入る。
「おまえは幽霊か」
「幽霊というか精霊なので……」
「ああ、そうだったな。で、わざわざここにいたということは急用か?」
「はい。実は急用です」
「……気は乗らんが、仕方がないので聞いてやろう」
陛下に促されて、テーブルを挟んでソファーに座った。
メイドさんがすっと水を出してくれる。
「帝国って、ジルドリア王国に工作活動とかってしています? その、経済を妨害していたりとか」
「意味がわからんが?」
「実は今、ジルドリアにいるんですよ、私。で、エリカが――エリカ王女が、帝国が工作しているって言い張ってて――。どうかなーと」
「少なくとも俺が指示した記憶はないぞ」
「他の人は?」
「少なくとも帝国が王国に手を出して、得られる物を何も思いつかぬな。現状、帝国は政治も経済も安定していて、敵や戦争を必要とはしていない。むしろ国庫が自滅寸前の王国の方が必要としていると思うが?」
「そかー」
「俺からも質問をいいかな?」
「はい。どうぞ」
「聖国の聖女に宣言を出させたのはおまえか?」
「はい。そうですけど……。もう連絡が来ているんですね、さすがですね」
まだ何日も経っていないのに。
「それで今は王国か。大忙しのようだな」
「あ、そうだ。それで、なんですけど……。王国のエリカ王女が帝国に挨拶に来たいそうですけど、いいですか?」
「なんだそれは?」
思いっきり睨まれた。
「あ、ダメならいいんです、ダメなら! 断られたって伝えておきますね!」
「いや、待て。せっかくだ、招待しよう」
「え。いいんですか? ダメでもいいんですけど……」
むしろダメの方がありがたいので……。
「エリカ王女はセラフィーヌやおまえと同い年の少女だが、王国ではその年にして大きな影響力を持っていると聞く。招待して損はあるまい」
「え。でも……。癖が強い子ですよ?」
「なんだ? 宣戦布告にでも来るつもりなのか?」
「いえ。それはないですけど……。逆に親善のためですし………」
「ならば問題はあるまい。おまえが連れてくるのだろう?」
「はい。私の魔法で連れてこれるので、行き帰りの心配はありません」
まあ、いいか。
ダメの方が私的には楽だったけど。
国のためにはいいのかも知れない。
「ただ、今すぐには無理だぞ。歓迎の準備は必要になる」
そのあたりは後日相談となった。
とりあえず、陛下の口から工作を否定する言葉が聞けたのはよかった。
あとはエリカだね。
「ありがとうございました。急いでいるので、これで」
「なんだ? セラフィーヌには会っていかないのか?」
「おわったらまた来ます。セラにはよろしくお伝えください」




