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18 ワイバーンに攻撃してみた



 ブリジットさんのしゃべり方が印象に残っている。

 なので真似をしてみた。


「……クウちゃんが飛ぶ。

 ……どこに?

 ……どこだろ。

 ……さあ」


 うまくいかない。

 何度か挑戦したけど、最後の笑うところまで行けない。

 なかなかに才能が必要なようだ。


 それはともかく、今日も私はふわふわと浮かんで、のんびり空の旅を楽しんでいた。

 連日の快晴、本当にありがたい。


 眼下の街道を、隊列を組んだ荷馬車が進んでいる。


 お。


 森から姿を見せたゴブリンが襲いかかった。

 護衛の冒険者たちが迎撃。

 あっさり撃退。

 強いっ!

 戦闘がおわると、冒険者たちがゴブリンの死体を確認する。

 と、死体にナイフを突き立てた。

 体から何かを取り出す。


 なんだろ……。


 近づいてみると、わかる。

 それは、水晶のような透明の石だった。

 中に黒い光が渦巻いている。

 たぶん、魔石だ。

 初めて見た。


 感心していると、ゴブリンの死体が目に映った。

 斬られて、えぐられた死体だ。

 血まみれ。

 内臓がはみ出している。


 ひぃぃぃぃぃぃ!


 全力で距離を取って逃げた。

 動悸が静まるまで、けっこう時間がかかってしまった。

 フィールドの敵は消えないんだね……。

 商隊が立ち去った後も、脇に捨てられた死体はそのまま残っていた。


 帝都を遠く離れ、いよいよ治安も不安定になってきたようだ。

 目的のザニデア山脈は近い。


 ……そういえば、ダンジョンかぁ。


 国内にいくつかあるダンジョンの中でも、ザニデアのダンジョンは最高に儲かるらしい。

 ロックさんたちもそこで一攫千金を狙うと言っていた。

 もちろん、その分、危険なんだろうけど。


 冒険者カードはある。

 私にも入ることはできるはずだ。


 入ってみる?


 うーん。


 迷う。


 とりあえず、一度は魔物と戦ってみたいなぁ。

 私も慣れないといけない。

 もうこっちの世界に来て、もうクウとして生きているんだから。

 そろそろ覚悟を決めないと。


 いくらなんでも、虫に怖気づいていたら生きていけない。

 昨夜と今朝のことは反省だ。


 ゴブリンの死体にしたって我ながら驚きすぎた。

 情けない。


「私も頑張らないと」


 私は空高くに上がって、あたりを見回してみる。

 すると遠くの岩の上に、一匹の亜竜――ワイバーンだ。ゲームでも見覚えのある魔物を見つけた。


 姿を消したまま近づく。


 よし。

 やってみよう。

 ソウルスロットに「黒魔法」「白魔法」「銀魔法」をセット。


 レベル1黒魔法発動。


「マジックアロー」


 私の指からヒュンと飛び出した魔法の矢が、ワイバーンの体を貫いた。

 魔法の発動で『透化』が解け、私の姿が現れる。


 さあ、こい!


 魔物との初バトルだ。

 どんな攻撃をしてくるのか、じっくり見させてもらうよ。


「きゅる……?」


 身構える私に、ワイバーンがそんな声をあげた。


 え。


 ワイバーンは攻撃してこなかった。

 むしろ翼を畳んで、「ボク、何もしていないのに、なんでこんなことするの?」みたいな目を向けてくる。


 え。


 ワイバーンって、超好戦的な敵だったはず……だけど。

 ゲームとは違うのだろうか。


 ワイバーンの体からは血が流れている。

 私の攻撃によるものだ。


「きゅるる……」


 ワイバーンが苦しそうに身を震わせる。


「ご、ごめんねっ! ちがうのっ!」


 私は慌てて回復魔法をかけた。

 みるみるワイバーンの傷は癒やされる。


「ごめんね! ちょっとした手違いで。

 魔法が誤爆!

 うん、誤爆しちゃってね!」


 傷が癒やされるとワイバーンは、きゅるるるる、と鳴き声をあげて私に顔をよせて甘えてきた。

 硬い鱗の体に触ってあげると、喜んでくれる。


 まったく戦闘にならず、私は謝りながら銀魔法『飛行』を使って、フルスピードでワイバーンにお別れを告げた。

 正確には逃げた。


 ワイバーン、いい子じゃないかー!

 私、完全に悪者だよー!


 ゲームとは違うのか……。


 うーん。

 どうしようか。

 地上を歩いて襲われてみる?

 うーん。

 それならダンジョンに行ったほうがいいのかな。

 倒せば消えるって話だし。

 行くだけ行ってみるか。


 とんがり山からは離れるけど、街道を進んでみよう。

 たぶん、ダンジョン町に着くだろう。


 頑張って集中してMP継続消費の悪寒に耐え、『飛行』で一気に向かった。


 街道の先に見つけた。

 山脈の麓に築かれた、二重の防柵に囲まれた砦みたいな町。

 ここだ。


 町からは山に向かって一本の道が伸びている。

 歩く冒険者たちの姿があった。

 たぶんダンジョンへの道だ。


 姿を消して、いつものように空から町に入る。

 左右に建物が並ぶ大通りに、馬車が走り、人々が歩いている。

 建物は実用本位で質素な作りのものばかりだったけど、人々の様子から見て景気はよさそうだった。


 ただ、見張り台がいくつもあったりと物騒な気配もある。

 防柵付近には兵士の姿も多い。

 山の近くだけあって、魔物の襲撃もあるのだろう。


 冒険者たちで賑わう広場を見つけた。


「メンバー募集中ー! Fランクでもいいから水魔術師、いないかー!」

「水魔術師急募! すぐに出れる! 来てくれー!」

「こちら、Cランクパーティーです! 水魔術の得意な方、声をかけてくれれば厚遇しますよー!」


 水魔術師、大人気だ。

 水は、回復の魔術が得意なんだっけ。


 懐かしい。

 ゲームの雰囲気に似ている。

 回復魔法の使い手は、常に人手不足でチヤホヤされたものだった。

 なんといってもVRMMO。


 武器を振るって前線に立った方が楽しい。

 黒魔法をブッパした方が楽しい。


 後衛でサポートするだけの仕事は人気がなかった。

 でも、だからこそ、人気があった。

 特に女の子。

 女の子の回復役は、ホントに姫扱いでチヤホヤされたものだったなぁ……。

 私もチヤホヤしたものだ。


 うん。

 私はガチプレイヤーの主催者として、常にチヤホヤする側だった。

 あれは苦労したものだ。

 懐かしい。


 あれ、思い出してみるとブリジットさんって水魔術師だったよね。

 しかも一流。

 しかも女の子。

 あの人、チヤホヤされる側だったのか!


 ……私はブリジット。

 ……チヤホヤされる人。

 ……チヤ?

 ……ホヤ?


 あーダメだ。

 上手く笑うところまで持っていけない。

 いかん。

 ものすごくブリジットさんをチヤホヤしたくなってきた。


 いかん。

 いつの間にかあの人にハマっている。

 気を取り直そう。


 深呼吸して落ち着いていると、何やら不穏な声が耳に届く。


「返せ! 俺のだぞ!」

「バーカ。これは迷惑料だ。素直に払っとけ」


 見れば食堂の前で、10代後半くらいの若手冒険者が中年冒険者と揉めている。

 中年冒険者の手には魔石があった。

 どうやら若手冒険者から取り上げたようだ。


「迷惑料なんてあるか! 俺がどれだけ貢献したと思ってるんだ!」

「あのなぁ、お情けで荷物持ちとしてパーティーに入れてやっただけなのに、戦士気取りで前に出やがって。俺らがどれだけ迷惑を受けたと思ってるんだ? 生きて帰れただけありがたいと思え」

「それは俺が倒したリザードの魔石だ!」

「瀕死の相手にとどめを刺しただけだろうが。テメェに権利なんてねえよ。だいたい報告もせず隠し持ちやがって」

「がっ」


 雑に蹴られて、若手くんが地面に倒れた。


 若手くん、鉄で補強された立派な革鎧を着ている割には体が出来ていない。

 どこかの坊っちゃまだろうか。

 それにしては乱暴に扱われているけど。


 さらに中年冒険者が、倒れた若手くんの腕を踏みつける。


「ぐあぁ!」

「いいか? テメェの妹に免じてこれだけで済ませてやるんだ。妹に感謝してとっとと消え失せろこのカスが」


 苛立ちを隠さない態度で中年冒険者が立ち去る。

 周囲の人たちは、このやりとりに興味を示すこともなかった。


「チキショウ……!」


 若手くんは腕を押さえて呻いている。

 折れているのかも知れない。


 さすがに放っておけず、『透化』を解いて近づいた。


「大丈夫?」

「……なんだよ、ガキ。俺に近づくな」

「まあ、そう言わずに」


 ソウルスロットを白魔法、緑魔法、敵感知、に変更。


「ヒール」


 白い光が若手くんの腕を包み、すぐに回復。


「誰が頼んだよ! 金なんてねぇぞ!」

「いらないよ。じゃ」

「おい、待てガキ! 勝手なことしやがって!」

「触らないで」


 つかもうとした手を振り払う。

 なんだよ、もう。

 助けて損した。


「キミっ! 今、水魔術を使ったよね! しかも無詠唱だったよね!?」


 うおっ。

 なんかすごい勢いで金属鎧を着たお兄さんが迫ってきた。


「今、ウチ、ちょうど水魔術師を募集しててね! キミみたいな可愛い子を特に探していたんだ!」

「私?」

「そう! ぜひ俺たちと行こう!」


「待ってよ。ウチだって募集しているんですけど? ねえ、キミ、どうせなら女の子のいるパーティーのほうがいいよね。安心だし」


 今度は色っぽいお姉さんに迫られた。


 ふと気づけば、なんかすごい注目されている。


「……おい、あの子、水魔術師だってよ」

「……しかも無詠唱とか?」

「……帝都の学院生か? 研修でもしにきたのか?」

「なんにしてもチャンスだ。俺らも誘おうぜ」

「俺んとこに来てもらうに決まってんだろうが!」


「ねえキミ!」「ねえキミ!」「ねえキミ!」


 気づけばもみくちゃにされた。


 おい誰だ!

 今、私のお尻に触ったやつは!


 というか引っ張るのやめろ!


 あーもう。


 さらば。


 『透化』『浮遊』!


 私は姿を消して、空の上へと退避した。


「あれ、あの子どこに行った?」

「アンタが強引に誘うから逃げちゃったじゃないの! どうしてくれるのよ!」

「それはこっちのセリフだ!」


 下では冒険者たちの喧嘩が始まる。


 しーらない。


 私は広場を離れた。



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ブリジットの高みまでの道のりは遠い……(ノ∀≦。)ノぷぷ-ッ
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