182 疲れたけど、よかった
「みんな、本当にありがとう。助かったよー」
竜の里で宴会。
私は竜の人たちに深々と頭を下げた。
翌日の夜。
やっと一段落がついて、私は落ち着いた時間を過ごしている。
昨日の夜――。
何本もの矢に刺されたまま、担架にくくりつけられていたお父さんグリフォンを見つけた時には本当に腹が立った。
そのまま人間なんて殲滅してやろうかと思った。
でも、なんとか衝動を抑えて彼らに声をかけた。
幸いにもお父さんグリフォンはまだ生きていた。
長い年月を生きた魔物はタフだ。
肉体的には死んだように見えても、体内の魔石に蓄積されたエネルギーが残っていれば完全な死には至らない。
時間をかけて休養すれば肉体を蘇らせることも可能という。
フラウに教えてもらったことだ。
お父さんグリフォンは、ザニデア山脈でも上位に君臨する魔物だ。
魔石に蓄積されたエネルギーは膨大に違いない。
実際、魔力感知してみたけど、まだしっかりと残っているようだった。
お父さんグリフォンは、本来なら人間に捕まるような存在ではない。
後でフラウが言っていた。
お父さんグリフォンなら、一帯ごと人間を消し飛ばすのは容易だったはずだ。
だけどそばには子供がいた。
あと、盾にされていた獣人奴隷を可哀想に思ったのだろう。
人間の武器など、そもそもグリフォンには効かない。
なので攻撃を跳ね返しつつ、騎士だけを倒そうとしたのだろう。
だけど人間の武器は、普通の武器ではなかった。
お父さんグリフォンは優しいのだと、フラウは誇るように悲しむようにこぼした。
なんにせよお父さんグリフォンは、かなりやられたとはいえ私の魔法なら助けることのできる状態だ。
本当はすぐにでもロープを解いて、矢を抜いて、回復させてあげたかったけど、まずは交渉することにした。
人間とは、もめない方がいい。
人間は執念深くて狡猾だ。
下手に恨みを買えば、どんな手で報復してくるかわからない。
特に国家が相手となれば尚更だ。
我ながら、まるで人間じゃないみたいな思考だけど、実際、グリフォン側に立っていたから仕方がない。
そもそも私は精霊だしね、今は。
交渉は、うなずいてもらえた。
ミスリルインゴットと金貨で手を打ってくれるなら上々だった。
散財は惜しくない。
鉱石なんて特に、また集めるだけだしね。
だけど、すべて罠だった。
人間は、私を油断させて、私も奴隷にして売ろうとした。
本当に残念な結果だった。
悲しくなった。
とりあえずスリープクラウドで全員を眠らせて、その後、剣を抜いてきた騎士たちには緑魔法の『昏睡』をかけた。
これで当分、起きることはできない。
奴隷の人たちはどうしようか迷った。
決めかねたので、『昏睡』でしばらく寝ていてもらうことにした。
支配の首輪は、すべてディスペルで破壊した。
そうしているとテントの裏側から獣人の女の子が姿を見せた。
「あの……」
みすぼらしい格好をした奴隷の女の子だった。
虎を思わせる耳と尻尾が、力なく垂れている。
事情を聞いてみると、殴られて気絶させられたそうだ。
気づいたら首輪をしていなくて――。
知らない女の子の声がするので、おそるおそるこちらに来てみたら、私だけが立っている状況だった。
と。
名前はノノというそうだ。
ただ、それ以上の話をするのは少し待ってもらった。
まずはお父さんグリフォンの治療だ。
お母さんの時と同じように、銀魔法『物品操作』で、矢が折れないように丁寧に一本ずつ抜いていく。
そうしてから古代魔法をセット。
エンシェントホーリーヒールで完全回復させた。
目覚めたお父さんグリフォンが咆哮を上げて、即座に騎士たちを殺そうとする。
気持ちはわかるけど止めた。
幸いにも私のお願いは聞いてくれた。
不承不承ながらも、掲げた爪を下ろしてくれる。
私は、騎士たちの武器を回収する。
この黒い武器は危険だ。
量産品ではないことを祈ろう。
武器は、ソウルイーター。
使用者の魂を食らって、対象に呪いをかける武器だった。
使用すればするほど、使用者の本質が人から魔へと変貌していくようだ。
自滅武器だ。
わかっていて使っていたのだろうか。
しばらくすると、上からお母さんグリフォンとチビちゃんが降りてきた。
家族の無事を喜び合う。
グリフォンたちには先に帰ってもらった。
私にはまだ仕事がある。
まずは、広場に銀魔法の防御フィールドを張った。
これで魔物はまず入ってこれない。
ノノには待ってもらって、一旦、銀魔法の転移で竜の里に戻った。
そして、竜のみんなにお願いして、一緒に来てもらう。
騎士たちを下着一枚の姿にしてもらった。
さすがに私にはできなかった。
変な仕事をさせてごめんよ。
ありがとう。
騎士たちの持ち物は、すべて没収した。
命だけは助けるけど、それ以外はすべていただく。
ジルドリアの紋章が入った鎧や盾は、何かに使えるかも知れないし。
さらに竜のみんなにお願いして、騎士たちを山道に捨てに行く。
捨てたところで木札を立てた。
これでよし。
昏睡で眠ったままだけど、ダメージを受ければ起きるので、その内に野良犬にでも噛まれて目覚めるだろう。
魔物のテリトリーからは離れた場所を選んだから、いきなり致命傷を受けて死亡ということにはならないはずだ。
あとは、奴隷の人たちをどうするかだった。
さすがに生活の面倒を見てあげることはできない。
自力でどうにかしてもらうしかなかった。
なので相談してもらう。
結果、2つの場所に送ることになった。
ジルドリア側の山脈北部と、ジルドリアとトリスティンの間に広がる大森林だ。
どちらも獣人が多く暮らす場所らしい。
そこが故郷の人もいた。
ノノは大森林に行くことになった。
2年前――奴隷にされるまでは、ずっとそこで暮らしてきたという。
今度は捕まらないように、平和に暮らしてほしい。
大森林への送迎は、私と黒竜の姿に戻ったフラウで行った。
幸いにも穏便に済ませることができた。
餞別として、騎士たちが持っていたお金と、騎士たちが持っていたテントや食料などの旅用品をすべてあげた。
丈夫な服と剣と弓も生成して贈った。
お金が尽きる前に、頑張って生活の基盤を整えてほしい。
送迎の道中、私はノノとおしゃべりをした。
フラウの背中の上でのことだ。
「……私、ル・ギドっていう部族の、族長の娘だったんです。それなりに平和に暮らしていたんですけれど」
「捕まっちゃったんだ?」
「捕まったというか、騙されました」
「人間に?」
「ううん。同じ獣人に」
「そうなんだ……」
「狐人族の商人でした……。
私は薬を飲まされて……。
悲しい話ですよね。
でも、運がいいのか悪いのか――。
虎人族なら小娘でも強い兵士になるだろうって軍隊に買われて――。
訓練を受けて、調査隊に入れられて――。
こうして助けてもらえました」
「ジルドリアって、奴隷の兵士がいるんだ?」
「はい。獣人奴隷部隊がありました」
「そかー」
待遇としては、それほど酷いものではなかったらしい。
怪我をしても治してもらえた。
清潔な布団に美味しい食事もあったそうだ。
「昔は、かなり酷かったらしいんですけど……。エリカ様が奴隷の環境改善を訴えてくれたみたいで……」
「へえ、そうなんだ」
結果として、奴隷にも衣食住の保障をせよ、奴隷への無闇な暴力は禁ずる、という王命につながったそうだ。
こっちの世界に来て、初めてエリカのいい話を聞いた気がするね……。
「エリカ様には、実は少しだけ声をかけてもらったこともあるんです。その時、すぐには無理だけど、いつかは奴隷解放宣言をして、みんなが肩を並べて生きることのできる国にしたいって、言ってくれました……」
それって、どこの合衆国の大統領なんだろうか。
というツッコミはともかく。
少なくとも奴隷を足蹴にする人間にはなっていないようで安心した。




