180 閑話・ジルドリア王国騎士団、強行調査隊
俺の名は、メナス・レストア。
今年で24歳になるジルドリア王国の騎士だ。
15歳の時に王国軍に自ら進んで入隊して、早10年。
警備任務や魔物退治の任務をこなし続けて評価され、ついに今年、平民ながらも騎士として選抜された。
だが俺の運もついに尽きたのかも知れない。
騎士としての初任務――。
それは、ザニデア山脈の調査だった。
ザニデア山脈の奥深くに侵入し、資源と帝国領土への抜け道を探す。
それが任務の内容だった。
栄光ある、第6期強行調査隊。
これまでの5度の調査は、すべて惨めな失敗でおわった。
全滅し、1人も帰ってこなかった時もあった。
10名の選抜メンバーの1人に選ばれた時は、正直、絶望した。
だが、騎士である以上、任務を放棄することはできない。
覚悟を決めるしかなかった。
「我々は幸運だ。なんと薔薇姫様の進言で、今回の調査で持ち帰ることのできた資源の半分は我々への報酬となるそうだ。皆、死ぬ気で励め。ザニデアには価値の高い魔物がいくらでもいる。大儲けできるぞ」
今回の隊長となる騎士バランは豪快に笑って俺達を勇気づけるが、意欲など出るはずもなかった。
「ああ、皆、そう不安そうな顔をするな。実は、秘密兵器もあるのだ。これは王太子殿下からの支給品なのだがな――」
バラン隊長が俺達に支給したもの。
それは黒塗りの矢と、黒塗りの剣だった。
見るからにおぞましい、まるで呪われているかのような品だった。
「これはトリスティンの魔術で特別に強化された武器だ。傷つけた相手を呪いの力で縛ることができる。魔物相手にも有効だ。これを作る際には魔術師に死者さえ出ることのあるトリスティンでも極めて貴重な品なのだそうだ。それほどの武器を俺達は貸し与えられたのだぞ。これさえあれば、たとえグリフォンとて我らの敵ではない。今回の調査はいつもとは違う。俺達は大船に乗っているのだ」
バラン隊長は、俺と同じで平民叩き上げの中年騎士だ。
実力はあるし、ムードを作るのも上手い。
「それに外を見ろ。さらに王太子殿下は獣人奴隷部隊から10人もの兵士を貸し出してくれたんだぞ。最悪の場合は奴隷を囮にして逃げてもよいそうだ」
俺達は揃って安堵する。
最悪の場合は逃げてもよい――それは嬉しい言葉だった。
しかも囮がいれば、撤退の成功率は高い。
俺は外の庭に並んだ獣人奴隷達に目を向けた。
全員、支配の首輪をはめられて、獣人特有の恵まれた強い肉体を奴隷部隊の地味な制服で包んでいる。
10歳前後に見える少女もいたが、屈強で知られる虎人族だった。
普通に荷物運びはできるだろう。
それに、いい囮役になりそうだ。
そうして俺達は出立した。
騎士10名と奴隷10名。
合計20名での山歩きだ。
荷物はすべて奴隷達に持たせた。
おかげで俺達は体力に余裕を持って進むことが出来た。
最初に現れた魔物は3匹のブラックボアだった。
森の中から襲われた。
幸いにも事前に気づいて迎撃態勢を取ることは出来た。
だが、激戦は必至だろう。
そう覚悟したのだが――。
驚くほど簡単に俺達はブラックボアを倒した。
バラン隊長の言う通り、黒塗りの剣の一撃で、あきらかにブラックボアの動きが呪いの力で縛られて鈍くなったのだ。
俺達は大喜びをした。
ザニデア山脈のブラックボアといえば、普通なら命がけの難敵だ。
素材の価値も高い。
それをこうも簡単に倒せるとは。
これは本当に、大儲けできるチャンスなのかも知れない。
「なあ、皆。今ので武器の力はわかっただろう? このブラックボアを餌にして大物を釣り上げてみないか?」
伝承によれば、ブラックボアはグリフォンの好物らしい。
これを岩の上に置いてグリフォンをおびき寄せ、俺達は物陰に潜んでグリフォンが食事を始めたところで一斉に矢を放つ。
そういう作戦でやってみようとバラン隊長に真顔で言われた。
グリフォンは伝説の魔獣だ。
ここ100年、狩られた記録はない。
100年前に取得されたグリフォンの羽根は、今でも風の魔力を持ち続け、最高グレードの魔道具として使われている。
牙は、しっかりとすり潰して飲めば、あらゆる毒を消してあらゆる病を治す万能薬になると記録が残っている。
牙の一部は、噂では、王家の秘宝として今でも保存されているらしい。
肉を焼いて食べれば、一般人でも魔力を得られるとの記録もある。
需要は計り知れない。
もしも狩ることができれば、俺達全員が一生楽に暮らせる。
受勲の可能性すらある。
俺達はバラン隊長の提案を受け入れた。
そして、機会は来た。
ブラックボアに釣られて、グリフォンの親子が飛来してきたのだ。
そして俺達に気づかず、ブラックボアを食べ始めた。
隊長の合図で一斉に矢を放つ。
寸前のところで父親に気づかれ、風を起こされた。
矢が風にそれる。
「打て! 打て!」
隊長が怒号する。
俺達は訓練された正規兵だ。
言われなくても、すぐに次の矢をつがえ、放った。
その一本――俺の放った矢が、グリフォンの羽根の隅に当たった。
グリフォンが、明らかに苦しそうに鳴いた。
効いた!
そこからは夢中だった。
俺達は矢を放ち続けた。
獣人奴隷達は、俺達の前に立たせた。
盾代わりだ。
結果――。
何本かの矢を当てたものの、母親には逃げられてしまった。
父と母が必死にかばった子供のグリフォンも、母親と共に空の彼方に行ってしまった。
だけど岩の上には――。
10本以上の矢を受けて動かなくなった、父親のグリフォンの姿がある。
俺達はおそるおそる近づいた。
そして黒塗りの剣を抜いて――。
一斉にグリフォンの体に突き刺した。
グリフォンの小さな断末魔の悲鳴を、俺はたしかに聞いた。
「やった……!」
伝説の魔獣グリフォンを俺達は倒した!
「うおおおおおおおおおおおおおお! やったぞーーー! 俺達は伝説になる! 伝説の騎士になったんだー!」
バラン隊長が咆哮を上げる。
俺達は、みんなで抱き合って、この勝利を祝った。
グリフォンの羽根が。
グリフォンの牙が。
グリフォンの肉が。
いったい、どれだけの金と栄誉を俺達に与えてくれるのだろう。
俺達は、すぐに撤収の準備を始めた。
これだけの獲物を得たのだ。
調査は大成功といって、なんの問題もなかった。
もはや長居は無用。
ただ、どうしてもグリフォンの運搬準備には手間取ってしまった。
なにしろ巨体だ。
担架を作って、そっとグリフォンを乗せて、ロープで固定する内に、すっかり空は赤くなってしまった。
幸いにも奴隷達も全員が生き残った。
大半が負傷しているが、丈夫な獣人族のことだ。
問題はないだろう。
獣人奴隷達にグリフォンを運ばせ、俺達で周囲を見張れば、問題なく国に帰ることはできるはずだ。
「仕方がない。今夜は野営しよう」
俺達は、現場から少し離れた森の中の広場にテントを張った。
グリフォンを乗せた担架も広場まで運んだ。
火を起こして、食事の支度を進める。
「なあ、グリフォンの肉を少しだけ食ってみないか?
俺らも魔術師になれるんだぜ」
なんて言う騎士もいたが、それはやめておいた。
いくら肉を食べて魔力を得たとしても、それで国の反感を買ったら意味はない。
魔術師になるより、金と栄誉だ。
その方がいい。
夕食が始まる。
俺達は、ここが危険な山脈であることも忘れて、大いに騒いだ。
魔物が来たところで平気だろう。
俺達にはグリフォンさえ殺した最強の武器がある。
だが――。
現れたのは魔物ではなかった。
「――ねえ、ちょっと、いいかな?」
それは美しい少女だった。
エルフ――。
いや、幼く見える容姿からして、ハイエルフだろうか。
有り得ない話だが、おとぎ話に出てくる精霊様のようにも見えた。
少女の長い髪が、火を受けて輝く。
顔に感情はなく、まるで奴隷のようだったが、違う。
研ぎ澄まされた刃のような双眸が、静かに俺達のことを見つめていた。




