19 ザニデアのダンジョン町
雑貨屋があったので入ってみた。
冒険者の町らしく、ロープや袋やバックパック、クサビにハンマー、水筒などが並んでいる。
大半が中古品だったけど。
お。
あちこち破れてて状態は酷いけど、子供サイズのローブがあった。
「おじさん、これいくら?」
たずねると、カウンターの向こうに座っていたおじさんが、私をじろじろと品定めするように見てくる。
「銀貨5枚だね」
「はぁ!?」
だいたい5万円だとぉぉぉ!?
私をどこかのお嬢様だとでも思いやがったな!
「ないわー。おっさん、このボロ布のどこが銀貨5枚だ。喧嘩売ってんの?」
「うちでは適正価格だ」
「小銅貨5枚」
ガツンと勢いをつけてカウンターに置いた。
だいたい500円。
「いや、いくらなんでもそれは」
「喧嘩売ってんの?」
このお嬢様な私によぉ!?
どうなっても知らねぇぞぉ!?
しばらく睨み合った末、おじさんは目をそらした。
「……わ、わかった。それでいい」
勝ったぁぁぁぁぁ!
やったぜ。
先に私を見誤ったそっちが悪いんだからね。
ローブを手に入れて、私は早速身につけた。
ボロくても十分。
これで少なくとも髪と服は隠せる。
ただ、匂いが……。
かなり埃臭い。
外に出てふらふら歩いていると、屋台を見つけた。
炭火の上で香ばしく肉串が焼けている。
『ダンジョン特産リザードの肉焼き』と看板が出ていた。
「ねえ、おじさん。ダンジョンの敵って倒されると消えるんだよね? なんで消えるのに肉があるの?」
「こいつはドロップ品さ」
「ドロップ品?」
「おうよ。魔物を倒すとたまに出てくるのさ。うめーぞー」
ダンジョンって本当にゲームみたいだね。
「いくら?」
「小銅貨2枚」
これはたぶん適正価格だ。
「銀貨でお釣りある?」
「おう。あるぞ」
「なら1本買う」
「ほいよ、毎度! お釣りは、銅貨9枚と小銅貨8枚な!」
お釣りと共に肉串をもらった。
食べてみる。
塩が利いていて、肉の旨味を引き立てている。
「……美味しい」
「だろう? 日持ちしないからここでしか食べられない名物さ!」
「おじさん、あと4本ちょーだい」
「ほいよ!」
両手に肉串を持って屋台を後にする。
離れたところでアイテム欄に収納。
後日、また楽しもう。
お金は、残り銅貨9枚。
心許ないけど、ここまでお金を使うこともなく来れた。
たぶん、なんとかなるだろう。
なにはともかく、ローブを着てから視線を集めなくなった気がする。
埃臭いけど快適だ。
私はベンチに腰掛け、1本目の肉串を食べつつ、行き交う人たちを眺めた。
今までの町と比べて圧倒的に冒険者が多い。
ダンジョンで一攫千金、みんな狙っているんだろうなぁ。
商人さんも多い。
この町に物資を運んでくるだけで、それなりに儲かるんだろうなぁ。
ただ、平和とは言い難いけど。
喧嘩している人がいても、誰もそれを止めない。
良くも悪くも、実力主義。
一攫千金の町なんだなぁ。
「ふう。美味しかった」
ようやく最初に買った肉串を食べおわった。
ボリュームがあって、食べるのに時間がかかってしまった。
串はゴミ箱にポイ。
この世界は、意外と清潔だ。
スライムによる汚物処理システムが確立されていて、町に汚物が溢れるようなことにはなっていない。
あ。
ダンジョンから帰ってきたらしき獣人の男性が、血まみれの足を引きずりながら目の前を通り過ぎた。
4人の仲間が心配そうに付き添っている。
大丈夫なのかな。
後をついていくと、彼らは『治療院』という建物に入っていった。
入り口に看板が出ている。
『水魔術師在中。回復魔術、1回に付き銀貨1枚』
しばらくすると獣人の男性が元気になって出てくる。
おお。
回復魔術、すごい。
なるほど、水魔術師が重宝がられるわけだ。
しかし……。
私にも余裕でやれるね、この商売。
ヒールするだけで銀貨1枚。
とはいえ、勝手にやればきっとトラブルになる。
よし!
1日だけアルバイトで雇ってもらおう。
1日だけなら目立つこともなかろうて。
10人くらいにヒールして、半分の銀貨5枚でも貰えれば十分だ。
十分というかウハウハだ。
新しいお客さんが来た。
肩に怪我を負った冒険者が、よろめきながら『治療院』に入った。
様子を見てみるか。
しばらくしてから私は『透化』して、建物の中に入った。
中は病院のようだった。
入ると受付があって、待合室があって、その奥が治療室のようだ。
白いローブを着た10代半ばくらいに見える若い女の子が、眉間に皺を寄せながら懸命に呪文を唱えている。
治療台には先程の冒険者がいた。
上半身は裸だった。
えぐれた肩の傷を見て、私は思わず声をあげそうになった。
「――サイル・イルメシア・ソル・アクアス。
現われよ。
清めよ。
ピュリフィケーション」
女の子の手から現れた青い光が、冒険者の肩を包む。
やがて光が収まると、冒険者の肩の傷はいくらかよくなっていた。
「……ありがとう。だいぶ楽になった」
「まだ完全ではありません。もう一度おかけしてよろしいですか?」
「ああ、金はある。治るまで頼む」
ローブ姿の女の子は、その後、また回復魔術をかけた。
それで冒険者の肩は全快した。
「ふう。助かった。本当にありがとう」
「いいえ、これが私の仕事ですので」
何度も頭を下げて、冒険者が治療室を出ていく。
冒険者を笑顔で見送ってから、ローブ姿の女の子は倒れるように椅子に座った。
「オリビアちゃん、大丈夫?」
心配して近づいたおばさんが、コップに入った水を渡す。
「うん、平気。ちょっと胸が苦しいだけ」
「無理しすぎなくていいからね?」
「そういうわけにもいかないよ。今日は私しかいないんだし。私がサボったせいで誰かが死んだら悲しいし」
「オリビアちゃんがいつサボったっていうのかしらねえ」
おばさんが苦笑する。
魔術って、やっぱり体に負担がかかるんだね……。
オリビアさん、まだ若いのに頑張ってるんだなぁ。
なんか、うん。
私が無責任に参加して、適当にヒール♪ヒール♪ヒール♪するのはものすごく失礼なことのような気がする。
……アルバイト作戦は中止だね。
私は建物を出た。
とりあえずふわふわしておこう。
ふわふわ。
ふわふわしている内に日が暮れてきた。
んー。
今夜はどうしようかなぁ、と思っていたら一軒の宿屋を見つけた。
幸運の扉亭という古びた宿屋だ。
私は、この宿に泊まろうかなぁと思った。
なにしろ看板に、一泊で銅貨2枚とある。
他の宿は、だいたい銅貨4枚だ。
半額なのだ。
カウンターのおじさんには怪訝な顔で見られたけど、お金を出したら普通に部屋を借りることはできた。
夕食と朝食もついてくるそうなので、早速、夕食をいただく。
ダンジョン産のキノコとウサギ肉の炒めもの。
硬いパン。
野菜が入った塩のスープ。
あと水をジョッキに一杯。
美味しいかどうかでいえば、肉には臭みが残っていたし、スープは塩の味しかしないしで微妙だったけど……。
十分にお腹はいっぱいになった。
食事の後はすぐに寝た。
部屋は狭かったけど、布団とベッドはそれなりに綺麗だった。
今日もたくさん動いて疲れた。
幸いにも敵感知が反応することはなかった。
私は熟睡した。
目が覚めたのはドアをノックされてだった。
「お客さん、もう太陽が斜め上だよ。出立の準備をしてくれや」
「……あ、はぁい」
よろよろと起きて、一階に降りる。
残念ながら朝食の時間はおわってしまっていたけど、おじさんが硬いパンと水を出してくれたのでいただく。
「パンと水、ありがとね。じゃ」
「またな」
ぶっきらぼうに見送られて、私は宿を出た。
今日もいい天気だ。
今日はまず、ダンジョンの入り口を見に行ってみよう。
私は町を出て、山道にそって浮かびながら進んだ。
道中、若手くんを見つけた。
剣と盾を装備し、鉄で補強された革鎧に身を包み、バックパックを背負って1人でダンジョンに向かっている。
1人で入るつもりなんだろうか。
装備は立派だけど、彼にソロ攻略なんてできるんだろうか。
……まあ、いいか。
関わりたくないし、あまり気にしないでおこう。
私は若手くんを追い抜いて進んでいく。
広場に突き当たった。
たくさんの冒険者がいた。
どうやらここらしい。
広場の奥の岩壁に真っ暗な洞窟が口を開けていた。
洞窟の入り口には扉のついた鉄の柵があって、武装した兵士が冒険者たちの出入を管理している。
危険な場所なのか、周囲にも兵士の姿がある。
「携帯食料いかがっすかー!」
「ポーションありますよー!」
脇にはものを売っている人たちがいた。
見ていると、冒険者パーティーが洞窟から出てきた。
兵士との会話を聞いていると、ガッツリ魔石を集められて怪我人もなく、ホクホクの大成功だったようだ。
荷物持ちの青年が背負うバックパックは重そうだ。
次に出てきたパーティーもそれなりに稼いだようで、今夜は盛大に騒ごうぜと陽気に笑い合っている。
ただ、誰もが成功するわけではないようで、次に出てきたパーティーは全員が酷い怪我を負っていた。
しかもほとんど魔石が取れなかったらしい。
大損だと嘆いていた。
入っていくパーティーもいる。
4人から6人で組むことが多いようだ。
12人の集団もいた。
ボス戦みたいなものがあるのかも知れない。
若手くんも来た。
若手くんはカイルという名前らしい。
「もういい加減にあきらめて町で働け、カイル。おまえにダンジョンは無理だ。いつまでも妹に心配かけてどうする」
「うるせぇ! 俺は一流の冒険者になるんだ!」
「妹の稼いだ金で装備をそろえてか? 少しは妹を見習って――」
「うるせぇ! どけ!」
カイルは知人らしき兵士に止められながらも、強引に入っていった。
死ななきゃいいけど。
いや、死ぬよね、あれじゃあ。
と言っても、私が止めて聞くわけもなく、今回ひたすら保護者になってあげたって次の冒険で死ぬだけだ。
そもそも彼の保護者になんてなりたくない。
……気にしないでおこう。
さて。
私はどうしよう。
見に来ただけではあったけど、少しだけ入ってみる?
まずは『透化』を解いて、装備確認。
精霊の服。
ローブにショートソード。
大袋。
うん。
びっくりするくらいの軽装だ。
冒険者カードを見せたところで入れてもらえない気がする。
いっそペンダントで……。
は、絶対に大袈裟になるからやめておこう。
あ、ていうか、アレだ。
姿を消して、すり抜けて入ればいいよね。
うん。
こっそり入って、こっそり出よう。
ソウルスロットを決めねば。
ゲームと同じならダンジョン内でソウルスロットの入れ替えは不可。
十分に考えてセットする必要がある。
今回は初見。
まずは偵察を目的にしよう。
戦いよりも安全第一。
んーでも、戦うこともあるかも知れないしなぁ。
なんといってもダンジョンだし。
悩む。
銀魔法、白魔法、黒魔法。
に決めた。
銀魔法には、ダンジョンの入り口に戻れる魔法『離脱』がある。
これと白魔法があれば、思わぬ事態に遭遇したとしてもなんとかなる。
明かりの魔法は、白と黒と銀のそれぞれにあるので問題ない。
黒魔法は万が一の戦闘用。
攻撃はショートソードの通常攻撃に任せて、定番の敵感知を入れたほうがいいかなーとも思ったんだけど……。
敵がグロかったら剣で斬れない。
ぶわっと体液が飛び出して顔にでもかかったら……。
うん。
魔法でサクッとやろう。
魔石は取れなくていいから一撃で消滅させよう。
小剣武技を『アストラル・ルーラー』で使うのが私的にはソロ最強なんだけど、同じ理由で今回はやめておいた。
準備完了。
さあ、ダンジョンに入ってみよう。
さっきのカイルとかいうのがピンチになってても絶対に無視!
自業自得!
まあ、ついでの時なら助けてやらなくもないけど。
ホントについでの時だけね。
ホントに。
私は姿を消して柵をすり抜け、そのままダンジョンに入った。
入った時の感覚は、まさに「エリアチェンジ」だった。
ローディングのように世界が暗転。
やがてパッと視界が開けた。
「おお……」
そこは天然に見える岩の洞窟の広場だった。
視界は良好。
明かりは必要なかった。
空間全体が淡く発光しているように見える。
仄かな緑色の空間だった。
呼吸は普通にできた。
春の陽射しが届いているかのような優しい暖かさもあった。
壁に生えた苔がキラキラと輝いている。
幻想的だ。
洞窟は通路になって、ゆるやかに曲がって奥に続いている。
振り返ると、黒い壁があった。
黒い壁に入ると、また世界の暗転を挟んで、外の広場に出た。
すると、兵士と目が合う。
「え。君?」
「あ」
あわててダンジョンに戻った。
どうやらエリアチェンジすると『透化』は解けてしまうようだ。
気をつけよう。
「ではでは、まずは安全に」
とりあえず『透化』。
よし。
無事に私の体は幽体のようになった。
ただ、油断は大敵。
この状態でも反応してくる敵はいるかも知れない。
ゲームにはいた。
そして確認。
壁に触ってみる。
ふむ。
ダンジョン内ですり抜けは不可だった。
壁に感触があった。
外の世界とは法則が異なるようだ。
気を引き締めて行こう。