189 とんでもない提案をしてしまったかも知れない
「そ、それは本当なんですの!?」
「うん。そだよー」
「そだよーって……。そんなお気楽な声でうなずくことではありませんわ! まさかユイが現実逃避してカメになるなんて……。そしてナオ! ナオですわ! 元気でいてくれて本当によかったですわ! でも、カメなんですのよね……?」
「うん。そだよー」
「そだよーって……。本当にクウと来たら……。まあ、いいですわ……」
気を取り直すようにエリカはコホンと息をついた。
今、エリカに、ナオとユイの現状を一通り説明したところだ。
「しかし、夜空に浮かび上がった聖女の映像さえも、クウの仕業だったとは……。最近の超常現象はすべてクウの仕業だったということなのですね」
「うん。そだよー」
「まあ、わたくしもおこぼれに与らせていただいたので、あまりどうこう言うことはできませんが……。少しは自重した方がいいとは思いますわよ? 精霊というだけでこの世界では特別すぎる存在ですのに」
「わかっちゃいるんだけどねー。どうも、そういう状況になっちゃうと言うか」
「それで、わたくし、ナオとユイに会うことはできますの?」
「転移魔法で飛ぶだけだから、会おうと思えばいつでも会えるけど……。ただ、すぐには帰ってこれないよ?」
王都近辺の転移陣にもまだ触れていないし。
「わたくしも多忙ですし、言ってみたものの、まずは日程の調整ですわね……」
「古代竜の許可もいるしね。早めに貰っておいてあげるよ。あと、このあたりの転移陣にも触っておくし。行くのはそれからでいいかな」
「お願いしますわ。ユイにも言いたいことが山ほどありますし。聖女としての責務を放り出して何をしているのやら」
「お手柔らかにしてあげてね……? ユイ、もう限界だったし……」
あのまま放置はできなかったんだよ。
「わかっています。ただ、正真正銘の支柱であったユイが消えてしまっては、聖国も大変でしょうけれど」
「だよねー。それはわかるんだけどさ」
「ナオもですわ。勇者としての使命を放り投げたって……。世界は大丈夫ですの?」
「さあ」
「さあって……」
「だって、私に言われてもわかんないよ」
「それはそうでしょうけど」
「お願いだから、キツイことは言ってあげないでね? さっきも言ったけどナオは悲惨な人生を送ってきているんだから」
「わかっていますわ」
なんだか暗いムードになってしまった。
私は気を取り直してパンと手を叩いた。
「ねえ、エリカ。帝国の食べ物とか興味ない? 私のアイテム欄にたくさんあるんだけど」
「帝国の食べ物は、今までいただいたことがありませんわ。興味ありますわね。どんなものがありますの?」
「じゃーん」
まずはやっぱり、これだろう。
「姫様ドッグと姫様ロール。今の帝都で、一番に流行っている食べ物だよ」
「そうなんですのね……。普通のホットドッグに見えますけれど……」
「食べてみて」
「ええ。いただきますわ……」
ぱくりと食べて、エリカは盛大にむせた。
「からっ! からっ! ななな、なんですのこれは!」
「あれ。ごめん。激辛なのを出しちゃったかな」
と思ったけどマイルドな姫様ドッグだった。
もったいないので私が食べる。
エリカには冷たい水をあげた。
「エリカって、そんなに辛いもの苦手だったっけ? これ、姫様ドッグの中では辛さ控えめな方なんだけど」
前世ではむしろ辛党だった気がするけど。
「……ジルドリアの宮廷料理には、辛口の料理はありませんの。この刺激は今のわたくしには新鮮すぎましたわ」
「そかー」
それは申し訳ないことをした。
落ち着いたところで、姫様ロールを食べてもらう。
「……庶民の食べ物にしては、それなりによくできていますわね」
こちらは気に入ってもらえた。
よかった。
「エリカって、ずっと宮廷料理なの?」
「それはそうですわ。王女として生きてきましたし」
「下町にお忍びとかは?」
「しませんわ。そんな危険なこと」
「あー、そっか。だよね」
「わたくし、ただの王女ですもの。クウと一緒にされては困りますわ」
「あはは。だよねー」
「でも、自由に空を飛んで、奇跡のような力を使えて――。いいですわね、そんな第二の人生というのも」
「エリカも楽しそうだけど? 悩みなんてなさそうだし」
「ありますわよ」
深いため息をつかれた。
「どんな?」
「わたくし、まだ婚約者がおりませんもの」
「あー」
貴族は若くして婚約することが多いんだったね。
「前世でもそうでしたけど……どうしてもこれという殿方がいなくて。クウ、よい人はいませんこと?」
「なら帝国の皇太子とかは? 年齢的にも少し上なだけで丁度いいよ」
「あら。帝国の皇太子ともあろう者に婚約者がいませんの?」
「政治的にいろいろあるみたいでねー」
「……一考に値しますわね。……わたくしは女ですから、いつまでも王家の一員として安穏とは暮らしていけません。いずれどこかに嫁ぐことになります。皇妃という選択肢は悪くありませんわね……」
むむ。
軽い冗談というか、とっても気楽な気持ちで言っただけなんだけど……。
かなり真に受けられたぞ。
いいのだろうか……。
また怒られることになったりしないか私がほんの少し不安でいると、エリカが熱を帯びた声で私にたずねてきた。
「それで、帝国の皇太子はどんな方ですの? 容姿は?」
「容姿は……普通にイケメン? いかにも王子さまだよ。どんな方っていうと……私とは喧嘩が多い気もするけど……」
お兄さまとのエピソードをいろいろと語ってあげた。
「……クウの話を聞くに、好人物に思えますわね」
「だと思うよー」
第一印象は悪かったけど、学院祭ではお世話になったし。
「紹介してくれますの?」
「いいよー」
「……本当にいいんですの?」
「うん」
思うところはない。
紹介してほしいっていうなら、するだけだ。
そもそもお兄さまも結婚相手に困っていた。
ジルドリアの王女。
相手としてはいいのではなかろうか。
「なら、その……。できれば、クウの仲介をお願いしたいですわね……。まずはお会いしてお話しするだけでも……」
「あ、でも。それなら帝国とは仲良くしてもらうよ? 当たり前だけど」
「そ、そうですわね……。遺恨があっては婚姻なんて上手くいきませんものね……」
「そうそう。平和が一番」
おおっ!
上手くいきそうだ。
私、すごいのではなかろうか。
帝国と王国が仲良くできるのなら、それが一番だよね。
「ふふっ。わたくしが皇妃となった暁には帝国も改革して差し上げますわよー! 社交界も支配してみせますわっ!」
あれ。
張り切るエリカの姿を見て、ふいに私は気づいた。
「クウにもわたくしの派閥の幹部として協力していただきますわよ」
「え。私? それはちょっと……」
「おーほっほっほ! クウがいるなら無敵ですわね! ああ、そうですわ! ナオとユイにも市民権を差し上げて、仲間に入ってもらいましょう! そうなればもはや大陸最大の勢力ですわね確実に!」
あれ。
もしかして私……。
とんでもない提案をしてしまったかも知れない……。
ま、まずい!
やっぱりなかったことにしないと、確実に怒られる!




